↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『勇者パーティーを見限った元兵站責任者~辺境で自分の隊を作ったら王国最強の遠征軍になった~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/8

第6話 兵士を英雄にするな

「槍は置いて。今日は突き方から教えないわ」


 灰鷹砦の中庭で、エルナがそう告げると、集まった男たちから戸惑った空気が返ってきた。


 レム村から来た六人とニコ。合わせて七人いる。


 彼らの前には、砦の修繕で出た廃材から作った木槍が六本、板を二枚重ねただけの訓練用の盾が三枚並べられていた。


 エミルを救出してから三日目の朝だった。


 翌朝にローデルへ向かったニコは、ボルクへの報告と護衛料の精算を済ませたあと、灰鷹砦へ戻ってきた。今回の護衛契約はレム村へ荷を届けた時点で完了として扱われ、次の仕事をまだ決めていないニコ自身が、しばらくガレスたちと行動したいと申し出たのだ。


 昨日にはローデルの警備隊も村へ到着し、捕らえた六人と押収品を引き取っている。


 同じ便で、領主代官所から灰鷹砦に関する書面も届いた。


 正式な譲渡ではない。一か月間の仮使用許可である。


 修繕費と食料は使用者負担。街道や魔物について得た情報は領側へ報告し、有事には連絡所として使わせること。それらを条件に、放棄されていた砦を使ってよいという内容だった。


