第9話「食べられない理由」
百年以上前の集合写真を見つけてから、数日が経った。
水野さんによく似た男性、相馬圭介。
気にはなっていたけれど、今のところ、それ以上の手がかりは見つかっていなかった。
私は研究所での仕事を終え、帰りにスーパーへ立ち寄った。
夕食の材料を買うためだ。
野菜売り場を抜けると、昆虫食品のコーナーが見えてきた。
コオロギの粉末を使った加工食品や、味付けされた昆虫の惣菜が並んでいる。
今では当たり前の光景だった。
「今日は何にしようかな……」
商品を眺めていると、ふと、以前見た古い料理本を思い出した。
そこには、肉や魚を使った料理が数多く載っていた。
焼き魚や煮物、肉を使った料理。
どれも、今では食べることのできないものばかりだ。
そういえば、曾祖母は煮魚や塩焼きが好きだったと聞いたことがある。
「……美味しかったのかな」
小さくつぶやいた。
私は買い物を済ませ、家に帰った。
「ただいま」
「おかえり」
直人はリビングで、仕事の資料を読んでいた。
「今日も遅かったね」
「うん。帰りにスーパー寄ってたから」
「そっか。お疲れさま」
私は買ってきたものを冷蔵庫にしまい、直人の向かいに座った。
「ねえ、直人。ちょっと聞いてもいい?」
「ん? 何?」
「養殖場の魚って、今も飼育されてるでしょ?」
「うん」
「でも、誰も食べないのに、どうして飼育を続けてるんだろう?」
直人は資料を机に置いた。
「確かに、不思議だね」
「普通、食べるために育ててたんだから、必要なくなったら飼育をやめるよね? 自然に返すとか」
直人は少し考えた。
「養殖魚を勝手に自然へ放すと、生態系に影響が出ることもあるから、簡単にはできないけどね」
「それは分かるけど、百年以上も飼い続ける必要があるのかな?」
「そうだね。何のために維持してるのか、俺も詳しくは知らないな」
私は頷いた。
「それに、野生の動物や魚も、法律で捕獲が禁止されてるでしょ?」
「うん」
「でも、昔の感染症って、家畜や養殖魚に広がったんだよね?」
「そうだよ」
「だったら、どうして野生の動物や魚まで食べちゃいけないの?」
直人は少し考えた。
「感染症が野生動物にも広がる可能性はある。でも、禁止が続いている理由までは分からないな」
「直人は獣医だから、何か知ってるかなと思って」
「今の獣医学でも、牛や豚、鶏の健康管理や治療はするけど、食用にすることとは別だからね」
「そっか……」
「それに、感染症が収まったからって、すぐに食用に戻せるとは限らないよ」
「どうして?」
「原因が完全に分かっていなかったり、人間への影響が確認できなかったりすれば、安全だとは言い切れないからね」
「でも、百年以上も?」
「そこなんだよね」
直人は小さく息をついた。
「普通なら、その間に調査や研究が進んでいてもおかしくないと思う。ただ、当時の資料がどれくらい残ってるかにもよるけど」
私は少し考えた。
「ねえ、直人。曾祖母たちは動物を助けるために研究してたはずなのに、その研究が食べられなくなった原因って、変じゃない?」
直人は頷いた。
「研究の途中で、何か問題が起きたのかもしれないね」
「問題?」
「例えば、病気を治そうとして別の影響が出たとか」
「……それって、あり得るの?」
「可能性としてはね。でも、実際に何が起きたのかは、当時の研究記録を見ないと判断できないよ」
「そっか」
私は椅子の背もたれに寄りかかった。
「じゃあ、感染症だけが原因じゃない可能性もあるんだね」
「そうだね。まだ何とも言えないけど」
「それなら、相馬圭介の研究記録も探してみたいの」
「手紙に名前があった人だよね」
「うん。曾祖母と意見が合わなかったみたいだから」
「何か残ってるといいね」
「そうだね」
私は立ち上がり、夕食の準備を始めた。
冷蔵庫から野菜を取り出し、まな板の上に並べる。
直人も隣に来て、手伝ってくれた。
野菜を洗っていると、直人がふいに言った。
「由紀は、肉や魚を食べてみたいの?」
「え?」
突然の質問に、私は少し驚いた。
「……考えたことなかった」
「そう?」
「だって、生まれたときから食べられないものだったし」
「俺も同じだよ」
直人は笑った。
「でも、昔の人は普通に食べてたんだよね。どんな味だったんだろう」
「さあ。俺にも分からないな」
私たちは顔を見合わせて笑った。
けれど、私が本当に知りたいのは、味のことではなかった。
曾祖母たちは、百年以上前に何を研究していたのだろう。
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翌日。
私は研究所の資料室へ向かった。
1910年代の研究記録が保管されている棚の前に立つ。
これまでは、曾祖母が本当に罪を犯したのかを知りたくて、資料を調べていた。
けれど、今はもう一つ、確かめたいことがある。
私は古い資料の箱に手を伸ばした。
食べるために育てられていた動物たちは、なぜ今も飼育され続けているのだろう。
そして、相馬圭介は、その研究にどう関わっていたのだろう。
その答えは、百年以上前の研究記録の中に残されているのかもしれない。




