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第35話:ダミアンの熱弁と、森の隠れ家カフェ本格化

有給休暇という名の完全なる自由を手に入れてから、早くも数日が経過していた。


木々の梢を渡る初夏の風は日ごとに心地よさを増し、森のあちこちで青く光る星型の野花たちが、朝露を浴びて宝石のようにきらめいている。


月曜日にレオンハルトを見送って以来、栞はこの異世界の山小屋で、生まれて初めて「時間に追われない暮らし」というものを満喫していた。


目覚まし時計に叩き起こされることなく、小鳥のさえずりで自然と目を覚ます。


裏手の清流水を汲んで丁寧に湯を沸かし、手挽きミルで豆をゴリゴリと挽いては、テラスの丸太ベンチで深いコクの珈琲を味わう。


昼間はポムに案内してもらいながら、小屋の周囲に自生する薬草や野草を観察し、傷んだ枝葉を剪定して軒下に吊るす。


夕方になれば、薪ストーブの柔らかな熱気に包まれながら、祖父の遺した文庫本をのんびりと読み耽る――。


十年間、無機質なオフィスの蛍光灯の下で、鳴り止まない電話と理不尽な書類の山に忙殺されていた日々が、まるで遠い前世の悪夢だったかのように思えるほど、栞の心と身体は驚くべき速度で健やかな潤いを取り戻していた。


「ピィ、ピピィ〜ッ!」


テラスの欅(けやき)の一枚板のテーブルの上で、ポムが嬉しそうに羽をパタパタと震わせながら、小さな陶器の小皿に乗った蜂蜜の雫を舐めとっていた。


栞が持参した百花蜜の自然な甘みにすっかり骨抜きにされた小さな案内人は、今や山小屋の立派な居候兼マスコットとして、栞の肩や膝の上を我が物顔で飛び回っている。


「ふふ、ポムったら本当に甘いものが好きね。でも一度にたくさん食べちゃお腹を壊すわよ」


栞が優しく声をかけると、ポムは琥珀色の瞳をくるりと輝かせ、「わかってるよ!」とばかりに小さな胸をポンと叩いて見せた。


穏やかな、平日の午前十一時。


日差しは暖かく、テラスの蜜蝋ワックスの床板は黄金色の光を反射してしっとりと艶めいている。


そろそろお昼ご飯の準備でも始めようかと、栞が立ち上がろうとした――その時だった。


――ザッ、ザッ、ザッ、ドタドタドタッ!