 ガレスとしては十分だった。


 一か月もあれば、ここが使える場所なのか、それとも金ばかり食う石の塊なのか判断できる。


「二人ずつ組んで」


 エルナの声で、六人が三組になった。


 ニコだけが残る。


 村人の一人が彼を見てから尋ねた。


「一人余ってますけど」


「余らせてるのよ」


 エルナはニコへ木槍を一本渡した。


「あなたは最初、どこにも入らない」


「予備ですか?」


「そう。前にいる人間が疲れた時、怪我をした時、武器を落とした時に入る。七人いるから七人全部を最初から並べる、なんてことはしないわ」


 ニコは納得したように位置を下がった。


 村人たちの方は、まだ少し腑に落ちていないらしい。


 ガレスは口を挟まず、倉庫から持ち出した板へ人数を書き込んでいた。


 三組六人。


 予備一人。


 正門と北壁を同時に守るなら、この人数では足りない。夜番まで組むならなおさらだ。


 だから今日やるのは、七人だけで砦全部を守る方法を考えることではない。


 七人に、七人以上の働きをさせようとしないための訓練だった。


「盾役は前。槍役は半歩後ろ」


 エルナが一組を呼び出した。


「敵を倒そうとしなくていい。盾役は止める。槍役は近づかせない。まずそれだけ」


 村人の一人が板盾を構え、相棒が木槍を持つ。


 エルナ自身が木剣を手にして、正面へ立った。


「始めるわよ」


 次の瞬間には、盾役の男が前へ出ていた。


「止まって」


 木剣が動く前に、エルナが声をかける。


「どうして前へ来たの?」


「先にぶつかった方がいいかと……」


「あなたが三歩出れば、後ろの槍も三歩出る。隣の組が動かなければ、そこだけ線が飛び出すわ」


 男は自分の立っている場所を見た。


 他の二組より確かに前へ出ている。


「ここは試合場じゃないの。自分の相手だけ見ないで」


 位置を戻させ、もう一度始める。


 今度は盾を前へ出したまま、男は踏み込まなかった。


 エルナが右へ動く。


 槍役が反応して穂先を追う。


「槍も追わない」


「でも、回り込まれます」


「だから隣がいるの。一人で全部止めようとすると、列が崩れる」


 三度目で、ようやく二人の位置が保たれた。


 エルナは攻撃せず、そのまま次の組へ替える。


 六人全員を一度動かしたところで、ニコを呼んだ。


「最初の盾役と交代」


「まだ疲れてませんよ」


 最初に立った男が言った。


 エルナはそちらを向く。


「疲れてから交代するんじゃないわ」


 男が黙る。


「腕が上がらなくなるまで立たせたら、後ろへ下がる時に守る人間が必要になる。まだ動けるうちに替える。その方が次にも使える」


 今度はニコが盾を持った。


 すでに二度の実戦を経験しているだけあって、村人より構えが安定している。


 ただ、エルナが木剣を振った瞬間、ニコは反射的に前へ出た。


 板盾と木剣がぶつかる。


「ニコ」


「……はい」


「あなたも同じ」


 エルナは盾を軽く叩いた。


「守れるからって前へ出ない。後ろの人間まで、あなたと同じ速さで動けるとは限らないから」


 ニコは一度後ろを見た。


 槍役の村人とは、すでに一歩以上離れている。


「分かりました」


 今度は素直に戻った。


 ガレスは板に一つ印をつけた。


 個人の腕ではニコが上。


 だが、経験がある分だけ自分で処理しようとする癖もある。


 使い方を間違えれば、長所がそのまま穴になる。


     ◇


 昼前になると、マルタも村から上がってきた。


 パヴェルの熱は下がり、村の病人たちも届いた薬で落ち着いている。朝の診察を済ませれば、日中は砦へ来られる程度には余裕ができていた。


 マルタが最初に見たのは訓練ではなく井戸だった。


 水を汲み上げ、臭いと濁りを確かめ、少量を煮沸する。それでも問題が出なかったため、当面は飲用に使うことになった。


「井戸が死んでたら、この砦も終わりだったね」


「毎日、村から水を担ぎ上げる部隊には入りたくないな」


 ガレスが答えた。


「私は治療役だから、水運びの人数には入れないでおくれよ」


「最初から入れてない」


「ならいい」


 マルタはそれだけ言うと、今度は中庭へ向かった。


 ガレスも後を追う。


 午前の訓練を終えた七人には休憩を取らせていたが、次に用意したものを見て何人かが眉をひそめた。


 担架だった。


 木の棒二本へ丈夫な布を渡し、その上に土を詰めた袋を載せてある。合わせて六十キロほどになるよう調整していた。


「次はこれを運ぶ」


 ガレスが言う。


「二人で?」


「二人で」


 村人が担架の上を見た。


「戦う訓練じゃないんですか?」


「前で誰か倒れたら、その人間を置いて帰るか?」


「……運びます」


「なら練習しておいた方がいい」


 南門から兵舎まで。


 途中には石の欠けた場所もあれば、緩い上りもある。


 二人一組で担ぎ、一往復したら交代。残った一人は担架の横につき、足場と進路を見る。


 一組目は勢いよく持ち上げた。


 十歩ほどで前後の歩幅がずれる。


「待って、待って!」


 後ろを持つ男が声を上げた。


 前が止まる。


 担架が傾いた。


 マルタが腕を組んだ。


「今のが怪我人なら、かなり痛いよ」


 二人の表情が変わる。


「重い方を持つとかあるんですか?」


「前後で高さが違うならある」


 ガレスは担架の横へしゃがみ、持ち手の位置を示した。


「坂では上側が持ち上げすぎると身体が滑る。歩幅を合わせろ。急ぐなら足を速くするんじゃなく、交代を増やす」


 もう一度。


 今度は声を掛けながら進んだ。


「右、段差」


「分かった」


「一度止める」


 先ほどより遅い。


 しかし担架は揺れなかった。


 二組目、三組目と続ける。


