168話 神殺しの大天才
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大聖女アミナの【解析】を受けても涼しい顔のぺリコ。対照的に知識と思考の洪水を浴びせられたアミナは息も絶え絶えに脂汗を流す。
「終わりでいい?また何も読み取れないとしてもあたしのせいじゃないわよね?そっちの不手際でしょ」
追い打ちの様な言葉を掛けてぺリコは席を立つ。
「待て、ぺリコ・パラキート!まだ――」
アミナの背に触れながらゲオルグはぺリコの退室を制止するために声を上げる。だが、ペリコが向かうのは出口ではなかった。ぺリコの足はテーブルの反対側、ゲオルグの傍でうずくまるアミナに向かう。
互いの立場はあれど一定以上の親交を持った二人、そんな認識を持っていたゲオルグはぺリコの接近を許す。『大丈夫?』とかそんな言葉を掛ける事を期待しただろうか?アミナの傍に着いたぺリコは、しゃがんでニッコリと笑いかける。
「じゃあ、せっかくだから今度はあたしが聞いちゃおっかな」
思い付きのように見せているが、最初からぺリコはこれが目的だ。傍目には無邪気な笑顔で、ぺリコは大聖女・アミナに問う。
「シルヴァリアって知ってるでしょ?会ったことあるなら、あの子が今どんな状態か大体わかるわよね?」
アミナの視線はぺリコには向かない。アミナはぺリコを直視することができない。
「治し方。あんたならわかるでしょ?聞いてあげる」
ゲオルグはぺリコの肩を引き、アミナから引き離そうと試みる。
「ぺリコ・パラキート。それは規約違反だ。アミナ様への質問は教会を通してしか受け付けない」
肩を掴まれたまま、ぺリコは笑顔のままでゲオルグを見る。
「あら。せっかくあたしがチャンスをあげてるのにそんな事言うんだ?」
「……チャンス?」
困惑を隠しつつ問い返すゲオルグに、ぺリコはコクリと得意げに頷く。
「そ。優しいでしょ?あたしに神様とやらを信じさせるチャンスをあげるって言ってるんだから」
その言葉はゲオルグの逆鱗に触れる。
「黙れ罪人が!何様のつもりだ!」
ぺリコを力づくでアミナから引きはがし、小柄なぺリコはそのまま壁に叩きつけられる。
「ゲオルグ!やめて!」
アミナの言葉に返事もせず、ゲオルグは壁沿いで咳込むぺリコの前に立ち睥睨する。
「言葉を選べ。このまま不敬罪でまた牢屋に叩き込む事だって出来るのだぞ」
痛みに顔をゆがませながらも笑みを絶やさずに、ぺリコはゲオルグを見上げる。
「げほっ……。あ、そう。やっぱりわからないんだ?あはは、あんたらの神様ってのもやっぱり大した事ないのね。悔しかったら教えてみなさいよ。シルヴァリアの――」
言葉の途中で、甲冑に包まれたゲオルグの足がぺリコの胸を打つ。
「黙れと言ったはずだが」
「……バ、バカ犬が尻尾振るには丁度いい神様よねぇ。お似合いよ」
胸を踏みにじられようがぺリコの口は止まらない。ゲオルグの口元は怒りに震える。足に力が入り、ぺリコは歯を食いしばる。
「あ、ありません」
先に根を上げたのはアミナだった。
ゲオルグと、ぺリコの視線がアミナに向く。
「は?」
目を閉じたまま、アミナは言葉を続けた。そうしないと、ぺリコが止まらない事がわかっていたから。そうなれば、ゲオルグはペリコを殺しかねない。
「だから、ありません!治す方法は、ないって言ってるんですよ!」
ぺリコは驚き目を丸くする。口が開くが、言葉が出てくるのに少し時間が掛かった。その表情を見て、ゲオルグも毒気を抜かれ、足の力が緩む。
「あ、……あはは。そう」
その眼にはみるみる涙がにじむ。そして、アミナを睨み、再びぺリコは吠える。
「何が【解析】よ!神の祝福よ!クソの役にも立たないじゃない!聞いたあたしがバカだったわ。一生クソ拝んでろ、バァアーッカ!」
その頬を手甲を纏ったゲオルグの平手が打ち、そのまま口を塞ぐ。
「不敬罪だ」
顔を持ったまま引きずり、扉に向かい、外に待機する騎士に声をかける。
「牢に放り込め」
騎士たちにペリコに帯同した王子・セイラムの存在が頭をよぎる。だが仮にすぐ釈放されるとしても命令は命令だ。
「……ハッ!」
そして、捕縛されたぺリコは引きずられるように、地下牢へと移送される――。
――ブラドライト正教会、地下牢。
「君、牢屋好きだねぇ」
