2.王太子の判断
「あ、あなたは……」
ライゼル殿下が現れたことで、メイドの表情は一気に変わった。
それは、当然のことである。彼女からしてみれば、相手は雇い主にして、従うべき王族の一人だ。私に向けていた怒りの形相が崩れても仕方ない。
「……ニルヴァン子爵家のネレーナ嬢だな? セスティアから既に話は聞いている。その立ち振る舞いについて、少し話を聞かせてもらろうか」
「そ、それは……」
ライゼル殿下は、ネレーナと呼ばれたメイドに近づいていった。
彼女は、彼が一歩踏み出す度に、後退している。その顔からは、恐怖が読み取れた。
しかし、同情する気持ちは湧いてこない。そのような表情をするならば、そもそも私に対して嫌がらせなんて、しなければ良かったのだ。
「このパンとスープは、どういうものだ? 俺の客人に、このようなものを出したのか?」
「これは、違います。料理人が用意したもので……」
「だとしても、お前はこれを確認して、ここに運んできたはずだ。それは何故だ? 一目見て、異常は感じられなかったか? 確認を怠ったというならば、それもまた落ち度だといえる」
ネレーナ嬢の言葉に、ライゼル殿下はゆっくりと首を横に振った。
それに彼女は、唇を噛み締める。反論の余地がない、と思ったのだろう。その表情は暗い。
「そもそも、この俺が何も聞かされずに、ここに来たと思っているのか? それならば、愚かという他あるまい。言ったはずだ、セスティア嬢から話は聞いていると。度重なる嫌がらせ、それがついに度を越し始めたと彼女は言っていた」
「それは……」
ライゼル殿下には、既に事情は伝えている。彼はその現場を抑えに、ここに来たのだ。
ネレーナ嬢も、それがわかったのだろう。彼女はゆっくりと、私の方を向いた。
「……ど、どうかお許しください」
「……」
ネレーナ嬢は、私に対して頭を下げてきた。
ここに来て彼女は、私に取り入ることを選んだようである。その素早い転身は、ある意味で見事なものだ。
しかし、もう遅い。私は既に、ライゼル殿下に話を通している。ことは最早、私の一存でどうにかなることではないのだ。
「残念だがネレーナ嬢、いくら懇願してももう無駄だ。お前は、俺の顔に泥を塗ったのだ。セスティアに無礼な振る舞いをしたということは、そういうことだ。それがわからなかったのか?」
「ま、待ってください。私はただ……」
「なんだというのだ? セスティアが他国で罪を問われ追放されたから、無礼な振る舞いをしてもいいと言いたいのか? 残念ながら、そのようなことは関係がないことだ。俺が彼女を客人として迎え入れた時点で、彼女は賓客になったのだ」
ライゼル殿下に追い詰められて、ネレーナ嬢はその場で尻餅をついた。
それを見ながら私は、ため息をつく。できることなら、このような結果は避けたかったからだ。
ネレーナ嬢がどこかで踏みとどまってくれていれば、そう思わずにはいられない。
これによって、彼女は責任を問われることになる。それ所か、ニルヴァン子爵家すら危ないだろう。
とはいえ、私も私で生きていかなければならない。害する意思がある者が身近にいる状況を許容できる程、私はお人好しではなかった。




