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『undying ―食卓から消えたもの』  作者: 季波


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第19話「鍵のかかった情報」

じいちゃんの傷が消えてから、数日が経った。


直人は引き続き、じいちゃんの健康状態を観察している。


あれから新しい傷はできておらず、体調にも大きな変化はなかった。


ただ、あの異常な回復については、まだ原因が分かっていない。


私は研究所で、いつもどおりの仕事を続けていた。


午前中の実験を終え、記録を整理していると、過去の研究データを確認する必要が出てきた。


私はパソコンを操作し、研究所の共有データベースを開いた。


画面には、これまでの研究記録が年代別に並んでいる。


必要な資料を探しているうちに、見慣れない項目が目に入った。


『管理者限定記録』


私はその項目をクリックした。


すると、画面にメッセージが表示された。


『この記録を閲覧する権限がありません』


「……閲覧制限?」


研究所には、機密性の高い研究データも保存されている。


そのため、閲覧できる職員が限られていること自体は珍しくなかった。


けれど、その記録には気になる点があった。


管理責任者の欄に、水野さんの名前が表示されていたのだ。


私は詳細情報を確認した。


記録の作成日は比較的新しいものだったが、資料の分類には『過去の研究』と書かれている。


「……過去の研究?」


私は以前見つけた集合写真を思い出した。


百年以上前の研究者たち。


黒田理沙。


そして、水野さんによく似た相馬圭介。


もしかすると、この記録には当時の研究について何か残されているのかもしれない。


私はもう一度、閲覧を試みた。


しかし、同じメッセージが表示されるだけだった。


---


昼休み。


私は食堂で同僚と昼食を取っていた。


「そういえば、研究データって、閲覧できないものも結構あるんですね」


何気なく話を切り出すと、同僚が顔を上げた。


「ありますよ。機密情報とか、管理者しか見られない資料とか」


「やっぱりそうなんですね」


「何か見られない資料があったんですか?」


「はい。過去の研究記録を探していたら、閲覧制限がかかっていて」


「ああ、それなら管理者に申請しないと見られないかもしれませんね」


「そうなんですか」


「誰が管理してるんです?」


「水野さんです」


「ああ、水野さんなら、個人的に管理してる資料もありますよ」


「個人的に?」


「ええ。ほかの研究員が使わないような古いデータとか、整理してるみたいです」


「そうなんですね」


私はうなずいた。


「でも、どうして閲覧制限があるんでしょう?」


「さあ。研究内容によるんじゃないですか?」


同僚はそれ以上気にする様子もなく、食事を続けた。


私も話題を変えた。


けれど、水野さんが古い研究資料を個人的に管理しているという話が、頭から離れなかった。


---


午後になり、私は研究室へ戻った。


水野さんは別室で会議に出席していた。


私は午前中の作業を再開しながら、共有データベースをもう一度確認した。


閲覧制限のある記録には、管理番号だけが表示されている。


「……何が入ってるんだろう」


もちろん、百年以上前の研究とは無関係かもしれない。


私はその番号を手帳に書き留めた。


そのとき、研究室の扉が開いた。


「斉藤さん」


振り返ると、水野さんが立っていた。


「はい」


「午後の実験記録、確認できましたか?」


「はい。もう少しで終わります」


「そうですか。終わったら共有フォルダに保存しておいてください」


「分かりました」


水野さんは自分の席に戻り、パソコンを操作し始めた。


私は作業を続けながら、何度かそちらに目を向けた。


水野さんの机には、いつも鍵のかかった引き出しがある。


普段は特に気にしていなかった。


けれど、今日はその引き出しまで気になってしまった。


---


それから二日後。


研究所では、古い研究資料の整理が行われることになった。


長年保存されていた電子データを、新しい管理システムへ移行するための作業だった。


私も、ほかの研究員たちと一緒に、その作業を手伝うことになった。


「斉藤さん、この一覧にある資料の確認をお願いします」


担当者から渡されたのは、移行対象の記録一覧だった。


「分かりました」


「古い資料の中には、管理者しか閲覧できないものも含まれています。内容の確認は必要ありませんので、ファイル名と管理番号だけ照合してください」


「はい」


私は指定されたパソコンに向かい、管理画面を開いた。


画面には、移行予定の資料が並んでいる。


一つずつ番号を照合していると、見覚えのある管理番号が目に入った。


「……あれ?」


私は手帳を取り出した。


以前書き留めた番号と一致している。


水野さんが管理している、閲覧制限のある記録だった。


通常のデータベースでは、閲覧権限がないと表示されていた資料。


それが今、移行対象の一覧に含まれている。


ファイルの内容は表示されていなかったが、移行作業用に用意された保存データの中には、その記録も含まれていた。


今回の移行作業では、古いシステムからデータを移すため、一時的にファイルを保存できるようになっていた。


私はほかの資料と同じように、管理番号を確認した。


それだけで作業は終わるはずだった。


けれど、どうしても中身を確かめたかった。


百年以上前の研究。


黒田理沙の処刑。


そして、集合写真に写っていた相馬圭介。


この記録には、何か手がかりが残されているのではないだろうか。


そのとき、担当者が声をかけてきた。


「斉藤さん、そちらは終わりそうですか?」


「あ、はい。もう少しです」


「終わったら、作業完了の報告をお願いします」


「分かりました」


担当者は別の研究員のところへ向かった。


私は再び管理画面に目を向けた。


この資料を個人的に持ち出すことは、認められていない。


研究所に勤める者として、そんなことは十分に理解していた。


