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『undying ―食卓から消えたもの』  作者: 季波


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第21話「時待草」

翌朝、私は机の上に曾祖母のノートを広げた。


昨夜、研究報告書を読んでから、どうしても確かめたいことがあった。


以前は意味が分からなかった記述も、今なら別の見方ができる。


「……やっぱり、そうなのかな」


私はノートの記録と、料理の覚え書きを照らし合わせた。


百年以上前、曾祖母が残した研究記録。


そこには、いくつもの数値と、当時の実験について書かれていた。


そして、料理の覚え書き。


なぜ、研究者だった曾祖母が、わざわざ料理の形で記録を残したのだろうか。


私は紙に書かれた材料を見つめた。


「……時待草」


「由紀、もう起きてたの?」


振り返ると、直人が部屋に入ってきた。


「うん。ちょっと調べてたの」


「何を?」


「前に持って帰ってきた時待草のことなんだけど」


直人は隣の椅子に座った。


「あの白い花?」


「そう。あれを使って、試してみたいことがあるの」


私は曾祖母のノートを見せた。


「昨日の報告書を読んで、気になったことがあって」


直人は記録に目を通した。


「……なるほど」


「どう思う?」


「実際に調べてみないと分からないけど、可能性はあると思う」


「だよね」


私は用意していた資料を直人に見せた。


「まずは細胞を使って調べてみたいの。そこで何か分かれば、次の段階に進もうと思ってる」


「動物での確認も必要になるな」


「うん。でも、私だけじゃ難しくて」


直人は少し考えた。


「仕事で付き合いのある家畜業者さんと、養殖業者さんに相談してみようか」


「協力してもらえるかな?」


「分からないけど、話は聞いてもらえると思う」


「じゃあ、お願いしてもいい?」


「もちろん」


私はもう一度、曾祖母のノートを見つめた。


まだ、確かなことは何も分かっていない。


けれど、試してみる価値はあると思った。


---


それから数日間、私は実験の準備を進めた。


持ち帰った時待草を確認し、曾祖母の料理の覚え書きを参考に、必要な材料を揃えていく。


分量を間違えないよう、一つずつ計量した。


加える順番にも注意しながら、慎重に作業を進める。


しかし、最初に調製した試料は、思っていたような状態にならなかった。


「……うーん」


私は容器を持ち上げた。


「どうした?」


直人が隣からのぞき込む。


「ちょっと、予想と違うの」


私は曾祖母のノートを開き、手順を最初から見直した。


細かな数字がいくつも並んでいる。


その一つを確認したとき、あることに気づいた。


「あ、そっか」


「分かった?」


「うん。ここ、読み違えてたみたい」


私は新しい容器を用意し、作業をやり直した。


今度は手順を一つずつ確認しながら進める。


しばらくすると、試料の状態が変わった。


「……できた」


直人が容器を見つめた。


「これでいいの?」


「まだ分からない。分析してみないと」


私は調製した試料を使い、細胞実験を始めた。


最初の結果では、目立った変化は見られなかった。


しかし、条件を変えて調べていくうちに、ある違いが現れた。


「……あれ?」


私は画面に表示された数値を見つめた。


「直人、ちょっと見て」


「どうした?」


「ここ。さっきと反応が違うの」


直人が画面をのぞき込んだ。


「……本当だ」


「でも、一回だけじゃ偶然かもしれない」


私は同じ条件で実験を繰り返した。


すると、再び似た結果が現れた。


私はこれまでの記録を並べ、数値を比較した。


「……やっぱり」


「何か分かった?」


「うん。まだ確実とは言えないけど、次に進めるかもしれない」


直人は画面を見つめ、小さくうなずいた。


「そうだな」


私は結果を保存した。


少なくとも、何も分からない状態ではなくなった。


---


その後、直人の紹介で家畜業者と養殖業者に協力をお願いすることになった。


まず訪ねたのは、直人が仕事で付き合いのある家畜業者だった。


敷地内には飼育施設が並び、作業員たちが動物の世話をしていた。


「斉藤先生、お久しぶりです」


事務所から出てきた男性が、直人に声をかけた。


「お世話になってます。今日は妻も一緒なんです」


「初めまして。斉藤由紀です」


「どうも。お話は伺ってますよ」


男性は私たちを事務所へ案内してくれた。


席に着くと、私は用意していた資料を取り出した。


「今回、動物の細胞について調べたいことがあるんです」


「細胞ですか?」


「はい。ある条件で、どのような変化が起きるのか確認したくて」


男性は資料に目を通した。


「なるほど。それで、うちに協力してほしいと」


「はい。必要な条件に合う個体がいるか、確認させていただきたいんです」


直人も説明を加えた。


「健康状態の確認や経過観察は僕が担当します。必要な手続きや安全管理についても確認したうえで進める予定です」


男性はしばらく考えた。


「分かりました。こちらでも協力できることを調べてみますよ」


「ありがとうございます」


私は頭を下げた。


その後、私たちは養殖業者とも打ち合わせを行った。


こちらでも研究の目的や実験内容を説明し、協力をお願いした。


「魚についても調べるんですね」


担当者が資料を見ながら言った。


「はい。種類によって反応が異なる可能性もあるので、確認したいんです」


「分かりました。こちらでも条件に合う魚がいるか調べてみます」


「よろしくお願いします」


帰りの車の中で、私は直人を見た。


「どちらも協力してもらえそうで、よかったね」


「そうだな。あとは準備を進めよう」


「うん」


