165話 無傷じゃん
【超速即時治癒魔法】が場を支配する戦場は、そう長いこと続かなかった。
ダンジョン外では周囲の魔力を吸収して動力にして、治癒魔法の枠を超えた即時再生を可能にする魔法。通常は治癒範囲を味方のみに指定するのだけど、今回は特別。この場の全員が治癒対象だ。シーラも、『千夜一夜』の四人も、俺も、ケガをすればたちまちに癒え、再生される。
理屈だけで言えば、術を解くまで永遠に戦い続けられるはずだ。だが、ここからの戦闘は10分にも満たなかったんじゃないかと思う。
魔力を吸われ、付与術の効果も切れる。おそらく巨体を動かすのに魔力を使用していたマグナは自重で動けず地に伏している。彼はこの時点でシーラの攻撃対象外だ。
シーラはアルを狙う。執拗に。腕を切り落とし、喉を裂き、それでも食らいつく剣を躱し、再生した腕をまた落とす。本来、欠損の治癒なんてそんなに簡単なものでも即座に行われるものではない。普通は。
魔法を封じられた後衛二人は、何とかアルを救おうと介入しようとして、シーラの視線一つで身がすくみ足を封じられる。マグナはリーダーを救おうと、大きな声でシーラを罵倒して、標的を自分に移そうと試みるが、シーラの視線一つもマグナに向くことはなかった。
血しぶきが、悲鳴が、断続的に戦場に響く。俺は後方であぐらをかいて、地面に右手をつけて術式を維持し続けている。
S級のプライドか、俺たちへの反骨心か、仲間たちへの見栄か、アルは何度腕を斬られても足を落とされても声を上げてシーラに向かっていった。10分に満たない時間。それでも、そこまで立ち向かった事を褒めるべきなのかもしれない。
「もっ……もう、勘弁してください。許して、下さい」
両膝を地につき、傍らに落ちた自分の両腕の傍で土下座をするように、アルは地に頭を擦り付け、涙声で懇願する。両手はすでに再生済みだ。
「んん?なんで?無傷じゃん」
きっと悪気の無い単純な疑問。結果的にそれは彼らがマグナに掛けた言葉への意趣返しになっているのが少し面白かった。
頭上で、シーラの双剣が揺れる金属音が聞こえただけで、彼の身体は遠目に見ている俺ですらわかるくらいに震えだしてしまう。
「ゆっ……ゆゆゆ許して下さい。反省します。だから、もうやめて……ください」
あきれ顔のシーラは剣で肩をトントンとたたきながら俺を見る。
「リューズ。許してって」
「あぁ、お前が決めていいぞ。俺なんもしてないし、なんもされてないからー」
「そっか」
アルは大慌てで俺を振り向き大声を出す。
「そっ……そんな!?助けて、助けてくださいよリューズさん!何にもされてないって事はないでしょ!?俺、あなたの足刺しました!刺しましたよ!」
俺の方が話が通じそうと思っての懇願だったのだろう。だけど、それ失言だよ。
「は?」
【超速即時治癒魔法】が支配する場を上書きしかねない重圧。当然、発生源はシーラだ。
「それなんの宣言?」
当然、シーラの剣はアルの足を貫く。
「ぎゃあああっ……!リュー、リューズさん!たす……助けて!」
涙を流しながら必死に懇願するアル。さすがにかわいそうになってきた。冷静になって考えてみると、マグナへの扱いに問題はあるとは言え、彼らパーティの問題であるわけだし、挑発したのはシーラだし……、始めたのは……俺たちか?あれ?もしかして、やりすぎ?
冷静になると、途端にゾッと肝が冷える。
「あ、あー。シーラ。終わり。終わり。お疲れさん。許してあげて」
引きつった苦笑いで立ち上がり、術式を解除。
「終わり、だって。なんだっけ?えーっと、『それまで』」
開始と同様にシーラののんきな声が戦闘の終わりを宣言する――。
「あ、あぁ。ほらほら。綺麗なマントが台無しだぞ、ははは」
手を取り立ち上がらせたアルのマントをパンパンとはたき、苦笑いで笑いかける。
シーラは腕を組み、すでに興味がなさそうに遠くの山々を眺めていたかと思うと、付近に散乱する地獄の残骸に気づき、それを指さしてアルを見る。
「ねぇー。アレちゃんと片付けといて。邪魔すぎる」
それは地獄のような戦闘で幾度と無く切り落とされた彼らの手や足。
「や、いやいやいや。お前シーラ。もうちょっと言葉を選べって、マジで。学校行ってないんじゃないのか、お前こそ」
「は?私は11歳まで行ってた」
それ途中までだよね、と思ったけど言ってもしょうがないので言わなかった。
アルたち四人は処刑を待つかのように無言で俺たちの前に直立していた。
「まぁ、ね。今回はお互いに行き違いがあったって事で!できればお咎め無しにしてくれると助かるなぁ……とか、おじさんは思っちゃったり、ね」
ご機嫌を窺いつつ、苦笑いで念を押す。より冷静になってみると、正規の騎士団っぽい方々が40人ちょい砦に向かって調査しているはず。この状況でアルたちからあらぬ罪をでっち上げられたらどうなるかわからない。ここはひとつ穏便に。
「……ど、どんな状況であれ、S級が『四対二で戦って負けました』だなんて言えるはずがないでしょう」
アルは恐怖やくやしさや、色んなものを飲み込んだような表情で吐き捨てる様に俺に告げる。
「偉そうに言っちゃったけど、パーティー毎にそれぞれ事情ってあるもんな!うん、じゃあそんな感じで!いつかまたどこかでご縁があったらな!」
無理やりまとめてさっさとこの場を立ち去ろう。
「よし、シーラ。行くぞ」
竜馬の手綱を取り、シーラに促すと、シーラはマグナを指さす。
「ねぇ。巨人。連れてこうよ。まだあんまり乗ってない」
え。と一瞬沈黙をした間に風が通り過ぎる。
「乗り物じゃないんですけど!?」
俺が大きな声を出したのがお気に召さなかった様子で、シーラはムッとした顔でマグナを指さして俺に告げる。
「だって。まだ全然話してない。もっと聞きたい。でっかいと何が見えるのか、とか。全然聞いてない。それに――」
今の理由はおまけとばかりに、真面目な顔で言葉を続ける。
「まだ、リューズのごはんも食べさせてない」
「あ、あー……」
そう言われてしまうと、俺は断る言葉なんて持たない。チラリとマグナを見ると、マグナは申し訳なさそうに視線をアルに落とし、俺もアルを見る。
アルは大きくため息をついて、マグナの足をパンパンと叩く。
「大きな仕事が終わったからな。しばらく休暇にしよう」
「……アル!」
「せいぜいこき使われて来いよ」
根っからの悪人、と言うわけではないのかもしれない。と思う俺はやっぱり甘いのかな。
休暇はひと月。ひと月後に首都・ダンクラウスで合流を約束して、マグナは一時的にパーティを離れる事になった。
「リューズ。行こ行こ」
マグナの肩に乗り、シーラは楽しそうに俺を呼ぶ。
目指すは南方、シルラカン地方だ――。




