底辺配信者、バズる
探索者協会を出て、そのまま帰宅した。
異世界の肉体と同期したおかげで、あれだけ動いたのに息一つ乱れていない。以前なら、ダンジョンから出て駅まで歩くだけでも疲労を感じていたはずだ。今は身体が軽く、足取りにも余裕がある。
ただし、頭の中は少しも落ち着いていなかった。
ポケットの中のスマートフォンは、帰り道の間もずっと震え続けていた。通知が来るたびに画面を確認する気にはなれず、ひとまず家に帰ってからまとめて見ることにしたのだ。
「ただいま、フク」
玄関を開けて部屋に入り、いつものようにケージを覗き込む。
フクはケージの中で丸くなっていたが、俺の声に反応して顔を上げた。鼻をひくひくさせ、こちらの様子を窺っている。
「今日はちょっと大変なことがあったんだぞ」
もちろん、ウサギに話したところで返事はない。
とりあえず小松菜を与えると、フクはすぐに葉をくわえ、もしゃもしゃと食べ始めた。その姿を確認してから、俺は椅子に腰を下ろす。
一息ついて、スマートフォンを開いた。
画面を見た瞬間、俺は危うく端末を床に落としそうになった。
「……は? なんだこれ」
配信アプリの通知欄が、見たこともない桁数で真っ赤に染まっている。
新規登録者のお知らせ。
動画へのコメント。
アーカイブへの評価。
そして、運営からの通知。
どれもこれも、普段の俺のチャンネルでは考えられない数だった。
チャンネル登録者数:120人 ⇒ **32,000人**
アーカイブの再生数:**20万回突破**(現在も急上昇中)
「三万二千……?」
思わず画面を二度見した。
見間違いではない。数字を読み間違えているわけでもない。
ハローワークの最低基準の給料でヒーヒー言っていた俺のチャンネルが、たった一回の配信で、文字どおり爆発していた。
これまでの配信は、同時視聴者が数人いれば上出来だった。コメントが一つも付かない日も珍しくない。登録者が一人増えただけで喜んでいた時期だってある。
それが、いきなり三万人を超えた。
「いや、何がどうなったらこうなるんだよ……」
嬉しいというより、現実感がなかった。
もちろん、登録者が増えるのはありがたい。配信者としては願ってもないことだ。けれど、あまりに急激すぎる。何かの間違いではないかと疑いたくなるほどだった。
原因を探るべく、大手ネット掲示板の「探索者配信板」を開く。
すると、俺の配信タイトルをもじったスレッドが、凄まじい勢いで消費されていた。
◇
**【ガチ】ハロワ基準の底辺配信者、初級ダンジョンで極大威力の初級魔法を放ち無双してしまうwwww**
**1:名無しの探索者**
今さっき習志野ゲートで起きたガチの事件。
いつもゴブリンに泣き言を言っていた底辺配信者『レオン』が、別人のような超絶イケメンになって現れる
↓
中堅配信者『ユイ』のパーティーがゴブリンの巣に囲まれて絶体絶命
↓
レオンが颯爽と登場、神速の剣技で背後の敵を瞬殺
↓
炎の壁で敵を分断し、人間の頭より大きな火球で群れの大半を一撃で吹き飛ばす
↓
魔術師「初級魔法なのに、なんて威力だ……!?」
レオン「初級魔法の威力を、極大まで引き上げただけだ」
**2:名無しの探索者**
いやいや嘘松乙。あの規模のファイアウォールを初級ダンジョンで使える奴が、底辺なわけねーだろ。
**3:名無しの探索者**
>>2
マジなんだよなw 切り抜きが上がってるから見てみろ。飛ぶぞ。
**4:名無しの探索者**
切り抜き見た。CGじゃないよな? 顔が良すぎる。芸能人か何かか?
あと指示出しがガチの軍師。ゴブリンが横に広がれない通路の地形を、完璧に使ってた。
**5:名無しの探索者**
>>4
先週までのアーカイブ見てみろ。マジでパッとしないおっさんが映ってるから。
声も話し方も同じなのに、何があったんだよw
**6:名無しの探索者**
「初級魔法の威力を、極大まで引き上げただけだ」
格好良すぎるだろ。今日から俺の座右の銘にするわ。
**7:名無しの探索者**
ところでレオンって何者? ハロワ基準って言ってたよな。
船橋の中小企業勤務って情報から、特定班まだか
**8:名無しの探索者**
>>7
そこまで分かってるなら、あとは時間の問題じゃね?
