166話 教導
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――リューズとシーラがシルラカンを目指す頃、ぺリコとセイランは聖都・ブラドライトを訪れていた。
本来なら初犯で死罪が言い渡される魔石研究・解析の罪。国教であるブラドライト正教会の教義によれば、魔石は神の恵みであるので、魔石の研究とは即ち神の解剖に相応しい重罪である、との見解なのだ。
その罪を13度犯したぺリコ・パラキート。第三王子セイラムの後見により釈放されているとは言え、それにはいくつかの条件が課せられている。そのうちの一つが月に一度のブラドライト来訪である。
教会への敵意が無い事を示す為に大聖堂への礼拝を行い、教導を受け、その後地下へと案内されるのだ。大聖堂の地下深くにいるのは、【解析】の祝福を持つ大聖女・アミナ。彼女は一目見たものの全てがわかる。例えば、対象が何を思い、何を知り、何を考えているのかまでが容易にわかる。事実、シーラがその日の朝に食べた食事もピタリと当てる事が出来た。
彼女の祝福の前では、隠し事は不能。それ故の月に一度の面談。言うなれば、思想と思考の検閲だ。
街の中心にそびえる大聖堂と塔を見上げ、広場に漂うパイプオルガンの音楽を聴きながらぺリコは苦々しく眉を寄せる。
「はぁ、うさんくさ。あたしこの街嫌いなのよねぇ」
「こらこら、誰かに聞かれて困るの君だろ」
セイランは笑顔でぺリコを窘める。
ポケットに両手を入れて、小柄な身体を揺らして堂々と聖都の大通りをぺリコは歩く。通る人、通る人ぺリコを振り返り、その顔を見て怪訝な顔をする。それもそのはず、ペリコの顔には罪人の証である魔導紋が刻まれている。本来顔も隠さずに堂々と大通りを歩くべき人間ではない。普段であれば女性から振り返られる事が多いセイランだが、この街に関して言えばぺリコの完勝だ。
「一応忠告するけど、ゲオルグさんに余計な煽りしないでね。あの人冗談とか通じづらいから」
「はいはい、わかってるわよ。あたしが何回あいつらと顔合わせてると思ってんのよ」
そして、二人は通りを抜けて大聖堂に到着。音楽と讃美歌に合わせて聖典の朗読が行われる。
「それでは、今日は創世記・二十九章の朗読を致します。聖典の中巻、532ページをお開きください」
司祭の言葉に合わせて、大聖堂の全員が聖典を開く。正確には、一人を除いて。
隣に立つセイランですら聖典を出しているにも関わらず、ぺリコは手ぶらで、腕を組んでジッと司祭を見ている。
「ペ、ペリコ・パラキートさん。中巻の532ページを開いてください」
再度促されるが、ぺリコは腕を組んだままで口を開く。
「刻は積み重なりて大河となり、万象は其の流れに従いて形を成せり。春の芽吹きは夏の繁栄を呼び、秋の実りは冬の静寂へと至る。此の連なりこそが生命の証であり、主の授けし大いなる営みなり。土より生まれし者は土に還り、其の魂は次なる世代へと受け継がれん。世界は最早、始まりの静止にあらず。絶え間なき鼓動を打ち、変転の理を以て未来を紡ぐものなり。歩む者は、其の足跡を大地に刻むべし……でしょ?」
つらつらと、流れる川のように言葉がリズミカルに口から溢れ出て、得意げな顔で司祭の顔を見上げる。
「そ、その通りです」
一言一句違わず諳んじるぺリコ。
「ほら、あたしって敬虔なブラドライト教徒じゃない?全文暗誦くらい余裕な訳だけど、当~っ然司祭サマも余裕よね?」
当然ぺリコは無宗教である。キラキラといい笑顔で答えの分かりきった煽りをするぺリコにセイランは苦笑いを浮かべる。
「こら、言ってるそばから余計な事しないでくれる?こういうのは形式と見栄えも大事なの。覚えてても本を開くのが普通なんだよ。ねっ、司祭様!」
結局、他の信徒の邪魔になるので、二人は大聖堂を追い出され、個別の聖堂でノルマが行われる事になる。
「では――」
新たに担当する若い司祭がパラパラとページを捲ると、ぺリコはそのページの厚さだけを見て指差し声を上げる。
「243ページ!黎明記3章!」
「せ、……正解です」
「そんなクイズじゃないんだけどなぁ」
セイランの突っ込みにクスクスと笑いながら、ぺリコは素直に聖典を開いて朗読を始める。
「はいはい、それじゃ243ページ。黎明記3章読みまぁっす。『深き静寂は破られ、東の端より最初の陽光が差し込みたり。其れを『黎明』と呼び、万物が色を得る始まりとす。光の届かぬ場所には深き影が落ち、其の境界より初めての風が生まれり。主は仰せられたり、『光を見よ、其の影を慈しめ』と。目覚めし山々、震える河水、悉くは新しき朝の訪れを寿ぎ、沈黙の時代は終焉を迎えり。此れより、全ての営みは陽の下に晒され――」
得意げにつらつらと朗読するぺリコ。またもやセイランは引きつった顔でぺリコの袖を引く。
「……ちょっと。逆、逆」
今度は聖典が上下逆の様子。うっかり間違える物ではない。
「あら、失礼」
課されたノルマは礼拝、朗読と教導。ペリコに対する講義ともなれば司祭一人で手に負えるハズもなく、司教数名に高名な神学者も交えて大会議室に場所を移しての大所帯となる。この講義は後学の為と、多くの見学者が壁に居並ぶ月に一度の一大イベントともなっている。
議論は喧々諤々。本来二時間で終えるはずの講義は毎回日暮れを告げる鐘の音が響くまで続く。
「ふぅ、今日はここまでね。意外に楽しかったわ」
提供されたミルクティーを飲みながら、ぺリコは満足げに笑う。
「いやはや、まさかニムド記にそんな解釈があろうとは……」
「検証は必要ですが、次の学会で提唱いたしましょう」
神学者たちは口々にこの時間の実りを確かめ合い、講義の時間は幕を下ろす。
二人は再び大聖堂へと至る。
地下に降りる階段の前。ぺリコの前後には護衛と監視の騎士が付く。
「それじゃ、僕は教会の騎士団に挨拶に行ってくるから。先に終わったらちゃんと待ってるんだよ。揉めないようにね」
「あー、はいはい。子供じゃないんだからいちいちうるさいわねぇ」
シッシっと追い払うように手を振る。
「……シルヴァリアの命が掛かってるんだから。そんなヘマする訳ないでしょ」
ボソリと呟くその言葉にセイランは口元を緩める。長い間彼女を見てきて、初めての友人と呼べる存在。少し嫉妬しながらも同時に嬉しくもある。
「がんばれ」
階段を下りる後ろ姿に声をかけると、上げた左手をヒラヒラと振りぺリコは応える。
そして、ぺリコは向かう。向かうは階段の最奥部にある地下室。【解析】の祝福を持つ大聖女・アミナがそこでぺリコを待つ――。