少しずつ、必要なものが揃い始めていた。


---


それからしばらくして、実験に必要な準備と手続きが整った。


今回、対象となるのは牛、豚、鶏、そして養殖魚だった。


私は事前に調製した試料を用意し、直人はそれぞれの動物の健康状態を確認した。


「今のところ、目立った異常はないよ」


直人が記録を見ながら言った。


「分かった。じゃあ、予定どおり進めるね」


私は手順を確認した。


細胞を使った実験では、一定の反応が見られている。


しかし、実際の動物でも同じ結果になるとは限らない。


「由紀、大丈夫?」


直人が声をかけてきた。


「うん。大丈夫」


私は小さく息を吐いた。


「……始めよう」


私たちはそれぞれの協力施設で、予定していた試験を進めた。


その後は、一定の間隔で検査を行い、細胞の状態と動物の健康状態を調べていった。


最初の検査では、大きな変化は見られなかった。


しかし、時間が経つにつれて、数値に違いが現れ始めた。


私は画面に表示された結果を見つめた。


「……直人」


「どうした?」


「これ、見て」


直人が隣に来た。


二人で数値を確認する。


「……なるほど」


「うん。でも、まだ判断できない」


「経過を見よう」


「そうだね」


私たちはその後も観察を続けた。


直人は動物の食欲や活動状態を確認し、私は採取した試料を分析した。


家畜業者と養殖業者にも日々の様子を記録してもらい、異常がないか確認を重ねた。


数日後。


私はそれまでの結果を一つの表にまとめた。


牛、豚、鶏、養殖魚。


それぞれの記録を並べ、数値を比較する。


「……あ」


思わず声が出た。


私は別の記録を開き、もう一度確認した。


「直人、ちょっと来て!」


「どうした?」


私は画面を指さした。


「ここ。全部、同じ傾向が出てるの」


直人はしばらく画面を眺めた。


「……本当だな」


「うん」


私は椅子に座り直した。


何度も確認した結果。


偶然とは考えにくい変化が、複数の個体で現れていた。


「動物の状態はどう?」


私が尋ねると、直人は記録を見せてくれた。


「今のところ、目立った異常はないよ」


「そっか。よかった」


私はもう一度、画面を見つめた。


「……これなら、いけるかもしれない」


直人は小さく笑った。


「そうだな」


---


それからも、私たちは経過観察を続けた。


追加の検査結果が揃ったところで、私はすべてのデータを整理し、曾祖母のノートと照らし合わせた。


そこには、これまで意味が分からなかった記述と一致する部分がいくつもあった。


「……やっぱり、そうだったんだ」


私は小さくつぶやいた。


直人が隣から画面をのぞき込んだ。


「全部、つながった?」


「うん。まだ長期的な確認は必要だけど」


私は資料を見つめた。


「これなら、いけるよ。直人」


直人はしばらく黙っていた。


そして、小さくうなずいた。


「……すごいな、由紀」


「私だけじゃないよ。直人も協力してくれたから」


「それでも、ここまでたどり着いたのは由紀だろ」


私は少し笑った。


「ありがとう」


机の上には、曾祖母が残したノートが置かれていた。


あの料理の覚え書き。


白き山で見つけた時待草。


そして、今回の実験結果。


私はノートにそっと手を置いた。


「……やっと、分かったよ」


---


その夜、私は自宅の机に向かっていた。


画面には、これまでの実験結果をまとめた資料が表示されている。


最後の確認を終え、私は椅子の背もたれに寄りかかった。


「……ふぅ」


直人が飲み物を持ってきてくれた。


「終わった?」


「うん。とりあえずね」


「お疲れさま」


「ありがとう」


私は飲み物を受け取り、机の上のノートを見つめた。


ずっと探していた答え。


ようやく、ここまでたどり着いた。


しかし、まだ一つ問題が残っていた。


水野さんが、百年以上前の事件に関わっていたという決定的な証拠がないのだ。


曾祖母の記録も、これまで調べてきた資料も、疑いを裏付けるものではあっても、本人だと断定できるものではなかった。


……どうすればいいんだろう。


私はしばらく考えた。


そして、一つの方法を思いついた。


本人の口から、真実を語ってもらうしかない。


「……直人」


「どうした?」


「水野さんを呼び出そうと思うの」


直人は私を見た。


「どうやって?」


「研究所の人たちも一緒に誘おうと思うの」


「みんなを?」


「うん。親睦会ってことにすれば、不自然じゃないでしょ?」


直人は少し考えた。


「確かにな」


「バーベキューなんて、どうかな?」


「いいんじゃないか。みんなで集まるなら、ちょうどいいと思う」


「じゃあ、それにしよう」


私は日程や場所について考え始めた。


「そうだ。友達にも声をかけてみようかな」


直人が言った。


「直人の友達?」


「うん。準備を手伝ってもらえると思う」


「じゃあ、お願いしてもいい?」


「もちろん」


私は少し考えてから、直人に言った。


「それと、もう一つお願いがあるの」


「何?」


私は考えていたことを直人に話した。


直人は黙って聞いていた。


やがて、小さくうなずいた。


「……分かった。そっちも準備しておくよ」


「ありがとう」


私は机の上のノートを見つめた。


百年以上前、曾祖母は身に覚えのない罪を背負わされ、命を奪われた。


その真実を知る人物が、今も私のすぐ近くにいる。


私はノートを閉じた。


「……もう少しだからね、曾祖母」


直人が私の隣に立った。


「由紀、準備を始めようか」


「うん」


私はうなずいた。


百年以上前に起きた事件。


その真相を明らかにするための、最後の準備が始まった。

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