第20話「研究報告書」
ファイルを開くと、画面に古い研究報告書が表示された。
表紙には、百年以上前の日付が記されている。
『家畜及び養殖魚の感染症対策に関する研究記録』
「……これって」
私は画面に顔を近づけた。
「百年以上前の資料だな」
直人も隣から画面をのぞき込んだ。
「曾祖母の研究について、何か分かるかもしれない」
「そうだな。読んでみよう」
私はページをめくった。
そこには、1910年代に行われていた研究について、詳しい記録が残されていた。
研究が始まった経緯。
当時の状況。
実験の内容と、その後の経過。
私たちは一ページずつ、慎重に読み進めた。
途中には、曾祖母の名前も記されていた。
『黒田理沙』
「……曾祖母だ」
「やっぱり、この研究に関わってたんだな」
「うん」
私はさらにページを進めた。
古い資料だったが、研究の経過は細かく記録されていた。
途中には、別の研究者の名前もあった。
『相馬圭介』
以前見つけた集合写真に写っていた人物。
水野さんによく似た、あの男性だった。
「……相馬も関わってたんだね」
「そうみたいだな」
私は続きを読んだ。
ページを進めるにつれて、これまで疑問に思っていた出来事が、少しずつつながっていった。
曾祖母のノート。
百年以上前の集合写真。
研究所で見た、水野さんの傷。
そして、肉や魚が食卓から姿を消した理由。
私たちは何度も前のページに戻り、記録を確認した。
どれくらい時間が経っただろう。
ようやく最後のページを読み終えたとき、私は大きく息を吐いた。
「……そうだったんだ」
直人も画面を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……これで、つながったな」
「うん……」
私は研究報告書の表紙に戻った。
百年以上前に起きた事件。
曾祖母が処刑された理由。
そして、肉や魚が食卓から姿を消した原因。
その真相が、目の前の資料に記されていた。
「……曾祖母は、やっぱり悪いことなんてしてなかったんだ」
直人は静かにうなずいた。
「この記録が事実なら、そういうことになるな」
私は画面に表示された曾祖母の名前を見つめた。
子どもの頃から、大勢の人を苦しめた人物だと聞かされてきた。
けれど、曾祖母は人々を救おうとしていた。
それなのに、罪を着せられ、処刑された。
そして、子孫である私や家族までもが、長い間、虐げられてきたのだ。
「……ひどいよ」
声が震えた。
「どうして……」
怒りが込み上げ、言葉に詰まった。
直人が、そっと私の手に触れた。
「由紀……」
「ずっと、知りたかったんだ。曾祖母に何があったのか」
直人は黙って話を聞いていた。
「やっと分かったのに……」
私は言葉を止めた。
「……でも、これだけじゃ決定的な証拠にならないよね」
直人は少し考えてから答えた。
「そうだな。水野さんのデータから見つけた資料だし、これが本物だって証明できるわけじゃない」
「うん……」
「それに、水野さんが相馬圭介本人だっていう証拠もない」
私はうなずいた。
以前見つけた集合写真に写っていた相馬圭介は、水野さんと驚くほどよく似ていた。
そして、研究所で見た不思議な出来事。
割れたビーカーで傷ついた、水野さんの手。
次に見たときには、その傷が消えていた。
「……あの傷だって、実際に治る瞬間を見たわけじゃないし」
「そうだな。あれだけじゃ何とも言えない」
私はもう一度、研究報告書を開いた。
『相馬圭介』
百年以上前の研究者が、今も生きている可能性がある。
そして、水野さんがその本人なのかもしれない。
「……どうしたら確かめられるんだろう」
直人は腕を組み、しばらく考え込んでいた。
「何か、方法があるはずだ」
「うん……」
私はパソコンを閉じた。
部屋の中が静かになった。
真相を知ることはできた。
けれど、それを証明するためには、まだ何かが足りなかった。
「由紀、今日はもう休もう」
直人が声をかけた。
「……そうだね」
私はうなずいた。
机の上には、曾祖母のノートが置いてあった。
子どもの頃に見つけた、古いノート。
私はそっと手を置いた。
「……もう少しだからね」
小さくつぶやいた。
曾祖母の無実を証明するために。
そして、百年以上前の事件に、本当の決着をつけるために。
まだ、確かめなければならないことが残っていた。