研究資料には、長い時間をかけて積み重ねられた成果が残されている。


それを許可なく持ち出すことが、どれほど重大な問題なのかも分かっていた。


もし発覚すれば、処分を受けるかもしれない。


最悪の場合、研究所を辞めなければならなくなる可能性もある。


私は画面から目を離した。


そこまでして、確かめる必要があるのだろうか。


まだ、この記録が百年以上前の研究に関係しているという確証すらない。


単なる古い研究資料かもしれない。


そう考えると、今すぐ作業を終えてしまうのが正しいように思えた。


けれど、曾祖母のことが頭に浮かんだ。


黒田理沙。


百年以上前、研究に関わり、処刑された人物。


なぜ処刑されなければならなかったのか。


本当に、研究の責任を問われただけだったのだろうか。


そして、じいちゃんの傷。


あの異常な回復を目の当たりにしてから、以前は別々だと思っていた出来事が、少しずつ重なり始めていた。


私はもう一度、管理番号を確認した。


正式に閲覧を申請することもできる。


けれど、管理しているのは水野さんだ。


もし、この記録に知られたくない情報が含まれているのだとしたら。


そう考えたところで、私は自分の考えに驚いた。


何の証拠もないのに、水野さんを疑っている。


普段から親切にしてくれる人なのに。


私は手を止めた。


そして、移行作業用の保存データから、目的のファイルを自分の作業領域にコピーした。


操作を終えたあとも、すぐには画面から目を離せなかった。


もう、知らなかったことにはできない。


私は研究者として、越えてはいけない一線を越えてしまったのだと思った。


内容は確認しなかった。


今ここで開く気にはなれなかった。


残りの資料を照合し、作業完了の報告を済ませた。


「ありがとうございました。助かりました」


「いえ」


私は返事をしたものの、気持ちは落ち着かなかった。


その日の仕事を終えたあと、私は保存しておいたファイルを個人用の記録媒体に移した。


記録媒体を鞄にしまいながら、もう一度考えた。


今なら、持ち出すことだけはやめられる。


データを削除し、記録媒体を置いて帰ればいい。


けれど、私はそうしなかった。


廊下ですれ違った同僚が挨拶をしてくれた。


「お疲れさまでした」


「お疲れさまです」


私は返事をして、研究所を出た。


夕方の空が広がっていた。


誰も、私が何をしたのか知らない。


そのことに安心する自分がいた。


同時に、そんな自分が嫌になった。


駐車場へ向かいながら、鞄の中の記録媒体を意識した。


もし直人が同じことをしたら、私は何と言うだろう。


きっと、やめたほうがいいと言うはずだ。


それなのに、自分のことになると、理由を並べて正当化しようとしている。


私は車に乗り込み、ハンドルを握ったまま考え込んだ。


自分がしてしまったことを、直人にどう説明すればいいのだろう。


それでも、黙っていることだけはしたくなかった。


---


その日の夜。


夕食を終えた私は、直人に声をかけた。


「ねえ、直人。ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」


「ん? 何?」


「研究所で、ある記録を見つけたの」


直人はテーブルの上を片づけながら、私を見た。


「どんな記録?」


「まだ中身は見てないんだけど、水野さんが管理してる資料なの」


「水野さん?」


「うん。ほかの研究員には閲覧できないようになってた」


「それって、見ても大丈夫なものなのか?」


私は少し迷ってから答えた。


「……本当は、持ち出しちゃいけない資料なの」


直人は手を止めた。


「持ち出したのか?」


「うん」


「どうやって?」


「古い研究資料を新しいシステムに移す作業があって、そのときにコピーしたの」


直人は黙っていた。


「……それ、問題になるんじゃないか?」


「分かってる」


私はうつむいた。


「自分でも、取り返しのつかないことをしたって思ってる」


「だったら、どうして?」


すぐには答えられなかった。


「……知りたかったの」


「何を?」


「曾祖母が、どうして処刑されたのか。それに、あの研究で何が起きたのかも」


私は鞄に目を向けた。


「でも、この資料に答えがあるかどうかも分からないんだよね」


直人は黙って聞いていた。


「何もなかったら、私は何の手がかりも得られず、ただ研究所の資料を盗んだことになる」


「由紀……」


「分かってる。何か見つかったとしても、やっていいことじゃなかった」


私は顔を上げた。


「でも、どうしても確かめたかったの」


直人は少し考えてから口を開いた。


「俺も、曾祖母のことは気になってる。じいちゃんのことだって、ちゃんと調べたい」


「うん」


「でも、由紀が仕事を失うようなことになったら、俺は嫌だよ」


「……そうだよね」


「今からでも、どうするか考えたほうがいいんじゃないか?」


私はうなずいた。


「そう思う。でも、その前に一度だけ、中身を確かめたい」


直人は私の顔を見た。


「……分かった。一緒に確認しよう」


「ありがとう」


私は鞄から記録媒体を取り出した。


自分がしたことが正しかったとは、今でも思っていない。


それでも、この中に何が残されているのか、知りたかった。


私はノートパソコンをテーブルに置き、電源を入れた。


記録媒体を接続すると、保存されたフォルダが表示された。


その中から、手帳に書き留めた管理番号と一致するファイルを探した。


「あった」


ファイル名には、管理番号と保存された日付だけが表示されている。


内容を示すタイトルはなかった。


「これ?」


直人が聞いた。


「うん」


私はマウスに手を置いた。


百年以上前の研究。


曾祖母が処刑された理由。


そして、水野さんの正体。


この中に、その答えがあるのだろうか。


私は直人と顔を見合わせた。


「……開くね」


ファイルをダブルクリックした。

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