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眠ると異世界の王子になる底辺ダンジョン配信者、現実でも最強になっていた~もふもふウサギのフクと二重生活~  作者: 水源


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探索者協会からの申し出

戦闘が終わり、少し落ち着いたところで、俺は剣を納めながら探索者たちに声をかけた。


「皆さん、怪我はありませんか?」


 返事を待ちながら、俺は改めて周囲を見回した。


 通路には、先ほどまでの戦闘の痕跡が残っている。壁や床にはゴブリンの攻撃でできた傷があり、焦げた臭いもまだ漂っていた。ファイアウォールで焼かれた通路の一角からは、薄く煙が立ち上っている。


 盾役の大地は左腕を深く痛めているようだった。盾を構えていた腕は力が入らないらしく、もう片方の手で支えている。ユイの前腕には浅い切り傷があり、小春も擦り傷を負っていた。魔法使いの牧野には、目立った怪我はなさそうだ。


「大丈夫です。助かりました……本当に」


 ユイが深く息を吐き、こちらへ向き直った。


 戦闘中は緊張していたのだろう。今になって、彼女の表情にも疲労が浮かんでいる。


「私は七瀬ユイです。こちらは一緒に探索している仲間です」


 そう言って、仲間たちを順番に紹介してくれた。


 盾役の男性が大地、魔法使いが牧野、支援役の女性が小春。四人でパーティを組んで探索しているらしい。


「俺は、探索者としては『レオン』と名乗っています。よろしくお願いします」

「レオンさんですね。本当にありがとうございます」


 ユイはもう一度、頭を下げた。


「いえ、皆さんが無事でよかったです」


 実際、もう少し到着が遅れていたら危なかったかもしれない。ゴブリンの数も多かったし、盾役の大地が倒れていたら、パーティ全体が崩れていた可能性もある。


「それにしても、あの魔法は……」


 牧野が、炎の消えた通路を見つめていた。


「ファイアウォールですよね? 僕たちも使いますけど、あんなに広い範囲を、狙った位置へ正確に展開するなんて、普通はかなり難しいですよ。ファイアボールも、威力だけじゃなくて、爆発させる位置まで狙っていましたよね」


 どうやら、かなり気になっているらしい。


 異世界では、魔法の制御は基礎の一つだった。必要な場所に、必要な分だけ魔力を使う。広範囲に展開する場合でも、味方がいる場所まで巻き込まないように調整する。それは魔法を使う者なら、当然身につけるべき技術だった。


 ただ、こちらの世界では、まだそこまで研究が進んでいないのかもしれない。


「魔力を使いすぎないように、必要な場所だけに作用させるんです。師匠から教わりました」

「そんな教え方をする人がいるんですね……」


 牧野は感心したようにうなずいた。


「僕たちの場合、どうしても威力を出すことを優先してしまうんです。魔力を多く込めれば威力も上がりますから。でも、あれだけ細かく調整できれば、無駄な消費も減らせそうですね」


