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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
第一部 缶詰と最初の支部職員

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12/24

最初の支部職員

 兵站局から支部へ戻る道で、山田はレオルと初めて話をした。


「私は山田誠一郎です。株式会社ゲートレーディング異世界支部の責任者をしています」


『存じています』


「あなたは、レオル・バッケルさんで間違いありませんか」


『奴隷に敬称は不要です』


「弊社では、職員を名前で呼びます」


『私は職員ではありません』


「その件を、これから相談します」


 レオルは表情を変えなかった。


『相談する必要はありません。命じてください』


「命令ではなく、仕事内容と条件を説明します」


『条件を聞いて、断ることができるのですか』


 山田は答えに詰まった。


 現地法では、できない。


 レオルには契約権がなく、山田が所有者として命じれば働かせられる。


「今すぐ自由にすることはできません。解放には金貨三十枚が必要だと聞きました」


『はい』


「弊社が、すぐに支払える金額ではありません」


『承知しています』


「ただし、働いていただくのであれば、賃金を支払います。その一部を解放金として積み立てることもできます。全額を、あなたが使う形でも構いません」


 レオルが初めて、山田の顔を見た。


『なぜです』


「働いた対価だからです」


『私は、あなたの所有物です』


「その考え方を、弊社では採用していません」


『王国法では採用されています』


「外向けには、王国法に従う必要があります。しかし、支部内では私の方針で運営します」


『奇妙な主人だ』


「主人ではなく、支部長と呼んでください」


『同じことです』


「私にとっては違います」


 *


 支部へ着くと、山田は空いていた机を片づけた。


 これまでは、缶詰のサンプルや梱包材を置く台になっていた。布で埃を拭き、椅子を運ぶ。


「こちらを使ってください」


 レオルは、机と椅子を見た。


『奴隷に椅子を与えるのですか』


「帳簿は、座ったほうが書きやすいでしょう」


『床でも書けます』


「腰を痛めます」


『奴隷の腰を心配する主人はいません』


「支部長です」


『その言い直しは、いつまで続くのですか』


「慣れるまでです」


 山田は固定電話の受話器を取り、九番を押した。


 高橋は二回目で出た。


『おう。正式発注は取れたか』


「三千食で内示が出ました。発注書を受領しています」


『やったじゃないか』


「もう一点、報告があります」


『嫌な言い方だな』


「王国軍から、取引への褒賞を受けました」


『金か』


「人です」


 電話の向こうが静かになった。


『もう一度、言ってくれ』


「奴隷を一名、褒賞として渡されました」


『断ったんだろうな』


「一度は断りました。ただ、断ると鉱山へ送られる可能性があると聞き、条件付きで受け取りました」


『山田』


「はい」


『うちは、奴隷売買をしないと決めている』


「売買はしていません。購入もしていません。褒賞として、一方的に渡されました」


『理屈の問題じゃない』


「承知しています。ですので、支部の現地職員として雇用したいと考えています」


『雇用契約を結べるのか』


「現地法では、契約権がありません。支部内の取り決めとして、賃金、休日、業務内容を記録します」


『本人は、どう言っている』


 山田はレオルを見た。


「まだ、信用されていません」


『それはそうだろう』


「帳簿係の経験があり、現地通貨と文字に詳しいそうです。支部に必要な人材です」


『必要だから、奴隷を使うのか』


 高橋の声は厳しかった。


 山田は、一度息を吸った。


「必要だから、職員として扱います。所有物として使うつもりはありません」


「解放金を会社が負担できるか、社長へ相談してください」


『金額は』


「金貨三十枚です。現在の社内換算で、およそ三百万円」


『すぐに出せる額じゃない』


「分かっています。本人へ賃金を支払い、一部を積み立てます。売却禁止は、褒賞証書へ記載させました」


『そこまで、その場で決めたのか』


「判断する時間がありませんでした」


 電話の向こうで、高橋が長く息を吐いた。


『社長へ報告する。怒られるのは俺だ』


「申し訳ありません」


『いや。現地責任者は君だ。判断を任せた以上、俺も背負う。ただし、本人の安全と意思を最優先にしろ』


「承知しました」


『名前は』


「レオル・バッケルさんです。元商家の帳簿係です」


『電話の近くにいるのか』


「はい」


『なら、本人へ聞け。山田の支部で働く意思があるのか』


 山田は、レオルへ受話器と通訳石を渡した。


『……レオル・バッケルです』


『株式会社ゲートレーディングの高橋です。まず確認します。山田の支部で、帳簿係として働く意思はありますか』


『断れば、どうなります』


『分かりません。ただし、無理に働かせることはしません。安全な場所を探します』


『門の向こうへ逃がしてくれるのですか』


『それはできません。人を向こうの国へ連れていく制度も、許可もない』


『正直ですね』


『山田の上司だからな。似てくる』


 レオルは、しばらく黙った。


『働きます』


『理由を聞いても』


『帳簿を付ける仕事ならできます。鉱山よりはよい。それに、賃金を払うという話が本当か確かめたい』


『分かりました。条件は、あなたが読める文字で書面にします』


