169話 クッキーの大きさ
――王都ウィンストリアから遥か西方、ダンクラウス大陸。
俺とシーラとマグナ、それと二頭の竜馬は街道を南に進みシルラカン地方を目指す。
「なぁ、シーラ。お前いい加減降りろ。ルーシーが寂しがってるぞ」
隣を走るマグナの肩を見上げてそう言うと、珍しくルーシーは短く一度嘶いて俺の意見に賛同してくれた。いつもは無視するくせに。
艶やかな黒髪を風になびかせるシーラは、俺を見下ろして問いかける。
「リューズも乗りたい?」
「いや、乗りたいとかじゃなくてな。人としてって言うか」
一般論で諭そうとするが、シーラはプイっとそっぽを向いてしまう。
「じゃあいい。私は人」
一撃で撃沈された俺を責めるようにルーシーは何度か鳴き声を上げ、煽るように馬体を寄せてくる。
「うおっ、俺に言うな。直接あいつに言え!」
でもシーラには言わない。
視線を上げると、再びシーラは何か言いたそうに俺を見下ろしている。
「リューズ。巨人の上は風が気持ちいい。遠くの山も見える。超高い」
「お、おう。そうだな。そろそろ巨人呼びやめようぜ?つーかマグナも何か言えよ。わがまま小娘肩に載せて好き勝手言わせて良いのかよ?英雄さんよぉ」
「僕は別に。シルヴァリアさんも、喜んでくれてるし」
口を尖らせて苦言を呈するが、マグナは人の良さそうな微笑みで答える。
「リューズ」
肩の上からシーラが俺を呼ぶ。
「リューズも乗りたい?」
「乗らねーっての」
と、答えて気が付く。あ、これ俺を乗せたいんだな。
ルーシーが前脚で俺を蹴って答えを急かす。確実に『乗れ』と言っている。そうすれば主人が帰ってくる、と。しょうがねぇなぁ……。
「あ、あぁ。ちょっとくらいなら良いかもな。マグナ、もし良かったらシーラと交替で――」
と、いうや否やマグナの巨大な手のひらは俺を掴み、自身の肩に乗せる。
「二人くらい平気ですよ」
「う……うぉぉ」
全方位に開けた視界。想像より強い風。揺れる身体。
「こえぇんだけど!?どこ掴めばいいの、これ!?こえぇよぉ!落ちる落ちる!」
いい歳した大人のガチ悲鳴である。それを聞いてシーラはクスクスと笑いながら俺の服を掴む。
「持ってたげる」
「気休めにもなんねーよ、そんなの!」
恐怖のあまり大きな声をあげて答えると、シーラはムッとした様子で俺の手を掴む。
「うっさ。これならいい?」
抜群のバランス感覚を持つシーラ。手を掴まれていると俺まで少し安定した様に思えてしまう。
「ま、まぁ……なんとか」
「ならいい。ほら、リューズ。山。でかい」
視線を向けながらサクサクとクッキーを食べるシーラ。サクサクが故の食べかすがマグナへとポロポロと落ちていく。
「人の肩で食べ物は止めようぜ!?自由すぎる!」
「巨人も食べる?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
マグナが差し出した手にシーラはクッキーを乗せると、自身の手とマグナの手を見比べる。小さめのテーブルくらいはある手のひらだ。
「クッキー、足りなくない?」
困惑するシーラをよそに、マグナは手に乗せたクッキーをつまんで口へと招き入れる。
「うん、おいしい」
シーラは真剣な顔でマグナの手と自分の手を見比べて、同じ比率になる様に慎重にクッキーを割る。
「え。ちっさ」
そう呟いて、少し大きい食べかすくらいの大きさのそのクッキー片を口に入れると、眉を寄せて苦々しい顔をする。
「それは嘘。こんな小さいと味なんてしない」
マグナはバツが悪そうな愛想笑いを浮かべ、それを確認したシーラは真剣な顔で俺を見る。
「リューズ」
当然、その言葉の先はわかっている。
「あいよ、了解」
マグナから降りて、街道から少し離れたところで小休止。収納魔石を開いて巨大な鉄板を取り出す。大人数の料理を一気に作るには必須の鉄板。当然何枚も常備してある。
同様に常備してあるレンガで足場を組んで、テーブル大の鉄板を固定。薪と炭で焚火を焚く。鉄板を熱している間に生地の作成だ。
とにかく大量の生地を作る必要があるから、ボウルでなんて作っていられない。ここは愛用の鍋ちゃんの出番。五人分の料理が作れるくらいの大きさの寸胴。まずはバター。大量のバター。ストックしてあるやつを全部使うくらいの量だ。
バターを練る。空気を含ませるように練り続けて、お次は砂糖。何回かに分けて入れるのだが、とにかく量が半端ない。そして、卵。これだけの量を卵白だけ使うとかありえないので、今回は全卵で使う。シーラが好きなのでいつも大量にストックしてある卵の大半を使う。卵を混ぜ切るといよいよ薄力粉を投入。混ぜすぎず、切るように混ぜる。固くなるからね。
今回はトッピングは無し。シンプルなクッキーにしよう。
熱した鉄板に牛脂を溶かす。たっぷりと旨味を含んだ油が鉄板の上を音を立てて広がっていき、十分に熱されて、気泡が弾けたら生地を流す。巨大な鉄板の一面を覆うほど大量の生地を二つに分けて注ぎ込む。
「あのー、シーラさん。お手を拝借していいっすかね?」
「ん」
もう一枚の鉄板を手に呼びかけると、快く二つ返事で手伝ってくれる。
今敷いている鉄板の上に、レンガで隙間を作って天板として乗せるのだ。仕上げに天板の上にも炭を置く。これで両面からしっかりと火が通る。
焦げないように火加減を見ながら待つこと20分。巨人用巨大クッキーの完成だ。
「おおぉ、めちゃくちゃいい匂いしますね」
「わはは、だろ?牛脂がポイントだ」
遠近感を無視すれば普通にクッキーを手にしているように見えるが、実際は両手で丸を作った位の大きいクッキー。シーラもそれを両手で持って上機嫌に笑う。
「ふふ、小人になったみたい」
「お前それ全部は食べすぎだからな?残せよ?」
自分で言っていてむなしい忠告だと思ったが、シーラの答えは当然決まっていた。
「は?いやだけど。全部食べるに決まってる、こんなの」
そう言ってシーラは同じ食べ物を持ったマグナを見上げる。
「巨人。食べな。絶対おいしいから」
俺の分は切れ端を集めた普通のやつで十分。おじさんにはその量は到底無理よ。
そして、『いただきます』の言葉を重ねて、今日のおやつタイム。ザクッ、と小気味よい音と共に空からクッキーの雨が降ってくる。
「いてっ、こぼすなよ」
「うわ、ごめんなさい」
「んあ」
巨大クッキーを両手で持ちながら、上を向いて口を開ける意地汚い誰かさん。
これだけの大きさ、火加減が難しいから少し硬かったかもしれないな。ボリ、ボリ、と嚙みながら考えると、シーラは嬉しそうに俺を見て笑う。
「やっぱりおいしい」
そう言ってくれると思ったけど、言ってくれるとやっぱり嬉しいわ。