静寂に包まれていた森の小道の奥から、何とも騒々しく、慌ただしい足音が響いてきた。


それも、ひとつではない。


軽快に土を蹴る靴音と、どこか足取りの覚束ない重たい足音が混ざり合い、生い茂るシダの葉をバサバサと乱暴になぎ倒しながら近づいてくる。


「……え?」


栞が眉をひそめて木立の向こうへと視線を凝らした瞬間――森の静寂を木霊(こだま)させるような、聞き覚えのありすぎる大音声が炸裂した。


「シオリさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッ!!!」


バサァッと藪をかき分けて飛び出してきたのは、燃えるような鮮やかな赤毛を振り乱した青年――アクスベル王国辺境警備隊の副官、ダミアンだった。


身軽な黒革の軽装鎧を身にまとい、鳶色(とびいろ)の瞳を血走らせ、両手を大きくブンブンと振り回しながら、脱兎の勢いでテラスの階段を駆け上がってくる。


「シオリさん! あ、会いたかったっすよぉぉぉ!!」


「キャッ!?」


ポムが短い悲鳴を上げて飛び上がり、栞の首元のパーカーのフードの中へと一目散に身を隠した。


ダミアンは階段を一段飛ばしで駆け上がり、ウッドデッキの上へと勢いよく着地すると、膝に手をついて肩で激しく息を切らせた。


「はぁっ……はぁっ……! た、辿り着いた……! 隊長に気付かれないように砦を抜け出してくるの、死ぬほど骨が折れましたよ……!」


「ダ、ダミアンさん!? 一体どうしたんですか、そんなに息を切らして……」


突然の闖入者に目を丸くする栞に対し、ダミアンはガバッと顔を跳ね上げた。


その表情には、猛烈な憤りと、それ以上に切実な飢餓感がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


「どうしたんですかも何もありませんよ! 隊長ですよ、隊長!! あの人、月曜日の非番の日に、一人でこっそりここへ来てたでしょう!?」


「えっ……あ、はい。巡回のお昼休みに、少しだけ寄ってくださいましたけど……」


「やっぱりぃぃぃぃぃッッ!!」


ダミアンは頭を抱えてテラスの天井を仰ぎ、絶叫した。


「ずるい! ずるすぎるっすよあの人!! 月曜の夕方に砦へ戻ってきた隊長、見たこともないくらい肌艶がツヤツヤで、しかもどことなく機嫌が良さそうに口元を緩めてたんすよ! 『何か良いことでもあったんですか?』って聞いても、『……別に、何もない』とか言ってフイッと顔を背けるし! 絶対ここで美味いもん食わせてもらったに決まってるじゃないですか!!」


「あ、あはは……」


栞は苦笑いを浮かべるしかなかった。


確かにあの日のレオンハルトは、具だくさんのホットサンドを綺麗に平らげ、淹れたての珈琲を味わって、耳をほんのり赤く染めながら穏やかな足取りで帰路についていたのだ。部下の鋭い観察眼をごまかし切れるはずもなかった。


「隊長ばっかり平日から抜け駆けして天国を味わうなんて、副官として絶対に許せません! ――というわけで!」


ダミアンはビシッと親指を背後――テラスの階段の下へと向けた。


「連れてきちゃいました!!」


「……え?」


栞が階段の下へ視線をやると、木立の陰から、おずおずと二人の人影が姿を現した。


そこに立っていたのは、ダミアンと同じ黒革の警備隊制服を着た、二十歳前後の若い兵士たちだった。


一人は、少し癖のある柔らかい茶髪に、丸い瞳をした華奢な青年。右腕から手首にかけて何重にも白い包帯が巻かれ、首から三角巾で頑丈に吊られている。


もう一人は、大柄で骨太な体躯をした、素朴な坊主頭の青年。左足を引きずるようにしており、太ももから膝にかけて木製の副木(ふくぼく)がしっかりと革紐で固定されていた。


二人とも、過酷な任務で負傷したばかりなのだろう。


その顔色は痛々しいほどに青白く、頬はげっそりと削げ落ち、目の下には濃い隈が張り付いている。


突然見知らぬ森のログハウスへ連れてこられ、美しいテラスとエプロン姿の栞を前にして、完全に恐縮しきった様子で立ち尽くしていた。


「あ、あの……ダミアン副官……。ここ、本当に立ち入っても大丈夫なんすか……? 民間人の、それも女性の住居なんじゃ……」


茶髪の青年が、消え入りそうな声でダミアンの背中を引く。


大柄な青年も、引きずる足を庇いながら、深々と頭を下げた。


「す、すみません……! 俺たち、副官に『美味い飯を食わせてやるから黙ってついてこい』って言われて連れてこられただけで……決して怪しい者じゃありません……!」


「二人とも、固くならなくていいって! シオリさんはな、この世に舞い降りた慈愛の女神様なんだから!」


ダミアンは豪快に笑いながら二人の背中を小突くと、改めて栞に向き直り、居住まいを正した。


「シオリさん。こいつらは俺の小隊の若手兵士で、茶髪の方がリュカ、デカい方がマークです。先週の峡谷での魔獣掃討任務で、前衛部隊として身体を張って負傷した連中でして……今は砦の医務室で、傷のリハビリ療養中なんですよ」


