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『勇者パーティーを見限った元兵站責任者~辺境で自分の隊を作ったら王国最強の遠征軍になった~』  作者: あちゅ和尚


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第3話 死なないための荷物

「レム村を出た荷車が、一台着いていません」


 宿場の事務所へ入ったガレスとエルナに、村の代表者であるロベルトはそう告げた。


 行方が分からないのは、村から毛皮と手紙を運んでいた一頭立ての軽荷車だった。御者を務める兄弟二人が昨日の夜明けに出発しており、順調なら日没前にはローデルへ到着するはずだったという。


「雨のあとは遅れることもあります。ですが、あの二人は旧街道を何度も往復している。野営するなら伝言を頼める場所も知っています」


 ロベルトは落ち着いて話そうとしていたが、膝の上で組んだ手には力が入っていた。


 レム村までの距離は四十二キロ。依頼書では二日後の出発になっていたものの、村には熱を出した者が増えており、薬箱三つを待っている。行方不明者が出たからといって、十人の村人と物資を宿場に留め続けることもできなかった。


「出発を明朝へ早めます」


 エルナが決めた。


「護衛は五人必要です。私とガレスのほかに、誰を予定していますか?」


「治療役は来ています」


 ロベルトが隣室へ声を掛けると、濃い茶色の髪を後ろで束ねた女が現れた。年齢は三十五歳。背中に短弓を負い、腰には治療道具を収めた革鞄を提げている。


「マルタ・レイス。昔は東部軍の野戦治療所にいた。村から治療師を寄越してほしいと頼まれていたから、この仕事を受けるつもりだよ」


「治療術は使える?」


「傷口を塞ぐ程度ならね。失った血や体力までは戻せないから、布と薬も持っていく」


 マルタは自分の仕事を誇張せず、できないことまで先に伝えた。ガレスがエルナを見ると、彼女も異論はないらしくうなずいた。


 四人目の候補は、事務所の窓辺に腰を預けていた獣人の男だった。頭には黒褐色の耳があり、外套の裾から短い尾が覗いている。


「キリクだ。レム村からの依頼書をここまで運んだ。戻るついでに道案内をする」


「行方不明の荷車について、心当たりは?」


 エルナが尋ねると、キリクは窓辺から離れた。


「御者はパヴェルとエミルの兄弟。腕の悪い連中じゃない。荷車も軽かった。昨日のうちに着かなかったなら、車輪より先に別のものを疑った方がいい」


 旧街道には、先月の崩落で使えなくなった泉がある。だが、十一キロ先で樫の沢へ回れば、人と馬の水を確保できるという。キリクは六日前にその道を通っており、軽荷車なら問題なく進めると保証した。


 残る一人には、ニコ・ロアンが入った。


 先の隊商護衛で一緒だった十八歳の青年で、ローデルに到着してからも馬と荷車の片づけを手伝っていた。ガレスたちが別の仕事を受けると知り、自分から事務所へ来たのだ。


「帰りの隊商は五日後だぞ」


「レム村まで二日、空荷で戻るのに二日なら間に合います。ボルクさんにも許可をもらいました」


「予定が一日ずれれば置いていかれる。それでも受けるか?」


「その場合は、自分の足で戻ります。護衛料をもらう以上、途中で抜けるつもりはありません」


 若さは残っているが、言葉だけで気負ってはいない。エルナが槍と小盾の扱いを確かめ、荷車から離れないよう念を押したうえで契約を認めた。


 ガレス、エルナ、キリク、マルタ、ニコ。これで五人が揃った。


 十人の村人は成人六人と十代の少年少女四人で、小荷車には穀物十二袋、薬箱三つ、塩、農具の替え刃が積まれる。ボルクが車体を調べ、この旧街道で安全に運べる重量を五百キロまでと定めた。


 村へ届ける品、旅の食料、水袋、毛布、天幕布、修理道具を合わせても、出発時の積載量は四百十キロに収まった。二人ほど横になれる場所と、八十キロ余りの余裕が残る。


「荷を増やせるなら、穀物をもう四袋載せたい」


 ロベルトが申し出たが、ガレスは荷台の空いた場所を示した。


「その余裕は、人を運ぶために残す。四十二キロ歩けば、足を痛める者が出てもおかしくない」


「全員、村と宿場を歩いた経験があります」


「なら、使わずに済むかもしれない。それが一番いい」


 ガレスはそれ以上説明せず、荷台の左右へ縄を一本ずつ固定した。マルタの治療鞄と薬箱はすぐ取り出せる場所へ置き、水袋は複数に分けて農具の刃から離す。キリクが道順を決め、エルナは村人たちへ襲撃時の集まり方だけを教えた。