**9:名無しの探索者**
いや、待て。先週の配信と今日の配信で顔が違いすぎるんだが。
整形とかそういうレベルじゃないだろ。骨格から別人に見えるぞ。
**10:名無しの探索者**
剣も魔法も凄いけど、個人的には戦闘中の判断が一番おかしいと思った。
ユイたちが動ける場所を残して、ゴブリンの逃げ道だけ塞いでた。
あれ、即興でやってるんだよな?
**11:名無しの探索者**
>>10
しかも自分が目立つことより、パーティーを生き残らせることを優先してる。
あの状況であれだけ落ち着いて指示できるのは普通じゃない。
◇
スレッドを読み進めるうちに、俺は何度か画面をスクロールする手を止めた。
顔については、まあ、仕方がない。異世界の肉体と同期した結果なのだから、以前の俺と違って見えるのは当然だろう。
しかし、戦闘の判断まで評価されているとは思わなかった。
俺としては、あの場でできることを考えて動いただけだ。ユイたちが戦える場所を確保し、ゴブリンの数を減らして、味方に被害が出ないようにした。あの状況で派手な魔法を使ったのも、敵を一気に片付けるのが最善だと判断したからだ。
もっとも、結果だけ見れば派手な戦闘になったのは間違いない。
掲示板を閉じ、今度はSNSを確認してみる。
こちらも、トレンドに「#レオンさん」「#極大威力の初級魔法」「#ハロワ基準」が並んでいた。
『切り抜き流れてきたけどレオンさん凄すぎ。あの顔であの落ち着きと剣技は、絶対どこかの名家の出身でしょ』
『ファイアウォールの展開位置も絶妙だったよな。味方を巻き込まずに敵だけ分断するとか、相当な熟練者だろ』
『ゴブリン相手に逃げ回ってた配信者が、いきなりこんな化け物になることある?w』
『初級魔法を極大まで引き上げただけって、どういう理屈なんだろう。魔法の研究者に解説してほしい』
『以前の配信も見たけど、薬草の説明とかしてるんだな。戦闘特化じゃないのに、あの強さなのか?』
『ハロワ基準って言い方が妙に耳に残る。本人は真面目なんだろうけど、あの状況で言う台詞じゃないw』
「いや、まあ……俺も驚いてるよ」
思わず独り言が漏れる。
たった一度の配信で、ここまで話題になるとは思っていなかった。面白半分に騒いでいる人も多いのだろう。それでも、これまでとは明らかに違う反応だった。
特に、過去の配信まで見ている人がいるのには驚いた。
普段の配信は地味なものだ。薬草の採取や、簡単な探索の様子を流しているだけ。戦闘だって、ゴブリン一匹に苦戦しているような内容だった。
それを見たうえで、今日の配信を見直せば、別人のように感じるのも無理はない。
ただ、話題になっていることを喜んでばかりもいられなかった。
スレの七番に目が留まって、背筋がひやりとした。
船橋、中小企業、ハロワ基準。どれも、俺自身が配信で口にした言葉だ。
ユイは本名を出さないでくれると言ってくれたが、ネットの人たちは別だ。配信の内容や過去の発言を組み合わせれば、個人を特定しようとする人間が出てくるかもしれない。
もし職場や本名が割れたらどうなる?
