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眠ると異世界の王子になる底辺ダンジョン配信者、現実でも最強になっていた~もふもふウサギのフクと二重生活~  作者: 水源


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3/6

領都の現状確認

 翌朝、庭へ出ると、草むらから緑色の小さな影が飛び出してきた。


「おはよう、フク」


 若葉ウサギのフクは、耳をぴくぴくさせながら足元まで来ると、俺の靴に鼻先を押しつけた。しゃがんで頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。


「昨夜は、特に問題ありませんでした」


 少し離れた木陰から、セシリアが報告してくれた。腕を組んだ姿勢は、昨日と変わらない。


「薬草園にも近づいていません。……ずいぶん、大人しい子です」


 ほんの少し、声が柔らかくなっていた。


「ありがとう、助かるよ」


 玄関では、エレノアが昨日渡したバインダーを抱えて待っていた。いつもどおり穏やかな表情だ。


「殿下。お伝えしておくべきことが一つございます」

「何でしょう」

「昨夜のうちに、王都の商会へ照会状を出しました。あの電卓と、ケーキと同じものを扱う店がないか、確かめるためです」


 淡々とした声だった。責める調子はない。ただ、逃げ場もなかった。


「返事が届くまで、数日かかります。……それまでに、仕入れ先のお話をいただければ、手間が省けるのですが」

「……考えておきます」


 笑顔を保ったまま、背中に汗が伝った。

 あの夜の手紙は、これだったのか。


     ◇


 今日は、街の東側の工房地区から見て回ることになっていた。

 通りには鍛冶屋や木工職人の店が並び、金属を叩く音が響いている。その一軒で、大柄な親方が、赤く焼けた鉄を打っていた。俺たちに気づくと、帽子を取ってぎこちなく頭を下げる。


