第22話「百年前の真相」
休日の午前十一時。
今日は研究所の人たちと、直人の友人たちを招いてバーベキューをすることになっていた。
場所は、郊外にある河原のバーベキュー場だ。
天気にも恵まれ、川沿いにはいくつものテントが並んでいる。
「由紀、そっちの荷物持ってくれる?」
「うん」
私は折りたたみ椅子を抱え、直人と一緒に予約していた場所へ向かった。
テーブルや椅子を並べていると、研究所の人たちが到着した。
「斉藤さん、おはようございます」
「水野さん! 今日はありがとうございます」
「こちらこそ。誘っていただいてありがとうございます」
水野さんの後ろには、研究所の同僚たちがいた。
続いて、直人の友人たちもやってきた。
「おーい、直人!」
「おう! 久しぶり!」
お互いを紹介し合い、皆で準備を進めるうちに、自然と会話が始まった。
「斉藤さん、何か手伝うことありますか?」
水野さんが声をかけてきた。
「あ、それじゃあ、こちらの野菜を並べてもらえますか?」
「分かりました」
水野さんはテーブルに置かれた食材を見た。
「ずいぶん種類がありますね。食べきれるでしょうか」
「大丈夫ですよ。直人の友達、よく食べる人ばかりなので」
「おい、由紀。それどういう意味だよ」
直人が振り返った。
「そのままの意味だけど?」
「俺まで大食いみたいに聞こえるだろ」
「違うの?」
「……まあ、食べるけど」
周囲から笑い声が上がった。
---
準備が整うと、直人が炭に火をつけた。
網の上には、野菜やキノコ、昆虫を使った加工食品が並べられていく。
炭火で焼かれた食材から、香ばしい匂いが漂ってきた。
「そうだ、皆さん!」
私はバッグからスマートフォンを取り出した。
「せっかくなので、今日の様子を記念に撮っておきたいんですけど、いいですか?」
「いいですよ」
「俺も大丈夫!」
水野さんも小さく頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ、撮りますね」
私はスマートフォンを横向きにして、テーブルの端にあるスタンドへ固定した。
画面を確認してから、撮影を始める。
「それじゃあ、皆さん、楽しみましょう!」
「乾杯!」
紙コップが持ち上がり、明るい声が河原に響いた。
直人は友人たちと網を囲み、焼き上がった料理を皿に取り分けている。
研究所の同僚たちも、すっかり打ち解けた様子だった。
私はその光景を眺めながら、紙コップに口をつけた。
「そういえば、水野さん」
「はい?」
「百年以上前の研究所って、今とはずいぶん違ったんでしょうね」
水野さんは少し首を傾げた。
「……どうして急にそんなことを?」
「昔の研究について調べていたら、気になっちゃって」
「なるほど。確かに、当時と今では研究環境も大きく違いますからね」
「今みたいな設備もなかったでしょうし」
「ええ。今ほど自由に研究できる環境ではありませんでしたから」
私は水野さんの顔を見た。
「……ずいぶん詳しいんですね」
「まあ、古い研究資料を読むこともありますから」
「そうなんですね」
私は小さく頷いた。
「じゃあ、黒田理沙という研究員をご存じですか?」
水野さんの手が、わずかに止まった。
「……黒田理沙?」
「はい」
「名前は聞いたことがありますよ」
「その人について、どう思いますか?」
水野さんは少し考えてから答えた。
「非常に優秀な研究者だったと聞いています。ただ、残念な結果になってしまいましたが」
「黒田理沙だけが処刑されたんですよね?」
「ええ。当時の調査では、彼女一人の責任だと結論づけられています」
「でも、水野さん。以前、研究所は感染症を食い止めるために研究していたと、おっしゃっていましたよね?」
「ええ。そう聞いています」
「それなのに、どうして黒田理沙だけが、感染症を広めた責任を問われたんでしょう?」
水野さんは少し考え込んだ。
「……当時の調査で、そう判断されたのでしょう」
「でも、感染を広めたという具体的な証拠は、残っていないんですよね?」
「……詳しい事情は分かりません。研究記録は国に押収されていますから」
「そうですよね」
私は小さく頷いた。
「研究所が感染症を食い止めようとしていたことは分かっているのに、なぜ一人だけ処刑されたのか。それが、ずっと不思議だったんです」
水野さんは何も答えなかった。
そのとき、直人が声をかけてきた。
「由紀、これ焼けたぞ」
「ありがとう」
直人が皿を差し出す。
「水野さんも、どうぞ」
「ありがとうございます」
水野さんは焼き上がった料理を口に運んだ。
「美味しいですね」
「でしょう? 直人、焼くの上手なんですよ」
「焼いてるだけだろ」
「それが大事なんじゃない」
私たちは笑った。
しばらくして、私は再び水野さんに話しかけた。
「そういえば、今の研究所って、研究員が少ないですよね?」
「ええ。昔はもっと大勢いたんですがね」
「……昔?」
「いえ、古い資料によると、という意味ですよ」
「そうなんですね」
私は頷いた。
---
それからしばらく、皆で料理を食べながら話をしていた。
直人の友人たちは、研究所でどんな仕事をしているのか興味津々だった。
「細胞の研究って、やっぱり難しいんですか?」
「そうですね。覚えることは多いですよ」
水野さんが答える。
「へえ。俺には絶対無理だな」
「慣れれば、それほどでもありませんよ」
皆が笑った。
そのときだった。
バサバサッ!
突然、大きな羽音がした。
「うわっ!」
一羽のカラスが、テーブルのすぐ近くを低く飛んできた。
「きゃっ!」
私も思わず身を引いた。
水野さんは驚いて後ろへ下がり、足元の石につまずいた。
「うわっ!」
とっさに地面に手をつき、そのまま尻もちをついた。
「水野さん!」
私は慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ええ、驚きました……」
水野さんは苦笑いしながら起き上がった。
「怪我はありませんか?」
「ええ、平気ですよ」
水野さんは服についた砂を払い、何事もなかったように椅子へ戻った。
それからしばらくして、直人がスマートフォンを覗き込んだ。
「おっ、コメ欄がすごいことになってるぞ」
「え?」
私も画面を覗いた。
『今、手から血が出てなかった?』
『出てた!』
『え、傷が消えたんだけど!?』
『巻き戻して見たけど、やっぱり治ってる!』
『何これ!?』
『どういうこと??』
次々とコメントが流れてくる。
水野さんが不思議そうに尋ねた。
「……コメント欄?」
「あっ、これずっとLIVE配信してるんですよ」
「……は?」
水野さんの表情が変わった。
私は水野さんを見た。
「そういうことだったんですね」
「曾祖母と一緒に写っていた写真」
「百年以上経っても変わらない顔。そして、時折出てくる古い言い回し」
「あなたは、自分自身に細胞死停止処置を施していたんですね」
「……何の話ですか?」
「おかしいと思っていたんです。あなたと初めて話したときから」
私は水野さんを見つめた。
「あなたは、相馬圭介さんですよね?」




