171話 誰かの声
――マグナの案内を受けて、俺とシーラはシルラカン西部のパビニアのダンジョンに入る。
ここはマグナたち『千夜一夜』によって踏破されたダンジョンだ。踏破されたダンジョンは新たに魔物を生み出さなくなる。そして、原則その国の管理下に入り、立ち入りが大きく制限される。
だが、俺たちを案内してくれたのは国の英雄たるS級冒険者のマグナさん。当然二つ返事で俺とシーラのダンジョン入場は許可された。
マグナは入口で留守番だ。掘削しながら命からがら脱出したダンジョン。入ること自体は可能であろうが、ほとんど自由に身動きすら取れない空間に入りたいとは思わないだろう。入口で警備の騎士たちと共に、二頭の竜馬の面倒を見てくれるらしい。
「マグナ。リュージとルーシー、食べたら怒るから」
ダンジョンに入る前に、シーラはマグナを指さしてそう釘を刺した。真面目な顔で。冗談の類ではないだろう。
「人の竜馬は食べないよ!?」
「ならいい。忠告はした」
「……君はマグナの事をなんだと思ってんの?」
そんなやり取りを経て、俺たちはダンジョンに潜る。踏破済みではあるが、神殺しの魔窟以来久しぶりのダンジョンだ――。
踏破から20年が経っているヴィザのダンジョンは、最奥部にある守護者の間まで直行できる縦穴が掘られていたり、休憩場所やライフラインの整備がなされているが、まだ数年しかたっていないこのダンジョンは、都市から離れていることもあり、まだそれほど整備が進んでいない。
新たに魔物を生み出さないだけで、以前からいる魔物はそのまま生息している。数こそ少ないが、道中時折現れる魔物たちは、歩行のついでとばかりに振られたシーラの黒い双剣の露と消えていく。
俺もシーラももう魔物から魔石は獲らない。
このダンジョンの一部の通路は、今まで見たどのダンジョンよりも広い。歪に掘り進められた道は、そのままマグナ達が必死に削り進んだ道なのだ。
未完成ながら奥へと続くショートカットもあったので、利用させていただく。
所々に護衛を連れた研究者の様な人もいる。ブラドライト正教会はウィンストリアのみならず、世界全土に布教を広めている。
通常通り魔物と戦いながらであれば数ヶ月は掛かる道のりも、未完成のショートカットを使いながら、数日で最奥部に至る。
そこはやはり、神殿の様な守護者の間。
シーラは物珍しげにキョロキョロと辺りを見渡す。当たり前の話なんだけど、俺たちが見て明確に手掛かりになる様な物は何もない。
と、思う矢先。見上げたシーラが『あ』と口を開き、次の瞬間『む』と口を結ぶ。
「どうした?」
問いかけると、シーラは腕を組んで首を捻る。
「別に。水上歩行だって」
いつもよりもさらに頓狂な答えに俺は頭に手を当てる。
「おう、そうか。……とはならねぇよな?もう少し説明してくれない?」
真っ当な要求と思ったのだが、シーラはそう思わなかった様で、面倒くさそうにその場でタンタンと足を鳴らす。
「は?私に言われても困る。祝福。水上歩行だって。水ある?」
急に出てきた重要情報に目を見開いて耳を疑う。
「お前の、って事?」
「最初からそう言ってる。いーから。水」
水筒から水をコップに入れて手渡す。シーラはごく、ごく、と喉を鳴らして飲むと、コップを俺を突き返す。
「じゃなくて。私の祝福。一つは水上歩行なんだって。声が教えてくれた」
「石が……。そう言えば、確か前も言ってたな」
――たまに声がなんか教えてくれるから。
魔石の正体が元人間の何かと知った時に、シーラはそう言った。
「石、いっぱい食べたからじゃない?人なんでしょ?」
「いつも聞こえるのか?」
問いかけるとシーラは首を横に振る。
「ダンジョンの奥が多いかも。いつもはあんまり。あ、王都で骨と戦った時は聞こえた」
王都中に魔石がばら撒かれ、そこから生み出されたアンデッドが街と襲った事件。魔力に満ちた魔石が周囲を満たすあの環境は、言ってみればダンジョン類似の環境だ。
理屈はわからない。無数に魔石を喰らったシーラの中の何かが、魔力に満ちた空間でのみ呼びかけてくる、って事なのか!?
「そ、それはこっちからも話しかけられるのか?」
「んー。気が向いたらって感じ。いつもじゃない。【帰還】の使い方も、【全属性同時開放展開】も、そいつが教えてくれた」
思わず身震いがした。【全属性同時開放展開】は、古代魔法だとセレスティアが言っていた。とすると、シーラの中にいる何かは……古代人の魂!?
「聞いてみてくれるか?……魔石化を、治す方法はないかって」
「ん」
目を閉じて一秒。シーラは瞼を開いて俺を見て、申し訳なさそうに眉を寄せる。
「ないって」
そんな簡単に、と思うが、そこを責めてもしょうがない。これが知れただけでここに来た甲斐はあった。
「次。魔石になって、元に戻るには?」
「聞いてみる」
再びシーラは目を閉じる。100万人の命?そんなバカげた代償以外の何かがきっと――。
「あー、同じ。人間の命。いっぱい。だって」
シーラはまた申し訳なさそうな顔をする。その表情は、きっと俺の期待に応えられない事に対する申し訳なさだ。違うだろ。お前の、命が懸かってるんだぞ!?
感情を押し殺して、三度質問を繰り返す。
「……次。シーラは、どうすれば……助かる?」
口に出してから馬鹿げた質問をしてしまったと気が付く。けれど、口を出た言葉は二度と戻る事は無い。
「助からない。って」
俺はシーラに何を言わせてしまったんだろう。
悲壮感のない顔で、シーラはそう答えて俺の表情を覗き込んだ。俺は大きく、深く息を吐いて、シーラの頭をポンと叩く。
「……帰ろうぜ。【水上歩行】、見せてくれよ」
「あ。そうだった。水、水っ」
明らかにデメリットの少なそうな祝福。なぜシーラの祝福だけ?
そんな疑問が浮かぶと同時に頭に乗せた俺の手にシーラが両手を触れると、耳鳴りの様な音と共に景色が大きく歪む。――【帰還】、一瞬でダンジョンの外に出る事ができるシーラの祝福だ。