先日の出社でさえ、あの騒ぎだったのだ。同僚の誰かが配信を見つければ、言い訳のしようがない。
そもそも、俺が配信していること自体、職場では積極的に話していない。趣味として説明することはできても、異世界の肉体と同期しているなんて話はできるはずがない。
休み明けの出社が、急に憂鬱になった。
「……迂闊だったな」
配信中は、目の前の状況に集中していた。ユイたちを助けることしか考えていなかったし、あの場で自分の素性を隠す余裕もなかった。
そもそも、ハローワーク基準という言葉を使ったのも、普段から自分の待遇をそう表現していたからだ。配信の中で何度も口にしている。今さら消すこともできない。
異世界で隠し事を重ねているのに、現実でも、隠さなければならないことが増えていく。
これでは、どちらの世界にいても気が休まらない。
とりあえず、今後の配信では勤務先や住んでいる場所につながる情報を出さないようにしよう。過去のアーカイブも確認した方がいいかもしれない。必要なら公開範囲を見直すことも考えなければならない。
そんなことを考えていると、スマートフォンがぶるりと震えた。
配信アプリを通じて届いた、ユイからのダイレクトメッセージだった。
『レオンさん、先ほどは本当にありがとうございました! 私たちのパーティーの命の恩人です。もしよろしければ、きちんとお礼とお話をさせていただきたいのですが、お時間いただくことは可能でしょうか……?』
丁寧で、どこか緊張しているような文面だった。
あのときの彼女たちの様子を思い出す。
ゴブリンの巣に囲まれ、逃げ道もなくなりかけていた。誰か一人でも判断を誤れば、全滅していてもおかしくない状況だった。
彼女たちの連携は悪くなかった。特にユイは、俺の指示をすぐに理解して、仲間に伝えていた。混乱している仲間を落ち着かせる余裕もあったし、戦況が変わったときも、状況を見て柔軟に動いていた。
あれだけの状況を経験したのだから、彼女たちも話したいことはあるだろう。
俺としても、同じ探索者として、情報交換できる相手としても、良い関係を築けそうだと思っていた。
ただ、今は少し頭を整理したい。
「返事は、明日起きてからでいいか……」
そう呟いて、メッセージを閉じた。
机の上には、協会の柏木からもらった名刺が置いてある。
探索者協会からの話も、考えなければならない。
ヒールリーフを売るか、売らないか。
これまでは、自分で使う分を確保しながら、少しずつ採取していただけだった。だが、協会を通じて買い取ってもらえるなら、安定した収入につながる可能性がある。
ハローワーク基準の薄給から抜け出せる道が、思ったよりずっと早く、目の前に開けたのかもしれない。
もっとも、登録者が増えたからといって、すぐに収入が増えるわけではない。広告収入がどの程度になるのかも分からないし、配信の収益化には条件もある。三万人という数字だけで、生活が変わると考えるのは早計だろう。
それに、ヒールリーフはヘルガが分けてくれたものでもある。
俺が勝手に採取して、勝手に売っていいものなのか。向こうの世界での価値や、領地で必要になる量も考えなければならない。
今までのように、自分の判断だけで進めるわけにはいかないだろう。
「……相談する相手が増えたな」
現実では柏木、異世界ではヘルガやエレノア。今日のユイもそうだ。
少し前まで、俺は一人で配信を続けていた。探索者としても、特別な実績があるわけではなかった。
それが、たった一日の出来事で、いろいろな人との関わりが生まれ始めている。
「フク、今日はすごい一日だったぞ」
小松菜を食べ終えたウサギは、何事もなかったように丸くなっている。
俺が声をかけても、特に反応はない。けれど、いつもどおりの姿を見ていると、肩の力が抜けた。
ネットの騒ぎも、協会の話も、ユイからの連絡も、今すぐ答えを出す必要はない。
まずは落ち着いて考えよう。
◇
その後、簡単に食事を済ませ、明日の予定を確認した。
スマートフォンには、まだ通知が届き続けている。気にならないと言えば嘘になるが、いつまでも画面を見ていても仕方がない。
必要な連絡だけ確認し、配信アプリを閉じた。
ベッドに横になり、天井を見上げる。
今日の戦闘を思い返す。
異世界での俺は、レオンハルトとして剣や魔法を使っている。現実の肉体と同期しているのなら、現実で身につけた能力や経験も、向こうに反映されるのだろうか。
今日のように現実で魔物を討伐するたびに、異世界の能力にも変化が反映されるのかもしれない。
逆に、異世界で経験したことが、現実の俺に影響を与える可能性もある。
これまでも、二つの世界の間には不思議なつながりがあった。だが、今日の戦闘を経験したことで、その仕組みについて、もう少し考えてみる必要が出てきた。
現実での配信活動も、これからどうするか決めなければならない。
登録者が増えたのは嬉しい。けれど、注目を集めすぎれば、今までどおりの生活を続けることが難しくなるかもしれない。
考えることが多すぎる。
「……考えるのは、向こうに行ってからにするか」
今は眠ることが先だ。
フクにおやすみと声をかけて、目を閉じた。
今日の出来事が、もう一つの世界にどんな影響を与えるのか。
それを確かめるのは、次に目を覚ましてからでいい。
次に目を開けたとき、そこはもう、領主館の天井のはずだった。




