167話 【解析】対『有史以来の大天才』
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大聖堂から地下に降りる螺旋階段。ゆらゆらと揺れる魔導灯が足元を照らすその階段を、前後を教会の騎士に伴われたぺリコは弾むように降りる。
「ねぇ、もっと速く降りてよ。ぶつかっちゃうじゃない」
当然騎士は振り返る事もなく、粛々と罪人を検閲の場へと運ぶだけだ。
地下深くまで階段を降りきると、分厚い鋼鉄製の扉が見える。騎士はゆっくりと三度扉を叩き、少し間をおいてから扉を開く。
「入れ」
「はいは~い」
重さと軽さの両極端なやり取りを経て、ぺリコは開かれた扉の中へと至る。
「はい、ゲオルグ。おいしいおいしいミルクティーで~すっ」
扉の中は想像よりも広く、開かれた扉からはミルクティーの甘い香りが漂ってきた。
「あ」
目隠しをしたアミナが満面の笑顔で護衛兼監視役の第七騎士団長ゲオルグにミルクティーを淹れながら、ぺリコを見て短く声を発する。
アミナは顔を赤らめてはにかみながらいそいそと自席に戻り、一度コホンと咳ばらいをしてぺリコの方を向く。
「わ、私は、祝福の大聖女アミナ。【解析】の祝福を持つ私の眼には――」
「あー、はいはい。イチャついてるとこ邪魔して悪いわね」
お決まりの前口上を遮りながら、ぺリコはあきれ顔で手をパタパタと振る。
「いっ、イチャついてなんかいません!ただミルクティーを淹れてただけじゃないですか!ぺリコさんがお好きだから用意して待ってたんですよ!?予定の時間とっくに過ぎてるのに、待たせたのが悪いんです!」
「あら、そう。それじゃあたしも貰おうかしら」
傍らに立つゲオルグに断りも無くぺリコは席に着く。アミナは頬を膨らませながらぺリコにミルクティーを淹れる。目隠しをしながらでも手慣れたものだ。
「はい、ぺリコさん。召し上がれ~」
「あれ?『おいしいおいしいミルクティー』、じゃなかった?」
「い、いちいちうるさいですねぇ」
互いに軽口を叩きあいながら席について紅茶を飲む。アミナが【解析】の祝福を得て、大聖女になってから5年間。幾度となく『検閲』を繰り返しているので、互いに勝手知ったる関係のように見える。
二人が世間話をしている間、ゲオルグは何も言わずにその光景を見守っていた。外の世界と関わらず、5年間一人この地下室に閉じこもるアミナが楽しそうに笑う時間を少しでも長く与えているようにも見えた。
――6年前、当時11歳のシーラがダンジョンを踏破して祝福を得た。
それを知った教会は、自らのアイコンとする為に同様に若年者に祝福を与える計画を考えた。祝福はダンジョンを踏破しないと得られない。祝福はダンジョンを踏破した中でただ一人が得られる。
教会が派遣した第一次魔窟踏破団。それは5人の手練れ聖騎士と30人の若者たちで構成された大部隊だった。分母が多ければ、若者が祝福を得る可能性が高まる。およそダンジョンの最深部に相応しくない戦闘力の若者たちも、守護者の間に至り、多くの若者たちが命を落とした。
ゲオルグは当時騎士見習い、アミナは神聖術士としてその一団に参加した。――そして、アミナのみが祝福を得た。
「ねぇ、ゲオルグって実際いくつなの?何歳差までオッケーな感じ?」
ミルクティーを飲みながらぺリコが気安く問いかける。アミナと同じ金色の髪をオールバックに整えた大柄で寡黙な武人タイプの彼はチラリと視線を向けるものの当然返答は無し。
それを見てアミナはクスクスと笑う。本来なら重苦しい空気が支配しているはずの地下室はすっかり女子会の空気に侵食されている。
「みんな勘違いするんですけど、ゲオルグは~私と同じ歳なんですよね~」
「ウソっ!?老けすぎじゃない!?」
歯に衣着せぬ言葉で驚きを表すぺリコ。アミナは手で口を覆い、ケラケラと笑う。
「大人っぽいって言ってあげてくださいよ~。22歳で団長ってかなりすごいんですよ?」
ぺリコは物珍し気にジロジロとゲオルグの顔を眺める。
「へぇ~。普通に三十いってると思った。びっくり」
「アミナ様。そろそろお仕事を始められては?」
「あ。ごまかした。明確に。ねぇねぇ、普段はなんて呼んでるの?アミナ?アミー?アーちゃん?」
「よよよ呼んでませんよ!?ねぇ、ゲオルグ!まだ呼んでないわよね!?」
「まだ?」
ゲオルグは大きくため息をついて首を横に振る。
「……アミナ様?」
戒めるようなその声色。アミナはビシッと背筋を伸ばして、膝に手を置く。
「そっ、そうね!そろそろお仕事を始めなきゃね。……ぺリコさん」
余韻を吐き出すようにふぅと短く息を吐くと、地下室はシンと静謐さを取り戻す。
扉の近くにいたゲオルグはゆっくりとアミナの傍らに移り、彼女の眼を覆う目隠しに触れる。
「神の解剖に等しい『魔石研究』。それは本来到底許される物ではありません。ですが、主は寛大であり寛容です。私のこの与えられた祝福を以て、あなたの信仰に触れさせていただきます」
これも毎度お決まりの前口上。【解析】の祝福を持つ彼女が見れば、そのすべてはたちまちに丸裸にされる。それは、脳内の検閲だ。
「どうぞ~」
不敵な笑みを見せるぺリコはいつも通りの軽い調子で答えた。対して、逆にアミナとゲオルグには緊張の色がにじむ。喉の動きから、ゴクリとつばが喉を通る音が聞こえたような気さえする。
そして、ゲオルグはゆっくりと目隠しを外す。
右目は眼帯に覆われ、満月のように金色に輝く左目が姿を現す。
一秒、二秒と経つとアミナは額に汗を滲ませながら頭を押さえ、ぺリコから目を背ける。
「……んぅっ」
顔を歪め、苦悶の表情。心配そうにアミナの背に手を触れたゲオルグは化け物を見るような目をぺリコに向ける。
「なによ」
挑発的な視線をゲオルグに向けながら、ぺリコは両手を広げる。
「早く視てよ。さっさと終わらせて帰りたいんですけど~?」
この【解析】での検閲は教会からアミナに課せられた重大な任務の一つだ。『できません』が許されるはずがない。アミナは額を、頬を汗で濡らしながら、ゲオルグの服を掴みながら、再びぺリコに左目を向ける。
――瞬間、注ぎ込まれるのは圧倒的な思考と知識の奔流。
何十万冊と言う書物を読破し、それを一瞬で検索できる脳の処理速度。それらをフル回転させる多層的な思考。それがアミナの脳を焼くのには三秒も要らない。
「ぐうぅっ……!」
歯を食いしばり、左目と、眼帯の下からも涙を流すが、やはり二秒後にアミナは顔を背けて、肩で息をする。まるで発作の様に、全身を汗で湿らせ、激しく呼吸をするアミナを見てゲオルグも狼狽する。
「かっ……、考えるのを止めろ!ペリコ・パラキートッ!」
その叫びを聞いたぺリコは馬鹿にしたようにクスリと笑う。
「はぁ?あたしは人間よ?考えるのをやめたら……、それは草木にも劣るでしょうが」