『奴隷との約束を、守るのですか』


『うちの会社は、契約を守ることで商売をしている。少なくとも、そうありたいと思っている』


 通話が終わると、レオルは受話器を机へ戻した。


『門の向こうにも、変わった人がいるのですね』


「課長は、比較的まともな人です」


『あなたよりも』


「そこは、評価が分かれます」


 *


 その日の午後、レオルは支部の帳簿を確認した。


 高橋と社長が作った簡易帳簿は、日本語と数字だけで構成されている。


 レオルに日本語は読めなかったが、数字と硬貨の実物を照合し、すぐに問題を見つけた。


『この黒貨二百八十枚は、王国銀貨二百八十枚として記録されています』


「高橋課長から、銀貨は一枚千円換算だと聞いています」


『黒貨は、銀の量が王国銀貨の半分です。市場では一枚四百五十から五百二十程度です』


「半分以下ですね」


『さらに、縁を削った偽貨が十三枚あります』


「見分けられますか」


『音で』


 レオルは硬貨を机へ落とした。


 澄んだ音と、鈍い音。


 山田には、わずかな差にしか聞こえない。


『こちらが本物。こちらは、銀を抜いたものです』


「これまでの取引で、どれくらい損をしていますか」


『帳簿が正しいなら、金貨四枚ほど』


「採用初日で、解放金の一割以上を取り返しましたね」


『私が盗んだと、疑わないのですか』


「帳簿と硬貨を、今から一緒に数え直します」


『信用していない』


「信用するために、確認します」


 レオルは山田を見たあと、硬貨を種類ごとに並べ始めた。


 二人で数え直すと、指摘はすべて正しかった。


 山田はホワイトボードへ、新しい項目を書いた。


『通貨別管理』


「何と書いたのです」


「同じ銀貨として扱わない、です」


『私には読めません』


「明日から、現地語も併記しましょう」


『誰が書くのです』


「レオルさんです」


『仕事を命じましたね』


「お願いしました」


『同じことでは』


「断る理由があれば、相談してください」


『ありません。むしろ、やらせてください』


 レオルは初めて、はっきりと笑った。


 夕方、山田は備蓄棚から二つの缶を取り出した。


 豆のトマト煮と、桃の缶詰。


「今日は時間が遅いので、これで食事にしましょう」


『奴隷が、主人と同じ机で食べるのですか』


「支部長と職員です」


『まだ、正式な書面はありません』


「明日作ります。今日は試用期間ということで」


『シヨウキカン』


「互いに、仕事を続けられるか確認する期間です」


『私が、あなたを確認するのですか』


「はい」


『本当に、奇妙な会社だ』


 山田は、缶切りを渡した。


「開けられますか」


『剣は使いません』


「助かります」


 温めた豆の煮込みを、二つの皿へ分ける。


 レオルは一口食べ、眉を上げた。


『甘い』


「皆さん、そう言います」


『ですが、悪くありません』


 食後に桃の缶詰を開けた。


 レオルは桃を一切れ食べ、今度は何も言わなかった。


 もう一切れ取ってから、小さく呟く。


『これは、貴族が食べるものですか』


「日本では、スーパーで買えます」


『スーパァ』


「多くの人が商品を買う、大きな店です」


『門の向こうは、豊かな国なのですね』


「豊かではあります。ただ、豊かな人ばかりではありません」


『どこも同じですか』


「たぶん」


 窓の外では、ラゼルの夜市が始まっていた。


 人間と魔族が同じ通りを歩き、露店の灯りが揺れている。


 支部の中には、二つの机と、二人分の食器があった。


 翌朝、山田は入口の看板の下へ、小さな木札を二枚掛けた。


『支部長 山田誠一郎』


 その下に、レオルが現地文字で書いた札を並べる。


『支部職員 レオル・バッケル』


 レオルは、自分の名が書かれた札を見上げた。


『奴隷の名を、入口へ出すのですか』


「取引先に、担当者を覚えてもらうためです」


『逃げたら困るのでは』


「逃げないように鎖を付けるより、戻ってきたい職場にするほうが長く働いてもらえます」


『それも、門の向こうの商売ですか』


「理想論です。うまくいかない会社も多いです」


『では、ここで試すのですね』


「そうなります」


 レオルは、自分の木札を指でまっすぐに直した。


 木の扉が叩かれた。


 開けると、正式発注書を持ったグレゴールと、香辛料煮込みの追加注文書を持ったバルガスが並んでいた。


 グレゴールは、入口の木札へ目を向けた。


『職員を雇ったのか』


「昨日、王国軍から紹介していただきました」


『紹介という言い方で済ませるのか』


 バルガスはレオルを見ると、大きく手を上げた。


『新しい職員か! めでたいな! 祝いの昼飯は、俺が持ってこよう!』


「まず、ご用件を伺います」


『王国軍、追加三千食の発注だ』


『魔王軍は、大型缶を五百だ! あと、もっと辛くしろ!』


 二人が、同時に書類を差し出した。


 山田は二つの注文書を受け取り、新しい机に座るレオルを見た。


「レオルさん。受付簿をお願いします」


『承知しました、支部長』


 初めて、言い直されなかった。


 山田は、王国と魔王軍の二人へ向き直った。


「順番に承ります」


 社員一名、現地職員一名。


 株式会社ゲートレーディング異世界支部は、ようやく本当の支部になった。

第一部「缶詰と最初の支部職員」は、ここまでです。

お読みいただき、ありがとうございました。

次部からは、山田とレオルの二人体制で、異世界の日用品市場へ挑みます。

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