「療養中……」


栞の眉が、痛ましげに寄った。


二十歳そこそこの若い青年たちが、命がけで凶暴な魔獣と戦い、深い傷を負って痛みに耐えている。その事実だけでも胸が締め付けられるようだったが、ダミアンの口から語られた現状は、さらに過酷なものだった。


「そうなんです。でね、シオリさん……聞いてくださいよ」


ダミアンの顔から冗談めかした色が消え、ギリッと奥歯を噛み締めるような悔しさが滲み出た。


「砦の医務室の食事、本当に酷いんすよ。怪我人のための特別食なんてものは存在しなくて、出されるのは相変わらず石炭みたいに硬い乾パンの残飯と、塩をぶち込んだだけの具のない濁った塩水スープだけ。噛む力すら残ってない怪我人に、あんなものを食えって言うんです。栄養なんて摂れるはずもないから、傷の塞がりは遅くなるし、熱は下がらないし、日に日に衰弱していくばかりで……」


「そんな……。怪我をしている時こそ、消化が良くて栄養のある温かいものを食べなきゃいけないのに……」


思わず栞の声が震えた。


現代の病院であれば、術後や療養中の患者には、消化に優しいおかゆや、高タンパクでビタミン豊富な流動食、滋養強壮のスープが当たり前のように提供される。


それなのに、この世界の辺境警備隊では、命を削って国を守った若者たちにすら、犬も食わないような粗悪な塩水と乾パンしか与えられないというのか。


リュカとマークの二人は、栞の言葉を聞いて驚いたように目を丸くし、それから自嘲気味に俯いた。


「……仕方ないっすよ。俺たちみたいな末端の平兵士に、上等な飯が回ってくるはずなんてないですから」


「乾パンを水に浸して、ふやかして流し込むだけでも……腹は膨れますし……」


弱々しく笑う二人の姿。


その胃の腑から、ギュルル……と情けない空腹の虫の音が、遠慮がちに漏れ聞こえてきた。


二人は顔を真っ赤にして慌てて腹を押さえたが、その瞳は、テラスの奥のキッチンから漂ってくる、わずかなバターと焼き菓子の甘い残り香に、抗いようもなく吸い寄せられていた。


――飢えている。


ただ腹が減っているだけではない。


生きるための力、傷を癒やすための本物の温もりと栄養に、魂の底から飢え渇いているのだ。


栞の胸の奥底で、料理人としての、そして過酷な環境の理不尽さを知る大人の女性としての熱い血が、静かに、けれど激しく沸き上がった。


――食べさせてあげたい。


この子たちに、お腹いっぱいの、温かくて柔らかくて、傷ついた細胞のひとつひとつを生き返らせるような、極上の手料理を食べさせてあげたい。


今すぐにでもキッチンへ駆け込み、鍋に火をかけたい衝動に駆られる。


――けれど。


栞はグッと踏み出しかけた足を止め、心の中で深く息を吸い込んだ。


冷静にならなければならない。


ただ同情し、可哀想だからと無償で食事を振る舞ってしまえば、それは単なる『施し』になってしまう。


彼らは、命をかけて国を守る誇り高き王国の騎士なのだ。


いくら飢えているからといって、見知らぬ異国の女性から無償の施しを受け続ければ、彼らの自尊心は傷つき、惨めな思いを抱かせることになりかねない。あるいは逆に、甘えと依存を生み、この山小屋がただの都合のいい無料食堂に成り下がってしまう危険すらある。