 最後にニコが入り、一通り終えた頃には、槍の訓練より疲れた顔をしている者もいた。


 村人の一人が腰を伸ばしながらぼやいた。


「戦わなくても、兵士ってきついんですね」


「歩けて、運べて、見張れて、それでも必要な時に戦える奴が一番助かる」


 ガレスは水桶を指した。


「飲んだら十分休め。午後は柵だ」


「まだあるんですか」


「北壁を塞ぐ木が、勝手に立ってくれるなら休みにしてもいい」


 さすがに何人かが笑った。


     ◇


 午後は北壁の仮柵を直した。


 村から上げた丸太を組み、内側から横木を通す。


 ここでも七人全員を同じ作業へ集めなかった。


 三人が木を運ぶ。


 二人が組む。


 一人が工具と縄を管理する。


 残る一人は物見台に上がった。


「修理中まで全員下を向くな」


 ガレスが言う。


 午前中、盾を持っていた村人が物見台から顔を出した。


「何を見れば?」


 今度はキリクが答えた。


「街道。北の尾根。鳥が急に飛んだ場所。煙。動く影。分からない物を見つけたら、勝手に正体を決めずに呼べ」


「狼っぽくても?」


「狼っぽい何か、と言え。それで十分だ」


 村人は妙な顔をしたが、やがてうなずいた。


 ガレスは少し離れた場所から作業を見た。


 七人の動きはまだ遅い。


 エルナやキリクのようには戦えない。


 ニコほど盾も扱えない。


 丸太を結ぶ縄も、一度では締まらない。


 それでも朝とは違っていた。


 重い物を持つ時には誰かが声をかけ、通路へ道具を置かなくなった。二人で持てない丸太には三人目を呼ぶ。


 一人で何とかしようとする者が減っている。


 エルナが隣へ来た。


「剣を振らせた時間、ずいぶん短かったわね」


「剣はお前が教えるだろ」


「そういう意味じゃない。村の人たちは、もっと派手なことを期待してたみたいだから」


「期待どおりにやって死なせたら、寝覚めが悪い」


 ガレスは仮柵へ目を向けた。


「一人で強い奴を七人作るより、誰かが崩れた時に残り六人で穴を塞げる方が先だ」


 エルナはしばらく黙っていた。


「勇者たちにも、そうしてほしかった?」


 問いかけは軽くなかった。


 ガレスもすぐには答えない。


「アレクたちは、自分で穴を塞げる」


「だから離れた?」


「だから、そのやり方を普通の兵士まで広げたくなかった」


 エルナはそれ以上聞かなかった。


 中庭では、ニコが村人と一緒に丸太を起こしている。


 英雄の真似をさせるつもりはない。


 走れる距離も、振れる槍の回数も、持てる荷の重さも、人間には限界がある。


 その限界をなくすことはできない。


 なら、限界を越える前に替わる人間を用意すればいい。


     ◇


 日が西へ傾き始めた頃、北へ出ていたキリクが戻った。


 予定より早い。


 歩き方も、朝までとは違っていた。


「作業を止めろ」


 門へ入るなり、キリクが言った。


 声を聞いたエルナがすぐ振り向く。


「何があった?」


 キリクは答える代わりに、革手袋をした掌を開いた。


 黒い羽根が一本あった。


 根元には短く切られた矢軸が残っている。


 ガレスは受け取った。


 黒い羽そのものなら珍しくない。


 だが、羽軸を二つに割ってから麻糸で巻く、この付け方には見覚えがあった。


 勇者一行にいた頃、魔王軍領の外縁で何度も拾った矢と同じだった。


「どこだ?」


「北の尾根。ここから歩いて一刻もかからん」


 中庭の空気が変わった。


「人数は?」


「見てない。足跡は三つ。二本脚だが、人間の靴じゃない。先が割れた蹄の跡だ」


「こっちへ来た?」


「尾根から砦を見て、北東へ抜けてる。昨日の雨の後についた跡だから、古くても一日だ」


 エルナが黒い矢羽を見る。


「斥候ね」


「たぶんな」


 キリクが答えた。


「野盗が使う矢じゃない」


 ガレスは物見台を見上げた。


 そこでは、ついさっきまで村人が一人で周囲を眺めていた。


 今朝までは、砦をどう使うか考えていた。


 もう順番が変わった。


「北壁の作業はここまで。丸太と工具を全部内側へ入れる」


 ガレスが言うと、七人が動き始めた。


 午前中なら、誰かが理由を尋ねていただろう。


 今は三人が丸太へ向かい、二人が散らばった工具を拾う。ニコは指示される前に南門へ走り、板盾を門脇へ運んだ。


 エルナがガレスへ近づく。


「夜番を組む?」


「組む。物見台と北壁に一人ずつ。二刻で交代。キリクは最初だけ付き添って、見る場所を教えてくれ」


「七人を全部残すの?」


「村の六人は帰す。家族に何も知らせず夜まで拘束する方がまずい。代わりに明日の朝、村長と相談して常駐できる人数を決める」


 エルナがうなずく。


「今夜は?」


「俺たちとニコで回す」


 人数は少ない。


 それでも今夜だけなら持つ。


 無理を一晩で終わらせ、その間に明日以降の仕組みを作る。


 ガレスは黒い矢羽を板の上へ置いた。


「それと、火は中庭で焚かない。炊事場の窓も塞ぐ。外から人数を読まれたくない」


 キリクが北の空を見た。


「向こうがもう数えてたら?」


「その時は、明日数え直させる」


 ガレスは砦の中へ視線を戻した。


 朝には、七人をどう訓練するかだけを考えていた。


 夕方には、その七人をどこへ置けば生き残れるかを考えている。


 灰鷹砦の北には、魔王軍の斥候がいる。


 そして今度は、こちらにも見張る目があった。


──────────────────

YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/EhrV9kI4Ot8?si=VNeq6-kit0SrRGcN

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。