第三十八夜:ここにいていいの?
自分の気持ちをよく考えるのは難しいですね。
正解がない分、たくさん考える必要があって大変です。
シンシアはぽつりぽつりと話し始める。
「外の世界も見てほしいと思っているから、私の屋敷よりも人が多くてリオがいるお城に居てほしいって言われたの」
「でも、私にとってあのお屋敷は今はいない乳母とメイドとの思い出が詰まっていたの。あの屋敷には、楽しい日々も辛い日々も全てがあって、離れるなんて考えたこともなかった」
「私、ずっと苦しかったの。屋敷で1人暮らす日々が。だけど、今までの日々が簡単に無くなってしまうって考えたら、私のあの苦しみはどうしたら良いのって思ってしまって……自分の気持ちがよく分からないの」
「あの時のことを考えると、頭の中がぐちゃぐちゃしてしまって胸がモヤモヤして。分かっているのは、リオにああ言われた事が嫌だった事だけ。……こんな事言われても困ってしまうわよね」
シンシアが話す様子は、自分の言葉を一生懸命伝えようとしていて、けれど当の本人も自分の正直な気持ちが分かっていないような、迷子のようだった。
「話してくれてありがとう……そうね、シンディちゃんのお話しだけ聞くと、確かに嫌な気持ちになってしまうと思うわ」
「うんうん、ココもそう思う!」
レイアは顎に手を当てて、慎重に言葉を選んでいるようだった。
それに対してココはぶんぶんと首を縦に振り、全力で同意していた。
「シンディちゃんはその子に、大切な思い出がある場所に対して"もっと良い場所がある"っていう風に言われたのが嫌だったのよね。誰でもそう思うわ、シンディちゃんは間違っていないもの」
シンシアに確認するように、おっとりと優しく話す。
「ええ。私は助けてなんて言っていないのに……」
シンシアは答えながらも目を伏せてしまう。
「そうよね、シンディちゃんにとっては大事な場所だもの。もしかしたら、シンディちゃんは勝手に決められてしまったことに嫌な気持ちになったんじゃないかしら?」
レイアは小さな子供に問いかけるように話してくる。
「……そうかも。もっと早くに相談してほしかったわ」
「さっき、シンディちゃんは"苦しかったのに、無くなってしまったら私はどうなるんだろう"って言ってたでしょう?……それはきっと、シンディちゃんが2人のことを大切に思っていて、苦しい時間さえ2人のことを感じられるからだと思うの。あくまで私の考えだから、シンディちゃんの本当の気持ちは分からないけれど」
もしも、森の屋敷から離れてソレイユ邸にお邪魔したとして。
きっと、楽しいんだと思う。
でも、いつか無くなってしまうのに。
その間に2人の事を考えなくなってしまったら、私が私として過ごしたあの日々が何もなくなってしまったら。
それがすごく怖い。
自分が自分じゃなくなってしまうんじゃないかって、元の生活に戻れなくなってしまったらって。
「レイアさんの言うことは当たってるかもしれないわね、2人のことを忘れてしまったらって怖くなったの」
自分の気持ちを探って、素直に認めるのは難しいことだ。
自分の弱い部分を見つめることになるから。
「シンディちゃん、大人びているのにこう言うところはまだまだ子供ね。ふふっ……まだ言い足りないことがあるなら、レイお姉ちゃんはいくらでも聞くわよ?」
シンシアがまだ消化できないモヤモヤがあったことに気づいているのか、レイアは穏やかに話しかけた。
「ソレイユ邸で、リオと従者の親そうな雰囲気とか、メイド達の息のあった仕事、温かい屋敷を見て、胸が苦しいの。……わたしの居場所はここには無いって思ってしまうの。だから、まだ帰りたくない」
そう、あの時の苦しみ。
リオとの会話での自分の気持ちが分かったとしても、あの時の苦しみはなくならない。
あの場所の全てがシンシアにとっては苦しかった。
今まではリオと自分だけだったが、ソレイユ邸へと世界が広がったことで、自分の存在がすごくちっぽけに感じてしまうようになった。
シンシアは、あの時の気持ちを思い出して胸に手を当て、顔を顰める。
「辛かったわね。……そうね、集団の中にいるはずなのに自分だけ断絶されているように感じてしまう疎外感は苦しいものだわ」
ソファから立ち上がり、レイアはシンシアの目の前に身を屈めて、シンシアの手を両手で包み込んだ。
レイアの手は暖かくて、シンシアの冷たい手のひらにその熱が伝わってくる。
「ひとりじゃないよ」と伝えてくれてるみたいで、シンシアの冷えた心が少しずつほぐれて行くのがわかる。
「シンディちゃん、大丈夫。大丈夫よ、その気持ちはきっと今だけ。シンディちゃんが初対面でココちゃん、レイお姉ちゃんって呼んでくれないみたいに、まだ距離感が掴めていないだけなの。いつか仲良くなったら、その気持ちはきっと無くなるから、大丈夫よ。……それに、辛かったらいつでも私たちのところにいらっしゃい!」
俯いてしまったシンシアの目の前に、レイアの手が現れたかと思ったら、今度はレイアが目の前にいる。
レイアはシンシアと目を合わせると、言い聞かせるように、大丈夫と慰めてくれる。
シンシアがクロエとレイアを愛称で呼べないのと同じ。
——辛かったらいつでも来ていい。
瞳が潤んでレイアの顔がぼやける。
「そうだよ!シンディ、きれーだからきっとすぐ馴染んじゃう!大丈夫!みんな仲良くなりたいと思ってるよ!!!辛くても、辛くなくてもココに会いに来て!ココ、シンディのこと待ってる!」
スタスタとココもシンシアのそばに歩み寄り、ぼやけた視線の先に、ココとレイアの優しい顔がある。
ここに居ていいんだ。
わたしのこと、待っててくれるの。
さっきまで苦しくて仕方なかったのに、今はやっと息ができるようになったみたいだ。
ぽたり。
涙が堰を切ったように溢れてくる。
「……わたし、ここにいてっ……いいの?」
涙を流しながら呼吸がむせて、うまく話せない。
今度は顔がぐちゃぐちゃだ。
さっきまでソレイユ邸での疎外感を感じていたせいで、ココとレイアの言葉はシンシアの心に深く刺さる。
「もちろん」
「うん!ココ、シンディと一緒にいたいっ!」
レイアは慈愛に満ちた笑みを。
ココはシンシアの涙を見て、自分も泣いてしまい、泣き笑いを。
レイアは泣いてしまった幼い二人を両手で優しく抱きしめた。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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