対等な関係でなければならない。


彼らが胸を張り、堂々と笑顔で栞の料理を口にできるようにするための、正当な理由。


――そうだ。


エントランスの木に掲げた、あの山桜の手彫り看板の文字が脳裏に浮かんだ。


『週末の隠れ家 森のカフェ』


ここは、カフェなのだ。


店であるならば、客と店主の間には正当な取引が存在しなければならない。


けれど、彼らのような若い平兵士が、レオンハルトのように高価な魔石を持っているはずもないし、現金を受け取るのもどこか違う。


栞の唇に、ふっと優しく、知的な微笑みが浮かんだ。


「ダミアンさん。リュカさん、マークさん」


栞は澄んだ声で、三人の目を真っ直ぐに見つめた。


「お昼ご飯、喜んで作らせていただきます。怪我の回復に一番効く、とびきり美味しくて栄養満点の料理をご用意しますね」


「ほ、本当っすか……!?」


リュカとマークの瞳が、まるで暗闇に灯火を見出したかのようにパァッと輝く。


「ただし」


栞は人差し指をスッと立てて、悪戯っぽくウインクしてみせた。


「ここは『森の隠れ家カフェ』です。タダ飯というわけにはいきません。……それに、私はお金はいりません」


「えっ……? お金がいらないって……じゃあ、どうやって払えばいいんすか……?」


マークが困惑したように太い眉を八の字に曲げる。


栞はテラスの欅のテーブルをポンポンと軽く叩いた。


「『物々交換』です」


「ぶ、物々交換……?」


「はい。この森で採れた珍しい木の実や果物、香草、あるいは皆さんが持っている素材や、得意な技術で作ったもの……何でも構いません。私が『素敵だな』と思えるものと、温かいお昼ご飯を交換しましょう。それが、このカフェの正式なルールです」


物々交換。


その言葉を聞いた瞬間、若い兵士たちの顔から困惑の色が消え去り、代わりに「それなら俺たちにもできる!」という、確かな誇りと希望の光が宿った。


施しを受ける惨めさなど、どこにもない。


自分たちの手で集め、作り出した価値あるものと引き換えに、極上の料理を堂々と買い取るのだ。


「よっしゃあぁぁぁ! 言った通りだろ、お前ら!」


ダミアンが得意げに胸を張り、二人の背中をバンバンと叩いた。


「シオリさんはちゃんと俺たちの誇りを分かってくださってるんだ! ほら、朝から必死こいて集めてきたアレ、早くお見せしろよ!」


「は、はいっ!」


リュカとマークは顔を見合わせると、背負っていた麻袋と革の背嚢(はいのう)を、テラスのテーブルの上へとおずおずと下ろした。


まず、腕を怪我しているリュカが、左手を使って慎重に革袋の口を解いた。


「あ、あの……シオリさん。俺、怪我する前に森の北嶺の岩場で見つけて、ずっと大事に集めてたものがあるんです」


袋の中からゴロゴロと転がり出てきたのは、大人の親指の先ほどもある、丸々とした木の実の山だった。


「これ……クルミですか?」


「はい! 『鬼殻胡桃(オニガラグルミ)』っていう、森の最深部の厳しい寒風に晒される大木にしか実らない野生のクルミです! 殻が鉄みたいに硬くて割るのが大変なんですけど……中身の実は驚くほど油分が多くて、香ばしくて、王都の貴族が菓子作りに高値で買い取るくらいの極上品なんです!」


栞は一粒を手のひらに載せてみた。


ずっしりとした重み。表面には複雑な深い溝が刻まれ、鼻を近づけると、深くローストされたナッツのような野性味あふれる芳香がツンと香る。


「すごい……! こんなに大粒で身の詰まったクルミ、見たことないわ。パンやお菓子に練り込んだら、絶対に最高に美味しくなる……!」


栞が心から目を輝かせると、リュカの青白かった頬がパッと赤らみ、嬉しそうにはにかんだ。


「喜んでもらえてよかった……! これ、全部差し上げます!」


「続いて俺のです!」


大柄なマークが、負けじと頑丈な陶器の壺を両手で恭しく差し出した。


重厚な素焼きの壺。木栓をキュポンと引き抜いた瞬間――。


――フワァッ……!


