第2話「研究者への道」
第2話「研究者への道」
あの日、曾祖母のノートを見つけてから、私の中にはずっと消えない疑問があった。
曾祖母は、本当に罪を犯したのだろうか。
なぜ曾祖母は罪を問われ、処刑されたのだろう。
その答えを知りたくて、私は細胞について学ぶ道を選んだ。
大学では生物学を専攻し、卒業後は大学院へ進んだ。
細胞の構造や働き、損傷した組織の修復について研究を続けた。
そんな日々の中で、私にはもう一つ、大きな出来事があった。
直人との結婚だ。
私が二十二歳、直人が二十一歳のときだった。
直人は大学で獣医学を学んでいた。
あの日の約束どおり、獣医になる道を歩んでいた。
私たちは以前から、いつか結婚しようと話していた。
大学院への進学が決まった頃、直人が結婚の話を切り出した。
「由紀、大学院に進んだら、もっと忙しくなるよね?」
「うん。研究も本格的になると思う」
「俺もまだ勉強があるし、しばらくは忙しいと思うけど……」
直人は少し考えてから、私を見た。
「それでも、これからもずっと一緒にいたいんだ」
「私もだよ」
「じゃあ、結婚しようか」
「うん」
そうして私たちは結婚し、私は黒田由紀から斉藤由紀になった。
結婚してからも、私は大学院で研究を続けた。
直人も獣医師を目指して勉強に励み、それぞれの目標に向かって日々を過ごしていた。
子供について話したこともあったけれど、今はそれぞれの目標を優先しようと決めた。
「由紀は、あの研究所に入りたいんだよね?」
ある日の夕食後、直人が尋ねてきた。
「うん。曾祖母が働いていた研究所」
「まだ残ってるんだよね?」
「そう。今も細胞に関する研究を続けてるみたい」
私はパソコンの画面を直人に見せた。
研究所のホームページには、現在行われている研究内容や採用情報が掲載されていた。
「ここに入れたら、何か分かるかもしれない」
「曾祖母のこと?」
「うん。昔の研究資料が残っているかもしれないし」
直人は画面を眺めながら頷いた。
「そっか。じゃあ、頑張らないとね」
「うん」
大学院を修了した後も研究経験を積み、研究所の採用試験に備えた。
そして、二十八歳になった年。
私は、曾祖母がかつて働いていた研究所に採用された。
「直人! 受かった!」
採用通知を見た私は、思わず声を上げた。
「本当?」
「うん! 採用だって!」
直人は通知を確認すると、嬉しそうに笑った。
「よかったね、由紀」
「ありがとう!」
「ずっと頑張ってたもんね」
私はもう一度、通知に目を落とした。
幼い頃から目指してきた場所。
曾祖母の真実につながる手がかりを、ようやく探しに行ける。
もちろん、研究所に入ったからといって、すぐに何かが分かるとは限らない。
百年以上も前の資料が、今も残されている保証もなかった。
それでも、何もしないままでは、答えにたどり着けない。
私は採用通知を大切にしまい、初出勤の日を待った。
そして、いよいよその日がやってきた。
私は少し早めに家を出て、受付で手続きを済ませると、案内された研究室へ向かった。
そこには、数人の研究員がいた。
「今日から配属になった斉藤由紀さんですね」
声をかけてきたのは、白衣を着た男性だった。
「はい。本日からお世話になります」
「水野圭一です。あなたの直属の上司になります。よろしくお願いします」
「斉藤由紀です。よろしくお願いいたします」
水野さんは軽く頷いた。
「それでは、まず研究所の中を案内しましょう」
私は水野さんの後について歩き始めた。
廊下の両側には、いくつもの研究室が並んでいた。
しかし、どの部屋も人が少なかった。
「……あの、研究員の方って少ないんですね」
「ああ、そうなんですよ」
水野さんは苦笑した。
「もう百年以上も前の話なのに、いまだにこの研究所だけは入りたくないって人がいるんですよ」
「どうしてですか?」
「当時、この研究所が感染症を広めたと報道されてしまいましてね」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、本来は感染症の対策を研究していたんですよ」
「それなのに、どうして……?」
「当時の詳しい経緯は分かっていないんです。感染症に関する記録は残っているんですが、その後に行われた細胞研究の資料は、すべて国に押収されたままでね。研究内容については、こちらには何も残っていないんですよ」
「そうなんですね……」
私は、以前郷土資料館で読んだ古い新聞を思い出した。
そこには、研究所から感染症が広まり、その原因を作ったのは黒田理沙だと書かれていた。
けれど、学校の教科書には、研究所から感染症が広まったことしか書かれていなかった。
曾祖母の名前は、どこにもなかった。
なぜ、こんな食い違いが起こっているのだろう。
昔から不思議だった。
「資料がない以上、こちらとしても説明のしようがなくて。困ったものですよ」
水野さんはそう言って、次の研究室の扉を開けた。
「さて、こちらが主に使っていただく実験室です」
私は室内に足を踏み入れた。
新しい実験装置が並び、窓際には顕微鏡が置かれていた。
ここが、私の新しい居場所になる。
私は白衣の袖を整え、水野さんの説明に耳を傾けた。
覚えることは、まだたくさんある。
それでも、いつか曾祖母の真実にたどり着けると信じて、私は新しい一歩を踏み出した。




