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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
第一部 缶詰と最初の支部職員

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11/24

報酬は、奴隷一名

王国軍から試験結果が届いたのは、納品から二十四日後だった。


 冬の砦では、予定した二百食がすべて消費された。


 夜間警備の交代要員が温かい食事を取れない日に、缶を鍋で温めて提供したところ、体調を崩す兵が減ったという。


 湿地の監視所では、百八十食が消費され、二十食が残った。


 荷車がぬかるみに嵌まり、通常の補給が六日遅れた間、缶詰が予備食として使われた。


 味については、概ね好評。


 不満は三点あった。


 量が少ない。


 缶切りが壊れやすい。


 空き缶の縁で指を切った兵が二名。


 山田は報告を聞きながら、改善項目をノートへ書いた。


 大型缶との併用。


 缶切りの品質変更。


 厚手の手袋、または空き缶の縁を潰す道具。


 廃棄手順の追加。


『喜ばないのか』


 グレゴールが言った。


「何をでしょうか」


『試験は成功だ。王国兵站局は、正式に三千食を発注する』


「ありがとうございます」


『顔が変わらんな』


「正式な発注書と、納期条件を確認するまでは見込み案件です」


『お前は祝いの席でも、見積書を確認していそうだ』


「契約条件が決まっていれば、酒を一杯くらいは飲みます」


『なら、今日は一杯飲め。兵站長がお前へ褒賞を用意している』


「褒賞ですか」


『王国軍への貢献を認めたものだ。断るな。面子に関わる』


 山田は嫌な予感がした。


 金貨や宝石なら、会社として受け取るべきか、個人への贈答品として扱うべきか、高橋へ確認する必要がある。


 武器や爵位なら、なおさら困る。


「事前に、内容を伺えますか」


『見れば分かる』


「見てからでは、断りにくくなります」


『だから先に、断るなと言った』


 グレゴールに案内され、兵站局の奥にある広間へ入った。


 長い机には料理が並び、軍服姿の者が十数名集まっている。


 中央に立つ太った男が、王国軍兵站長オルグレン・ダースだった。


『門の商人ヤマダ! よく来た!』


「お招きいただき、ありがとうございます」


『お前の鉄詰め肉のおかげで、湿地の監視所は飢えずに済んだ。兵站局を代表して礼を言う』


「商品がお役に立てたのであれば、何よりです」


『正式注文の代金とは別に、王国から褒賞を与える』


「恐れ入ります。ただし、弊社の規程上、高額な贈答品は受け取れない可能性があります」


『金ではない。安心しろ』


 兵站長が手を叩いた。


 広間の脇の扉から、一人の男が連れてこられた。


 三十代半ばほど。


 痩せているが、背は高い。茶色の髪は伸び、頬には疲労の影がある。


 手首には鉄の輪がはめられ、細い鎖が衛兵の手へ続いていた。


 男は、山田の前で膝をついた。


 山田は、すぐには状況を理解できなかった。


『読み書きと算術ができる。元は商家の帳簿係だ』


 兵站長は、得意げに言った。


『門の商館には人手が足りぬと聞いた。こいつを使え』


「……人を、ということでしょうか」


『奴隷だ。好きに使ってよい』


 広間の空気が、急に遠くなった。


 膝をついた男は、顔を上げない。


「申し訳ありませんが、お受けできません」


 通訳石が、山田の言葉を淡々と変換した。


 広間が静まった。


 兵站長の笑顔が消える。


『褒賞が気に入らぬか』


「人を物品として受け取ることは、弊社の方針に反します」


『奴隷は人であると同時に、所有物だ』


「弊社では、その扱いを認めていません」


『門の向こうの決まりを、王国へ持ち込むのか』


「そういう意図ではありません。ただ、私には受け取れません」


 グレゴールが山田の横へ来た。


『ヤマダ。少し話そう』


 兵站長へ一礼し、広間の隅へ山田を連れていく。


『ここで断れば、兵站長の面子が潰れる』


「だからといって、人を受け取るわけにはいきません」


『分かっている。門の商人が奴隷を扱わないという話は、俺も聞いている』


「では、なぜ」


『褒賞を決めたのは上だ。お前の支部に人手がないと知り、気を利かせたつもりなのだ』


「気の利かせ方が違います」


『この国では違わん』


 グレゴールは声を落とした。


『あの男は、レオル・バッケル。王都のバッケル商会で帳簿を付けていた』


『商会が軍への納入品を横流しし、当主は逃げた。残った使用人と家族が、賠償のため奴隷へ落とされた』


「本人も、横流しに関わったのですか」


『証拠はない。だが、商会の帳簿係だった。それだけで十分とされた』


「断った場合、彼はどうなります」


『別の褒賞へ回されるか、鉱山へ送られる』


「自由には」


『ならん。商会の負債が残っている』


 山田は、広間の中央を見た。


 レオルは膝をついたまま、動かない。


 受け取らないことが正しいと思った。


 人を商品として扱う制度に加わるべきではない。


 だが、ここで拒否したところで、制度が消えるわけではない。


 目の前の男が、別の場所へ送られるだけだ。


「所有権を得たあと、すぐに解放することはできますか」


『負債分の解放金を王国へ納めればできる』


「いくらです」


 グレゴールが、指を三本立てた。


『金貨三十枚』


 社内換算で、およそ三百万円。


 異世界支部の現在の利益を、大きく超える。


「本人が働いて返すことは」


『主人が認めれば、賃金を与えてもよい。だが、奴隷へ賃金を払う者はほとんどいない』


「雇用契約を結ぶことは」


『奴隷に契約権はない。主人との私的な約束になる』


 正しい答えはなかった。


 日本へ戻り、高橋と社長へ相談すべきだった。


 しかし、この場で時間を置けば、レオルの行き先は山田の知らない場所で決まる。


「条件があります」


『何だ』


「私は、彼を商品として扱いません。支部の職員として働いてもらいます」


「賃金を支払い、休みを設けます。暴力を加えず、売却もしません」


「解放金を支払える状態になれば、本人の希望を確認したうえで解放します」


『好きに使えと言われたのだ。受け取った後は、お前の自由だ』


「その条件を、褒賞の記録へ残してください」


『なぜだ』


「後から、扱いが不適切だと言われないためです」


 グレゴールは、呆れた顔をした。


『奴隷を受け取る場で、奴隷を売らない条件を付ける男は初めてだ』


「前例になれば、次から説明が楽になります」


『本当に、逃げ道を作る男だな』


 兵站長は、最初こそ不満を示した。


 だが、グレゴールが「門の商人の奇妙な習慣として記録すれば、王国の面子は保たれる」と説明すると、最終的には認めた。


 褒賞証書へ、追加の一文が書かれる。


『受領者は、レオル・バッケルを売却せず、門の商館において事務労働へ用いるものとする』


 人権を守る文章には、ほど遠い。


 それでも、何もないよりはよかった。


 宴が終わると、衛兵がレオルの鎖を山田へ渡そうとした。


「これは、外してください」


『逃げるぞ』


「逃げた場合は、私の責任です」


 衛兵は肩をすくめ、手首の輪を開けた。


 鉄が外れたあとも、レオルは腕を下げたままだった。


「立ってください」


『命令ですか』


 初めて聞く声だった。


 低く、乾いている。


「お願いです」


 レオルは、ゆっくりと立ち上がった。

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