テラス一面に、息を呑むほど濃厚で、百花繚乱の花々の香気が爆発するように広がった。


「わぁ……っ! お花の良い匂い……!」


「森の南側の百花渓谷に棲む『霊蜂(れいほう)』が作った、混じり気なしの生ハチミツです! 薬効がすごく高くて、砦の医務室でも貴重な傷薬の原料として扱われてるんですけど……俺の実家が代々養蜂をやってて、森で見つけた巣から特別に分けてもらった極上品なんです!」


壺の中を覗き込むと、そこには琥珀色に透き通った、まるで黄金の雫のようなトロトロの蜜がなみなみと満ちていた。表面からは、森の精霊の息吹をそのまま凝縮したような、神秘的な光彩が微かに揺らめいている。


「こんなに貴重なものを……! パンケーキにも、お肉の煮込みの隠し味にも、ハーブティーにも何にでも使えるわ!」


「まだまだありますよ、シオリさん!」


ダミアンが満面の笑みで、麻袋の底から平たい包みを取り出した。


油紙を解くと、中から現れたのは――見事な木工の工芸品だった。


森の硬質な広葉樹を丹念に削り出し、表面を滑らかに磨き上げた、素朴で温かみのある木製の食器たち。


スープや煮込みを盛り付けるのにぴったりな、深さのある木製ボウルが三つ。


そして、メインディッシュやパンを乗せるのに最適な、厚みのある大判の木製平皿が三枚。


「砦の木工班の連中を脅し……いや、お願いして、非番の合間に作らせた特製の木皿っす! 耐水性のある木の油を何度も擦り込んであるから、熱いスープを入れても割れないし、使えば使うほど味が出る逸品ですよ!」


栞は両手でその木皿を持ち上げた。


すべすべとした、赤ちゃんの肌のような滑らかな木肌。手になじむ適度な重みと、自然な木の温もり。


「……素晴らしいわ」


栞の瞳が、感動で潤んだ。


どれひとつとして、適当に繕ったような妥協の品はなかった。


彼らが過酷な環境の中で、手に入る限りの最高の恵みと、知恵と、技術をかき集めて持ってきてくれた、正真正銘の宝物たち。


自分を喜ばせようと、そして美味しい料理を胸を張って味わおうと、誠心誠意持ち寄ってくれた想いの結晶。


「皆さん、本当にありがとうございます。こんなに素晴らしいお宝をいただけるなんて……『森の隠れ家カフェ』始まって以来の、大商談成立ですね!」


栞が満面の笑顔で告げると、リュカもマークも、そしてダミアンも、まるで少年のように顔を輝かせて「やったぁぁぁ!」と歓声を上げた。


フードの中からそっと顔を覗かせたポムも、安全だと確信したのか、ふわりと栞の肩へ飛び乗り、「ピピィッ!」と祝福するように羽を打ち鳴らした。


テラスに響き渡る、屈託のない笑い声。


張り詰めていた彼らの表情は完全にほぐれ、青白かった頬には、温かな期待の紅潮が差していた。


――さあ、私の番だ。


これだけの誠意を見せてくれたのだ。


料理人として、彼らの期待を遥かに超える極上のご馳走で応えなければ、名が廃る。


傷ついた身体を癒やし、失われた体力を急速に回復させるための、高タンパクで消化に優しい滋養強壮のメニュー。


サクサクのパイ生地に、異世界の新鮮なきのことベーコン、そして濃厚なチーズをたっぷりと閉じ込めた、焼き立て熱々の……あの料理。


栞は胸元でリネンエプロンの紐をキュッと力強く締め直すと、腕まくりをして、三人の空腹の戦士たちに向かって誇らしげに微笑みかけた。


「皆さん、テラスの席で少しだけ待っていてくださいね」


新緑の風が、栞の黒髪をふわりと揺らした。


「今日は……皆さんの傷が一日でも早く治るように、腕によりをかけたとっておきのランチを作りますから!」


歓喜に湧くテラスを背に、栞は軽やかな足取りで、甘い香りの漂うキッチンへと向かった。

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