第10話「数え歌」
先日、実家から持ち帰った曾祖母の遺品を整理していると、一枚の古い紙が出てきた。
少し黄ばんだ紙には、手書きの文字が並んでいる。
「……これ、懐かしい」
思わず声に出した。
子どもの頃、何度も口ずさんでいた数え歌だった。
「由紀、どうした?」
隣で本を読んでいた直人が顔を上げた。
「これ、覚えてる? 子どもの頃によく歌ってたやつ。直人の家でも歌ったよね?」
直人は紙を受け取り、目を通した。
「……ああ、なんか聞いたことあるな」
「でしょ?」
私は直人の隣に座り、紙に書かれた歌を読み上げた。
白いお皿に 雨が降る
お魚三匹 眠ってる
三つずつ並んだ 波ふたつ
後ろの波から 先に起き
雨の数の 文字を拾う
一匹起きたら 水を替え
二匹起きたら 戸を閉める
三匹起きたら 火を消して
明日のご飯は 誰のもの
読み終えると、直人が笑った。
「由紀、昔よく歌ってたよな」
「うん。意味も分からず歌ってた」
私は紙に目を落とした。
「ねえ、直人。白いお皿に雨が降るって、どういうことだと思う?」
「皿が外に置いてあるんじゃない?」
「それなら、お魚三匹が眠ってるのは?」
「皿の上に魚が三匹いるとか」
「でも、一匹起きたら水を替えるんだよ?」
「ああ……生きてる魚なのか」
直人は少し考えた。
「じゃあ、水槽の話?」
「だったら、最初のお皿は何?」
「……確かに」
私は小さく笑った。
「それに、魚が起きるたびに、なんで違うことをするんだろう。二匹なら戸を閉めて、三匹なら火を消すって」
直人は腕を組んだ。
「でもさ、子ども向けの歌だし、深い意味はないんじゃないか? 童謡って、意味が分からない歌も結構あるだろ?」
「それはそうだけど……」
私は最後の一行を指でなぞった。
「明日のご飯は、誰のもの……。急にご飯の話になるのも、変じゃない?」
「魚のご飯じゃない?」
「でも、誰のものって聞いてるんだよ?」
「……さあな」
私も笑った。
「これ、曾祖母が書いたものなんだよね」
「遺品の中にあったんだろ? 昔、誰かに教えるために書き留めたんじゃない?」
「誰に?」
「さあ。家族とか、子どもとか」
「……そうなのかな」
私は紙を裏返してみた。
裏には何も書かれていない。
曾祖母がいつ、この歌を書いたのかは分からない。
そもそも、誰が作った歌なのかも知らなかった。
「まだ考えてるの?」
「だって気になるんだもん」
「由紀らしいな」
私は机の上にノートを広げた。
「何してるの?」
「書き写しておこうと思って。古いから、破れちゃうかもしれないでしょ」
「なるほどね」
数え歌を一行ずつ、丁寧に書き写した。
最後の一行まで書き終えると、全体を眺めた。
白いお皿。
三匹の魚。
水を替えて、戸を閉めて、火を消す。
どれも身近な言葉なのに、不思議な並び方をしている。
「……変わった歌だよね」
「そうか?」
「うん。なんだか、何かの手順みたいじゃない?」
直人はもう一度、紙をのぞき込んだ。
「手順?」
「一匹起きたら、これをして。二匹起きたら、次はこれをして……って」
「ああ、言われてみればそうだな」
「でしょ?」
「でも、何の手順なんだ?」
「それが分からないんだよね」
直人は本を開いた。
私は書き写したノートを閉じ、古い紙を元の場所に戻した。
ただの数え歌なのに、考えすぎなのかもしれない。
それでも、あの歌の最後の一行だけは、妙に耳に残っていた。
『明日のご飯は 誰のもの』
どうして、最後にそんなことを尋ねるのだろう。




