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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
第一部 缶詰と最初の支部職員

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10/24

王国も魔王軍も、お客様です

 魔王軍向けの商品は、予想より早く見つかった。


 業務用食品メーカーが扱う、挽肉と赤豆の香辛料煮込み。


 酒類不使用。常温で二年保存。八百五十グラムの大型缶と、三百グラムの小型缶がある。


 問題は、商品名に使われている香辛料の名称を、現地語へ正確に訳せないことだった。


『赤い粉の豆肉煮でよい』


 ボルツは、あっさりと決めた。


「商品名として、少し雑ではありませんか」


『食えば分かる』


「食べる前に、注文していただく必要があります」


『では、辛い赤豆肉煮』


「分かりやすくなりました」


『門の向こうの商品名も、その程度ではないのか』


「否定できませんね」


 見積書を二種類作成した。


 大型缶は補給所用。小型缶は前線用。


 バルガスは、内容を一行ずつ読み、輸送時に破損した缶の扱いと、空き缶の所有権まで確認した。


 そして、約束通り半額を前金で支払った。


 ただし、硬貨は王国銀貨ではなく、黒みを帯びた魔王領の銀貨だった。


 高橋からは、銀貨一枚を一律千円で処理するよう言われていた。


 山田は少し迷ったが、受領した硬貨を別袋に分け、帳簿へ『魔王領黒貨』と記録した。


 同じ銀貨でも、本当に同じ価値なのか。


 後で確認する必要がある。


 *


 その日の午後、グレゴールが異世界支部を訪れた。


 事前の約束はなかった。


『魔王領の調達官が、ここへ来たそうだな』


「来店されたお客様について、詳細はお答えできません」


『来たことまで否定するのか』


「否定も肯定もいたしません」


『この町では、全員が知っている』


「でしたら、私が申し上げる必要もありません」


 グレゴールは、昨日バルガスが座っていた椅子を見た。


『我々と同じ商品を、敵へ売るつもりか』


「王国軍との契約には、独占条件がありません」


『契約に書いていなければ、何をしてもよいと』


「契約に書かれていないからではありません。弊社は当初から、中立を条件に営業しています」


『食料も武器だ』


「人を直接傷つける武器は扱いません」


『兵が腹を満たせば、また剣を持つ』


「王国軍の兵士も同じです」


 グレゴールの表情が険しくなった。


 山田も、この問題に正解があるとは思っていない。


 缶詰を売れば、飢える者は減る。


 同時に、戦う期間を延ばすかもしれない。


 片方へだけ売れば、もう片方が不利になる。


 両方へ売れば、戦争を支えることになる。


 だからこそ、少なくとも条件を隠してはいけなかった。


「弊社は、王国軍にも魔王軍にも、同じ基準で販売します。武器は売らない。人は売らない。お客様の取引情報は、他方へ渡さない。商品の用途を確認し、問題があると判断すれば、販売を止めます」


『その判断を、誰がする』


「現在は、私です」


『一人の商人が、両軍の兵糧を決めるのか』


「そこまで大きな権限はありません。ですが、弊社の商品を売るかどうかは、弊社が決めます」


 木の扉が、勢いよく開いた。


『ヤマダ! 契約書に一か所、聞きたいところがある!』


 バルガスだった。


 黒い外套を揺らし、片手に見積書、もう片方に紙袋を持っている。


 室内のグレゴールを見て、足を止めた。


『おお。剣で缶を開けた男ではないか!』


『なぜ、お前がここにいる』


『客だからだ!』


『ここは王国内だ』


『中立都市ラゼルだ。門の商館は、どちらの旗も掲げていない』


『王国軍が先に契約した』


『早い者勝ちなら、次はもっと早く起きる!』


「お二人とも、座ってください」


 山田は、空いている二つの椅子を指した。


 グレゴールは座らなかった。


 バルガスはすぐに座った。


『朝から歩いて疲れた!』


「バルガス殿。紙袋は何でしょうか」


『妻が焼いた香辛料菓子だ。昨日の煮込みが好評だったと伝えたら、お前に持っていけと言われた』


『商談へ菓子を持ち込むな』


『だから王国の商談は長くて腹が減るのだ』


 山田は二人の間へ立った。


「改めて申し上げます。王国軍も、魔王軍も、弊社のお客様です」


 グレゴールが眉を寄せる。


 バルガスは、うれしそうにうなずいた。


『良い言葉だ! 看板に書け!』


「検討します」


『王国と魔王軍を同じ列に並べるのか』


「取引上は」


『戦場でも同じだと言えるか』


「戦場へ行く予定はありません」


 バルガスが声を上げて笑った。


『気に入ったぞ、ヤマダ!』


 グレゴールは笑わなかった。


 それでも、王国軍の注文を取り消すとは言わなかった。


 山田は、グレゴールへ王国軍の受注書を、バルガスへ魔王軍の見積書を返した。


 二つの書類が、同じ机の上に並ぶ。


 朱色の社判を、順番に押した。


 株式会社ゲートレーディング異世界支部は、その日から、本当の意味で中立商社になった。

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