「お仕事中に失礼します。今、いちばん困っていることはありますか?」

「へ、へえ……」


 親方は目を丸くして、帽子を握りしめた。


「強いて言えば、良い炭が手に入りにくいことで。南の森で焼いてもらってるんですが、炭焼きの年寄りが減っちまって。運ぶ道も悪くて、思うように届かねえんでさ」

「炭を焼く人と、運ぶ道、両方が足りないんですね」

「そうです。それと、若い弟子がなかなか居つかなくて」


 そのとき、ゲームの地図が頭に浮かんだ。南の森の中を、細い線が貫いていた。使われなくなった古い街道だ。補修すれば、運搬の距離がほぼ半分になる。


「南の森に、昔の荷車道が残っていませんか。今は藪に埋もれているような」

「へえ、ありますが……半分は木の根に潰れてるはずで」


 親方は驚いた顔をした。


「なんでご存じで」

「古い地図で見た覚えがあるんです。その道を直せば、炭が今より早く、安く届くかもしれません。弟子のことは、もう少し考えさせてください」

「と、とんでもねえ。殿下にそこまで考えていただけるなんて」


 俺が頭を下げると、親方は慌てて手を振った。

 隣で、セシリアが驚いたように目を見張っていた。

 偉そうに振る舞うつもりはない。ここで暮らす人たちが積み重ねてきたものを、まず知ることから始めたかった。


     ◇


 街の外れにある薬草畑には、年配の女性が一人で立っていた。


「薬師のヘルガと申します。殿下に、畑をご覧いただけるとは光栄です」


 ヘルガは、日に焼けた顔で深く一礼した。畑には、緑の葉が整然と並んでいる。


「ヒールリーフと、こちらがマナベリーです。どちらも、この土地の特産品になるはずなのですが」


 俺はしゃがんで、ヒールリーフの葉をそっと観察した。ゲームで、何度も育てた植物だ。


「根まで抜かずに、葉だけを摘んだほうが、長く採れますよね」

「まあ。よくご存じで」


 ヘルガが目を丸くする。


「殿下は、薬草にもお詳しいのですか?」

「本で読んだことがあるだけですよ」


 さらりと答えたとき、隣でペンを走らせていたエレノアの手が、止まった。


「どの本でしょう」


 穏やかな声だった。


「薬師の参考にもなりますので、題名を伺ってもよろしいですか? 王都の書庫に、写本があるかもしれません」

「……ええと、王城の書庫にあった古い本です。題名までは、思い出せなくて」


 まずい。写本どころか、そんな本は存在しない。

 返事に詰まった俺を見て、セシリアが一歩前に出た。


「殿下は、幼い頃から書庫に籠もっていらっしゃいましたから。王城の本なら、私も何冊か、題名も覚えないままお借りしたことがあります」

「……セシリア様が、そうおっしゃるなら」


 エレノアは、それ以上何も言わなかった。帳面に何かを書きつけてから、ちらりと俺を見た。


 隠し事を重ねるのは、気が重い。いつかは、話さなければならない日が来るのだろう。ただ、二つの世界を行き来しているなどと、今はとても言えなかった。


 薬草畑を出る前に、俺は小声でセシリアに言った。


「さっきは、助かった」

「何のことでしょう。本の題名を忘れるのは、よくあることです」


 セシリアは前を向いたまま、素っ気なく答えた。けれど、耳の先がほんのり赤くなっているのが見えた。


     ◇


 そのとき、足元で小さな音がした。


「フク?」


 庭から、いつの間にかついてきていたらしい。若葉ウサギのフクは、マナベリーの茂みの中へ、迷いなく潜り込んでいった。


「待って、その奥は棘が――」


 ヘルガが声を上げたが、フクは平気な顔で、茂みの一番奥から顔を出した。

 くわえていたのは、艶のある深い赤色に熟した実だった。ほかの実は、まだ青みが残っている。


「熟したものほど、魔力を多く含みます。ですが、その見分けは、薬師でも難しいのですよ」


 ヘルガは、信じられないという顔で、フクと実を交互に見た。


「若葉ウサギは、植物の状態がわかるのでしょうか」

「植物に親和性のある魔物だとは、聞いていましたが……ここまでとは」


 セシリアが、驚いたように言った。

 フクは、赤い実を前に、自慢げに耳を立てている。


「すごいな、フク」


 撫でてやると、フクは嬉しそうに目を細めた。

 ヘルガに頼んで、熟したマナベリーの実と、ヒールリーフの葉を、少しだけ分けてもらった。


「調べたいことがあるので、少しだけ」

「どうぞ、殿下。お役に立てるなら」


 受け取った薬草を、俺はこっそり、頭の中のインベントリへ収納した。


     ◇


 その夜、執務室でルーズリーフに今日の課題を書き出した。

 炭焼き人の高齢化。南の森の古道の補修。工房の弟子の定着。

 三つの項目を並べて、明日、エレノアに調査を頼もうと決める。彼女の疑いが深まる前に、成果で信頼を積んでおきたい。薬草のことは、もう少し調べてから、ヘルガと相談しよう。


 書き終えて、部屋の灯りを落とした。

 現代のフクに会える。そして、薬草を持ち帰ったら何が起きるのか。

 期待と不安を半分ずつ抱えながら、俺はベッドで目を閉じた。


     ◇


 目を開けると、見慣れた天井があった。

 窓の外は、休日の朝らしい静けさだ。足元では、白いウサギが丸くなっている。


「おはよう、フク」


 耳を動かして、ゆっくりと伸びをする姿に、胸の奥がほっとした。

 頭の中でインベントリを確認する。ヒールリーフも、マナベリーも、きちんと入っていた。


 取り出す前に、まず朝食の支度だ。フクにも、野菜をあげなければならない。

 台所で小松菜を洗い、まな板に置いた。

 包丁を握ったとき、足元のフクが前足を俺の脚にかけてきた。早くしろ、と言わんばかりだ。


「わかった、わかった。今――」


 見下ろした拍子に、手元が狂った。


「いっ……!」


 左手の人差し指から、赤い線がにじみ出る。深くはないが、血がぽたぽたと流しに落ちた。


「やってしまった……」


 絆創膏を探そうとして、ふと手を止めた。

 インベントリに、ヒールリーフが入っている。

 異世界の草を、自分の傷に当てる。冷静に考えれば、怖い。毒だったら。かぶれたら。

 けれど、ヘルガは、ヒールリーフを傷薬として日常的に使っていた。ゲームでも、何度も使った素材だ。

 それに、異世界での経験が自分の肉体に同期したのなら、この素材も、何かしら働くかもしれない。


「……一枚だけ、試してみるか」


 意識を向けると、手のひらに、淡い光とともに緑の葉が落ちてきた。

 摘んでから半日以上経っているはずなのに、朝露をまとったように瑞々しい。

 同時に、足元で現代のフクが、鼻をひくひくさせた。マナベリーのほうに。


「だめだ、お前には食べさせられない」


 念のため、魔力を含む実はすぐにインベントリへ戻した。現代のフクに与えていいかどうか、わからないものを、口に入れさせるわけにはいかない。

 フクは不満そうに鼻を鳴らして、足元で丸くなった。


 俺はヒールリーフの葉を、指の傷に、そっと当てた。

 じわり、と温かい。

 数十秒、じっとしていると、血が止まった。


 葉を外す。

 傷口は薄い線になり、それも見ているうちに薄れていった。

 やがて、指先には何も残らなかった。


「……本当に、治った」


 指先を、裏返したり、光にかざしたりして、何度も確かめた。痕すらない。

 ゲームの中でしか知らなかった効果が、現代の台所で、現実に起きた。

 役目を終えた葉は、いつの間にか、手の中で乾いて崩れかけていた。


 しばらく、立ち尽くしていた。

 これは、現代にはないものだ。扱いを間違えてはいけない。ヘルガたちにきちんと返せる形で使うこと。そして、誰かに知られたときのことも、考えておくこと。

 エレノアの穏やかな微笑みが、頭をよぎった。


 それでも。

 数日前の配信で、ゴブリンの爪に怯えて逃げ回った俺が、今は、傷を癒やす手段を持っている。

 今日は休日だ。


「……行ってみるか。ダンジョンに」


 小松菜を差し出すと、フクは満足そうにかじり始めた。耳が、こちらを向いたまま、小さく動いていた。

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