 準備が終わったのは、夜もかなり深まってからだった。


 翌朝、十五人からなる一行はローデルの東門を出た。


 キリクが百メートルほど先を歩き、エルナは村人の前方につく。マルタとニコは小荷車の左右、ガレスは最後尾を受け持った。


 旧街道には草が伸び、ところどころ石畳が土へ沈んでいる。それでも午前中は予定どおり進み、十一キロ先の樫の沢で人と馬に水を取らせることができた。


 昼食を終えて再び歩き始めてから、キリクの足が急に止まった。


 場所は街道が緩く右へ曲がり、左側が雑木林へ落ち込んでいる地点だった。一見すると、道には何もない。


「荷車を止めろ」


 キリクはしゃがみ込み、路面へ手を触れた。


「東から来た細い車輪の跡が、ここで左へ外れている。雨のあとについた跡だ」


 草の下には、街道から雑木林へ向かって二本の轍が続いていた。片側だけが深く、途中から土を削るように斜面へ落ちている。


「パヴェルたちの荷車か?」


 ロベルトが駆け寄ろうとしたが、エルナが腕を伸ばして止めた。


「まだ分かりません。村人は荷車の右側へ。ニコ、ここを守って」


「はい」


「ガレスはキリクと轍を確認。私は街道と斜面を見る。人が見つかったら、マルタを呼びます」


 ガレスとキリクは雑木をかき分け、斜面を下った。轍の先には折れた枝が続き、二十メートルほど下で一頭立ての軽荷車が横倒しになっている。


 馬は車体から少し離れた場所で死んでいた。胸元に矢が一本刺さっており、転落する前に射られたことが分かる。


 荷車の周囲には人の姿がなかった。


 キリクが地面を調べようとしたとき、倒れた灌木の奥から微かな音が聞こえた。


「……水……」


 ガレスは長槍を置き、枝を押しのけた。


 男が一人、斜面の窪みに倒れていた。三十歳ほどで、服には乾いた血がこびりついている。左脇腹に刃物による傷があり、右脚は膝から下が不自然な方向へ曲がっていた。


「生きている。マルタを呼んでくれ」


 キリクが斜面を上り、ほどなくマルタを連れて戻ってきた。急な場所には、荷車へ積んでいた縄を木へ結び、足場として使った。


 マルタは男の首筋へ指を当て、呼吸と脈を確かめた。


「水は少しずつ。急に飲ませないで。脇腹の出血は止まっているけど、傷が開けば持たない。右脚も折れている」


 ガレスは水袋の口を湿らせ、男の唇へ数滴ずつ落とした。意識が戻りかけたところで、マルタが傷口を洗い、止血布を当てる。


 淡い光がマルタの手から広がり、裂けた皮膚をゆっくり塞いでいった。傷は閉じても、男の顔色までは戻らない。


「魔力を使い切るほど治しても、血は増えない。ここから動かすために必要な分だけ塞ぐよ」


 折れた脚には、斜面で切った真っすぐな枝を添え木として当てた。男を運ぶには担架が必要だが、専用のものは持っていない。


 ガレスは天幕布を一枚外し、二本の長い枝の間へ通した。端を折り返して縄で縛ると、大人一人を横たえられる即席の担架になる。


「上にいる大人を二人呼んでくれ。ニコは残す」


 キリクがロベルトともう一人の村人を連れてきた。四人で担架を持ち、縄を補助に使いながら斜面を上がる。


 街道へ戻るまでに時間はかかったが、男の呼吸は乱れず、傷口から再び血が流れることもなかった。


「パヴェル!」


 ロベルトが男の名を呼び、荷車のそばへ膝をついた。


 見つかったのは、行方不明になっていた兄弟の兄だった。弟のエミルは、転落した荷車の周囲にも斜面の下にもいない。


 キリクは再び現場へ戻り、四半刻ほどしてから血のついた布切れを持ち帰った。


「斜面の上に六人分ほどの足跡がある。二人が荷車を追い、残りは街道にいたらしい。北へ向かう獣道に、誰かを引きずった跡が残っている」


「エミルは連れていかれたのか?」


「自分で歩かされた可能性もある。血は少ない」


 パヴェルを小荷車へ乗せるため、村人の私物と食料を左右へ寄せた。出発時の荷は四百十キロ。体格から見て七十キロほどあるパヴェルを寝かせても、ボルクが定めた上限を超えない。


 穀物も薬箱も、一つとして捨てる必要はなかった。


 マルタが荷台へ上がり、パヴェルの脈を見守る。二人の少女は母親と手をつなぎ、自分たちが乗るために空けられていた場所を黙って見つめていた。


「このまま進む」


 エルナが全員へ告げた。


「川沿いの野営地まで四キロ。ローデルへ引き返すより近い。そこでパヴェルを休ませ、夜明けにレム村へ向かいます。キリクは先行しすぎないで。相手が近くに残っている可能性があります」


 日没前、一行は川沿いの野営地へ到着した。荷車を木立へ寄せ、天幕を張り、マルタは火のそばでパヴェルの治療を続けた。


 温めた水と薄い豆粥を少しずつ与えると、夜半になってパヴェルの意識が戻った。


「エミルは、どこへ連れていかれた?」


 ロベルトの問いに、パヴェルは乾いた唇を動かした。


「六人……灰色の外套だった。俺たちを止めて、砦の井戸と倉庫について聞いてきた。知らないと言ったら、エミルを……」


「どの砦だ?」


 エルナが身を寄せる。


「灰鷹砦だ。あいつらは、エミルを連れて北の道へ行った」


 焚き火を挟んだ向こうで、キリクの黒褐色の耳が動いた。


「北の獣道がつながる先は、一つしかない」


 放棄されたはずの灰鷹砦へ、何者かが人を連れ去っている。


 ガレスは地図を開き、レム村と灰鷹砦の位置を確かめた。



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