14.奇妙な安全
何が起こったのか、私の理解は遅れていた。
しかし、目の前にいる巨体を見て、体はほとんど自動的に構えを取っていた。
そこにいるのは、巨大なワニの魔物だ。その魔物は一瞬にして、ニルヴァンを呑み込んだ。彼は、微かに唸り声が聞こえるだけだ。
「グウゥ……」
「ぁ……ぁ……」
「ニ、ニルヴァン様が……」
「お、おい、魔物だぞ? 早く応戦の準備をしろ。ニルヴァン様を助け出すのだ!」
ニルヴァンが消えたことに、彼が引き連れていた兵士達が焦り出していた。
ただ、誰も手は出せはしない。巨大な魔物に、怯え切っているようだ。
どうやらあの兵士達は、そこまでの手練れという訳ではなさそうだ。相手が凶悪な魔物だからといって、ここでそれでは一流の兵士とは言えない。
「ライゼル殿下……」
「セスティア、大丈夫だ。あの魔物は俺達には、危害を食わえない。いやそれ所か、あの愚かな男さえも、見逃すつもりのようだ」
「え?」
臨戦態勢を取っていた私は、ライゼル殿下の言葉に驚くことになった。
彼は至って、冷静である。この状況でそれは、はっきりと言っておかしい。多少なりとも、動揺があるはずだ。
しかし周囲を見てみると、こちら側の兵士達も、臨戦態勢を取っていない。まるで今が安全であるかのように、武器を下ろしている。
いや、そうではない。これは、武器を下ろさざるを得ないと考えるべきだろう。まるであの魔物にそれを向けることが、無礼であるかのように。
「……グプッ」
「な、なんだ? 何か吐き出したぞ?」
「あれは……ニルヴァン様だ! 受け止めろ!」
少しの沈黙の後、ワニの魔物は口から勢い良く何かを吐き出した。
それは幸か不幸か、人の形を保っているニルヴァンであった。魔物の唾液でどろどろになった彼は、気を失っているようだ。ただ、生きてはいるように感じられる。
そのニルヴァンを、あちら側の兵士達は数人で受け止めた。彼らの表情からも、生きていることは伝わってきた。
「お、おい、どうするんだ? 撤退か?」
「ああ、その方がいいだろう。あんなのとやり合って、勝てる訳がない」
「ニルヴァン様を治療しなければならない。ここは撤退するべきだ」
兵士達は、あまりにも統率が取れていない足並みで、その場から離れて行った。
ニルヴァンが引き連れている兵士など、高が知れているということだろうか。ともあれ、彼らが去っていくならば、ある程度は安心できる。
それはもちろん、ライゼル殿下を信じるならば、だが。
ただ、今となっては信じられはする。あの魔物がニルヴァンをあのまま食らわなかった時点で、色々とおかしいものなのだから。
「……ヤード、いるのだろう?」
「……流石はライゼル殿下、だ。俺のことがわかったのか?」
「あなたの相棒の顔くらいは、俺も覚えているとも」
「そうか……」
ライゼル殿下の呼びかけで、一人の男性が現れた。
女性と同じく、顔や体に模様を描いたその人は、ライゼル殿下とは知り合いのようだ。
そして信じられないことだが、あそこにいるあの魔物は、彼の相棒であるらしい。まさかヤードと呼ばれた男性は、魔物と心を通わせているとでもいうのだろうか。