「その分、練習は必要ですけどね」


 魔法の威力を上げるだけなら、魔力を増やせばいい。しかし、狙った場所に正確に作用させるには、魔力の流れを理解し、細かく制御する必要がある。


 師匠には何度も失敗を指摘されたものだ。


 もっとも、今それを説明しても、簡単には伝わらないだろう。


 ふと、ユイのそばに小さなカメラが浮かんでいることに気づいた。


「配信中でしたか?」

「あっ、はい。助けてもらったところも、映っています」


 ユイは少し申し訳なさそうにカメラを見た。


「お名前は『レオン』だけにして、本名は出さないようにしますね。映像も、名前が分かる部分には気をつけます」

「助かります」


 探索者の配信は、活動を知ってもらうためにも便利なものだが、個人情報まで公開されるのは困る。


 そのあたりをきちんと考えてくれるのはありがたい。


 俺も自分のドローンに目を向けた。


 スマートフォンの画面には、先ほどまでとは違うコメントが流れている。


『おい、今の魔法なんだよ……』

『ファイアウォールの範囲おかしくない?』

『あのゴブリンの数を一人で止めたぞ』

『本当にあの底辺配信者なのか?』

『何があったんだよw』

『師匠って誰だよ』


 どうやら、視聴者も相当に驚いているらしい。


 そもそも、俺の配信はそれほど大勢に見られているわけではない。普段はコメントも少なく、薬草や探索の話をしながら、のんびり歩いているだけだ。


 それが突然、大量のゴブリンを相手に魔法を連発したのだから、驚くのも無理はない。


「まあ、俺にもいろいろあったんだよ」


 苦笑して、配信を終了した。


 ユイも、「ここから先は映さないでおきますね」と言って、カメラを止めた。


     ◇


 討伐したゴブリンの魔石と素材を回収することにした。


 数が多かったため、普通ならそれなりに時間のかかる作業だろう。だが、収納を使える俺には、それほど苦労する作業ではない。


 魔石を取り出し、必要な素材を選別して収納していく。


「収納魔法も使えるんですね」


 牧野が感心したように言った。


「ええ。荷物を持ち歩かなくて済むので便利ですよ」

「それは羨ましいなあ。僕たちは荷物を分担して持っているんです。特に回復薬や予備の装備が増えると、結構な負担になりますから」


 探索者にとって、荷物の問題は切実らしい。


 こちらでは収納魔法がどの程度普及しているのか、少し気になった。


 回収を終えて、改めて負傷を確かめる。


 大地の左腕は、筋を痛めているのか、動かすのもつらそうだ。ユイと小春の傷は浅いが、このまま放置するのもよくない。


「回復薬は、もう残っていないんですよね?」

「はい。途中で使い切ってしまいました」


 小春が申し訳なさそうに答えた。


「それなら、これを使ってください」


 俺はポーチから取り出すふりをして、インベントリからヒールリーフを三枚出した。


 鮮やかな緑色の葉は、表面に薄い光沢があり、葉脈にも淡い輝きが見える。こちらの世界で見かける薬草とは、見た目からして少し違う。


「ヒールリーフ……ですか?」

「ええ。俺が持っていたものです。傷口に当てれば効果があります」


 小春は、戸惑いながらも葉を受け取った。


「使ってもいいんですか?」

「もちろんです。今は怪我を治すことを優先してください」


 小春は礼を言って、大地の腕にそっと葉を当てた。


 すると、葉が淡い光を放った。


 柔らかな光が広がり、傷口を包み込む。流れていた血が止まり、腫れていた部分の痛みも少しずつ和らいでいった。


「……え?」


 大地が目を丸くした。


 完全に元どおりになったわけではない。筋を痛めた深い傷だ。それでも、さっきまで動かすのもつらそうだった腕が、ゆっくりなら動かせるようになっていた。


「痛みが、かなり引いた……」


 大地は驚きながら、慎重に左腕を動かしている。


 続いて、ユイと小春の傷にも葉を使った。


 二人の浅い傷は、それぞれ葉を当てると、跡形もなく消えた。


「すごい……」

「ヒールリーフ自体は知っていますけど、こんなに効果が高いものは初めて見ました」


 小春が、使い終わった葉を見つめて言った。


「普通のヒールリーフでも、軽い傷なら治せます。でも、ここまでの回復効果があるものは珍しいです。協会で扱っている高品質の回復薬に、近いんじゃないでしょうか」


「そんなに違うんですか?」


 俺が尋ねると、小春はうなずいた。


「はい。回復薬は品質によって効果が違いますし、素材の状態でも変わります。特にヒールリーフは、採取してから時間が経つと効果が落ちやすいんです。これだけ新鮮で、しかも回復効果が高いものは、なかなか手に入りません」


 手元に残ったのは、あと二枚だ。


 ヘルガは、これを特別なものだとは言っていなかった。異世界の土壌や魔力の濃さが、薬草の効果にも影響しているのかもしれない。


 向こうでは普通に使われているものでも、こちらでは貴重な素材になる。そんなこともあるのだろう。


「そうなんですね……」


 曖昧に答えながら、胸の奥が冷えた。


 思っていた以上に価値のあるものを、持ち帰ってしまったらしい。


     ◇


 その後、ユイたちは少し休憩を取ってから、探索者協会へ戻ることにした。


 怪我の具合も落ち着き、戦闘直後の緊張も解けてきたようだ。大地はまだ左腕を気にしていたが、歩くことには問題がないらしい。


 帰る方向が同じだったので、俺も一緒に行くことになった。


「レオンさんは、いつもこのダンジョンに来ているんですか?」


 道中、ユイが尋ねてきた。


「まだ探索を始めたばかりです。休日に少しずつ潜っているくらいですね」

「そうなんですか? 剣の動きは、かなり慣れているように見えましたけど」

「剣術は、少し習っていたので」


 嘘ではない。ただ、習った場所を話せないだけだ。


「魔法も剣も使えるなんて、すごいですね」


 小春が感心したように言った。


「いえ、まだまだですよ」


 こちらの世界の探索者としては、俺はまだ新人に近い。少なくとも、表向きにはそういうことになっている。


「実は、今日の配信、かなり大変なことになっていると思います」


 ユイが少し言いにくそうに言った。


「戦闘中ずっと配信していたので、レオンさんのことを気にしている人が、たくさんいると思います。後日、動画を編集して投稿する予定ですが、問題ありませんか?」


「探索者名だけなら、大丈夫です」

「ありがとうございます。映像についても、公開前に確認しますね」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」