牢の鉄格子に寄りかかり、セイランはいつも通りの軽い調子で牢の中に呼びかける。冷たい石畳の牢獄にいるのは当然ぺリコだ。石畳の端に膝を抱えて座り、目に涙を溜めている。顔は腫れ、身体中擦り傷だらけだ。
「うるさい。別に好きじゃない」
「何言ったらそんな目に会うんだよ」
「……クソとか、バカ犬が尻尾振るにはちょうどいい神様、って」
思わぬ返答にセイランも苦笑い。だが、その目は全く笑っていない。
「それくらいで済んでよかったねぇ。一応聞くけど仕返しいる?」
「……要らない」
短い答えで会話は打ち切られる。きっと顔を見られたくないことはわかっている。セイランは檻によりかかったままで、沈黙に身を任せる。
それはどれだけの時間だっただろうか?不意にぺリコが呟く。
「無いんだって」
セイランは返事を返さない。ぺリコは涙声で、鼻をすすりながら、独り言の様に言葉を続けた。
「無いんだって、……シルヴァリアを治す方法。【解析】で視ても、無いんだって。じゃあ、シルヴァリアは……」
そこまで言うと、ぺリコの言葉は嗚咽でかき消される。
「へぇ、そりゃよかったね」
重ねて、いつも通りの口調でセイランが相槌を打つ。それは全くぺリコの予想外の言葉だ。思わず嗚咽が止まるくらいには。
「……は?セイラム、あんた……何言ってるの?」
それはセイランの予想通りの返答。
「あはは、そりゃそうだろ。神様が与えた【解析】の祝福でも分からないんだろ?それなら君は――」
檻に寄りかかり、腕を組みケラケラと笑ったセイランは、チラリと牢の中を振り返り、確信に満ちた笑みをペリコに贈る。
「神を超えるって事になるね」
眼を涙で腫らし、ポカンと口を開けたままのぺリコはその笑みを受け取る。言外の、だが何よりも強いエール。それがぺリコの全身を巡ると、ぺリコはブルリと一度身震いをした。
――ぺリコは6年前のある場面を思い出す。ペリコがまだ罪を犯す前。当時ぺリコは10歳で、セイランは15歳だった。
ぺリコは失意と絶望の眼差しでセイランを見上げていた。
「……あんたなら一緒に戦ってくれるかもって思ってたんだけど、あたしの勘違いだったみたいね。がっかりよ。もうあんたには頼らない。そうやって一生ヘラヘラ笑ってなよ、腰抜け」
怒りのままに、履いている靴を片方投げつけてぺリコはその場を去った。その時セイランがどんな顔をしていたのか、ぺリコにはわからない――。
その光景を思い出し、自然と笑みが漏れる。
「……っふふ。あの腰抜けバカ王子が、随分言うようになったわねぇ」
背中越しに聞こえたぺリコの声はいつもの調子に戻っていた。セイランはやれやれといった風におどけた感じで両手を小さく挙げる。
「まぁね。誰かさんがメソメソグスグス泣いててかわいそうだったから」
「は、はぁ!?このあたしが泣く訳ないでしょ!?」
セイランはクスクスと笑い牢の中を覗き見る。
「はいはい、じゃあそろそろ出たら?それとも泊ってくの?」
「出ーまーすーっ。言われなくてもすぐ出ますーっ!」
ぺリコは立ち上がり、セイランは看守から預かっていた鍵で鉄格子の扉を開く。扉を開くが、ぺリコは出てこない。首を傾げて催促してみると、ぺリコは口を尖らせて言いづらそうに呟く。
「ちっ……治癒魔法。ぐらいかけてくれてもいいんじゃないの?」
「あぁ、そうだね。ごめんごめん」
軽く答えて牢に入り、ぺリコの頭を撫でる。そして、治癒魔法を発動する。もちろん治癒魔法はおまけ。それがいつの間にか出来上がった二人の暗黙のルール。
「まったく、気が利かないんだから。こっちは山ほど考えて疲れ果ててるのに……」
腕を組んで頬を膨らませて、ぺリコは不満を露にする。
「それはすいませんね。他にご要望は?」
少し言い辛そうに言葉を濁しながら、ぺリコは両手を前に広げる。
「疲れて階段上れないわ。おんぶ」
さすがにセイランはあきれ笑いを浮かべるが、すぐにしゃがんで背を向ける。
「はいはい、どーぞ」
「ん」
喜びを隠しきれず、ぴょんとその背に飛び乗る。
そして、セイランはぺリコを背負い長い階段を上る。
「ねぇ、セイラム」
背中越しにペリコの声が聞こえる。
「これからあたしの事は、『神殺しの大天才』って呼んでよね」
あまりに不遜で不敬。ペリコらしいその呼称に嬉しくなり、セイランは込み上げるままに無邪気に笑う。
「……ぷっ、あはは、君って本当はバカだろ?そんなに捕まりたいの?」
魔導灯が揺れる螺旋階段、笑い声は地上まで続いていった。




