第3話 合宿生活
練習>
入部後、しばらくすると早朝練習が始まる。
2・3年生のスキッパー候補と新入生クルーの操艇練習である。
♪朝も眠いのに起こされて~
朝食後、普段の練習となる。
昼食を挟んで午前、午後それぞれ3時間ほど。
練習海面までマークボートを引いていき、乗艇する上級生のホイッスルの合図で基本練習を行う。
ピッピッピッピッー:練習開始。
ピッピッー:クローズホールドで風上へ。
ピッ:タック(何度も繰り返す)
ピッピッピッー:ランニングで風下に。
ピッピッピッピッ:ジャイビング(何度も繰り返す)
ピッピッー:クローズホールドで風上へ。
ひたすら繰り返す。
この間、風と波を相手にしているので油断できない。
強風時のジャイブでは、沈の危険もある。
大会の前には、スタート練習も行う。
練習終了後、浜に帰って艇の整備を行った後、夕食。
その後、やっと自由時間となる。
合宿中は、およそこのような日課だった。
4年生の気が向いた天気の良い日、ピクニック気分で西に向かったり、東にある川上りをしたこともあった。
その2回だけだったけれど。。。
楽しかった。
整備休憩>
練習中、艇整備のための休憩がある。
A級ディンギーでは、艇の底に溜まったアカクミが主になる。
このとき、底に揺れるアカを見ながら作業すると、即! 船酔いする。
遠くの陸地を見ながら、小さなバケツで手早く、ガバガバとアカをかき出す。
その後、セルフベラが取り付けられてからは、この作業もなくなった。
帆走すれば、アカは自動的に排水される。
立ちション>
休憩中、艇尾から立ちションする。
波に大きく揺られるので、最初の頃は緊張するあまり、出ない!(これマジ本当)
スナイプに乗ったときは、スターンが平らなデッキなので、落ちないようにバランスをとるだけでも緊張する。
ますます出ない。
中には、うっかり海に落っこちた者もいた。
立ちションできるようになったら、フレッシュマン卒業といえる。
数年後、他校の女子部員を見かけるようになったが、どうしていたのだろう。。。
ガマンしすぎると体によくないと、どこかでで聞いた。
ウンコ>
したことない。
聞いたこともない。
タバコ>
水濡れから守るため、昭和レトロなプラケースに入れていた。
大波ザブザブのときは、全滅のこともあった。
かんべんしてくれろ。。。
服装>
春先の寒い時期は、Gパンや手近にあるズボン、シャツなどを着て上にセーター。
ライフジャケットの出っ張りが邪魔にならないよう、さらにセーターを重ね着する。
最後に昔ながらのカツオカッパの上下を着るが、尻はすぐに破れてビリビリに裂ける。
ガムテープで補修しても同じこと。
強風のときは、頭から波しぶき(スプレー)を被ってずぶ濡れになる。
足元はスニーカーだが、学連の指導があるまでは裸足だった。
当時は、これが当たり前だった。
「お前らそろそろ、野蛮人から卒業しろよ」
ふん、余計なお世話じゃ。。。
お陰で4年間、風邪など無縁であった。
食事>
部員は、艇庫の2階で起居する。
1階に狭い台所があるが、入部当時は、近所の「めし屋」に合宿中の世話を頼んでいた。
疲れた顔のおばさんが、一人で営んでいた。
米は持参していた(とおもう)
食事時間には、下級生が調理場に入り込んで、おばさんの手伝いをする。
狭い調理場は、シッチャカメッチャカ。
洗い場は、あらあら食器が山となっている。
ガラの悪い先輩は「〇〇メシ」などと呼んでいたが、おばさんはよくしてくれた。
1年ほどたって、艇庫で自炊となった。
部費滞納者が多くいた結果であると、想像に難くない。。。
朝食は、ごはん、生卵、みそ汁。
あとは、何を食べていたか思い出せない。
貧しいメニューだったのだろう。
でも、文句言わずに食べた。
・・・お前なんぞ、あったりまえだろうが!
なぜか食事当番の記憶がない(ウロ)
皿を洗った覚えもない(ウロ)
先輩の車を勝手に乗り回して、事故寸前の危ない橋を渡ったことはある。
無免許だった。。。
風呂>
薄汚れたシャワー室はあるのだが、物が置いてあったりしている。
水は出たようだったが、使用したことはなかった。
ときには、銭湯に行くこともあったが、普段は皆ズボラで無頓着だった。
練習中に、散々波しぶきのシャワーを浴びてるし。。。
夜食>
就寝後、夜中に同期の相棒がチョンチョンと指で突いて起こしにくる。
1年先輩と僕たち二人は、艇庫のベランダから電柱を伝い降りる。
1kmほど歩いて国道に出ると、夜中に開いている屋台があった。
そこまで、裸足で歩いていく。
パトロールに出会ったら、職務質問確定の薄汚い怪しげな3人組。
チャーハン、ラーメン、馬かった牛まけた。
先輩には、何度もゴッチャンになった。
授業出席>
合宿中は、必須科目に限り登校が認められていた。
初夏にもなって、私たちが電車に乗り込むと、乗客たちの好奇な視線を浴びる。
真っ黒に日焼けしたこいつら、一体全体何者だ???
そんな視線の中、ターミナル駅のホームまでは行くのたが、、、
同じクラスの相棒と「授業どうする?」
キリギリスの誘惑に負けて、1年留年となった。
ある時、途中で相棒の忘れ物を取りに自宅まで付きあった。
居間のソファーで待っていると、在宅していた彼の姉さんが紅茶を入れてくれた。
突然、「アンタ、何!その手は!?」
てっきり、汚れた手で上がり込んだので怒られたと思った。
なにせ、合宿中に手など洗う習慣などなかったし、気にもしていなかった。
ビックリして手をみると、、、
日焼けした手の甲は、塩を吹いて白い曼荼羅模様になっている。
その上に、整備のとき不注意で切った傷の血が固まって、幾筋もこびりついている。
ありゃりゃ!?
あらはずかし、隠そうとしたがもう遅い。
ボーッと手を見つめていると、
「洗面所で洗っておいで!」
石鹸で洗った後。タオルを汚すのもマズイと思いシャツで拭いた。
部屋に戻ると、薬箱を出して消毒してくれた。
恥ずかしさで言葉が見つからず、この間ずっと無言だった。
スミマセンくらいは、言ったと思う。。。
嬉し恥ずかし、ああ青春恋心。
日曜日の夕方に合宿が終わると、私たち1年生は荷物を抱えて、皆で駅まで歩いて帰った。
むさ苦しい男所帯の合宿所から解放され、足取りは軽かった。
途中すれ違う女性たちが、みんな美人に見えた。