「いえ。助けてもらった方に迷惑をかけるわけにはいきませんから」


 ユイは真面目な表情で答えた。


「それに、今回のことは、私たちにとっても大きな出来事です。ちゃんとお礼をさせてください」

「いえ、無事でよかったです」


 それから、しばらくは今日の探索について話をした。


 どうやら、ユイたちは予定していた探索ルートから少し外れた場所で、ゴブリンの集団に遭遇したらしい。最初は数匹だったものが、奥から次々と現れ、気づけば退路を塞がれていたという。


「普段なら、あんな数が一度に出てくることはないんです」

「巣ができていた可能性がありますね」

「そうだと思います。協会にも、きちんと報告しておきます」


 今回のような事態が、ほかの探索者にも起こる可能性はある。巣が残っているなら、早めに対処してもらった方がいいだろう。


     ◇


 探索者協会に到着すると、ユイたちは受付で報告を始めた。


 予想以上のゴブリンが出現したこと、巣になっている小部屋があること、討伐した数。負傷者が出たことや、俺が途中から救援に入ったことも説明している。


 俺も必要な報告を済ませた。


 討伐した魔物の数や、回収した魔石と素材について確認を受ける。受付の職員は、報告書を見ながら何度か驚いたような表情を浮かべていた。


 今回のゴブリンの数は、通常の探索で遭遇する規模を大きく超えていたらしい。


 報告を終えたユイが、こちらへやってきた。


「レオンさん。今日は本当にありがとうございました。またお会いしたときに、お話しさせてください」

「もちろんです」


 笑顔で手を振って、彼女は仲間と帰っていった。


 俺も帰ろうとしたとき、受付の奥から、年配の男性職員が早足で近づいてきた。


「失礼。レオンさん、でしたね。協会職員の柏木と申します」

「はい」

「先ほど、七瀬さんのパーティの方から、お話を伺いました。あのヒールリーフを、協会で買い取らせていただけませんか」


 思わず、足が止まった。


「ヒールリーフですか?」

「ええ。七瀬さんたちの怪我を治療したものです。あれほどの効果がある素材は、協会としてもぜひ確保したいと考えています」


 柏木は丁寧な口調で続けた。


「協会の回復薬は、慢性的に不足しているんです。探索者の増加に対して、供給が追いついていません。特に高品質の回復薬は、必要としている人が多い。あれだけ効果の高い素材なら、相場より高く、査定させていただきます」


「そうなんですか……」


 探索者が増えれば、怪我をする人も増える。回復薬が不足するのも、考えてみれば当然の話だった。


 俺が持っているヒールリーフが、その問題の解決に役立つのなら、それは悪い話ではない。


「……どれくらい、いただけるんですか」


 聞いてから、自分でも驚いた。金のことを真っ先に考えている自分に。


 柏木は具体的な金額を口にした。


 俺の月給の、数日分を超えていた。


 たった一枚の葉っぱで、その金額になるのか。


 こちらの世界では、回復効果の高い薬草がそれほど貴重なのだろう。協会がわざわざ職員を寄こして買い取りを申し出るくらいなのだから、需要も相当あるに違いない。


 一瞬、心が揺れた。


 生活費の足しになるし、探索者として活動するための資金にもなる。今後も安定して手に入るなら、収入源として考えることもできるだろう。


 けれど、あの葉は、ヘルガが分けてくれたものだ。


 向こうの人たちに、きちんと返せる形で使うと決めたはずだった。


 それに、残りはあと二枚しかない。


 ここで売ってしまえば、今後、自分や仲間が怪我をしたときに使えなくなる可能性もある。


「今は、手持ちがほとんどありません。次に手に入るかも、わからないんです」

「それでも構いません。安定供給が難しいなら、まずは手持ちの分だけでも」


 柏木は、すぐに引き下がろうとはしなかった。


「もちろん、無理にとは申しません。ただ、今後も入手できる見込みがあるようでしたら、ぜひ協会との取引を検討していただきたいのです。定期的な納入でなくても構いません。少量でも、こちらとしては助かります」


「……少し、考えさせてください」

「もちろんです。いつでもお待ちしています」


 柏木は名刺を差し出して、深々と頭を下げた。


 名刺を受け取りながら、ふと気づいた。


 ポケットの中で、スマートフォンが、さっきから震え続けている。


 一度や二度ではない。


 止まる気配が、まったくなかった。

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