第2話 最初の試練
学生ヨット連盟の競技艇種は、2クラスある。
入学当時は、スナイプとA級ディンギーという艇種であった。
スナイプ級は、前後に2枚のセイルを張るスループ艇である。
一方の、A級ディンギーは1枚セイルで、帆桁でセイルを上げる。
元は英国で設計され、昭和初期に日本ヨット協会に採用された、木造12フィートの古典的小型ヨットである。
1枚帆のラグセールという帆装で、操船の基本を学ぶのに適していた。
さすがに時代遅れとなり、1973年に470級に艇種変更された
私は入部してから3年間、A級ディンギー乗りだった。
初めての乗艇で、先輩スキッパーから簡単な説明を受けながら帆走しているとき「どこから来たか分かるか?」と聞かれた。
陸の方向を振り返って見るが、さっぱり分からない。
タックを繰り返しているうちに、出艇した浜がどこだったのか、完全に見失っていた。
そもそも、練習海面に向かっていることさえ知らなかった。
・・・初めは、こんなものだった。
セイルの操作>
帆走中、乗員はセイルの操作をシート(ロープ)で行う。
風上に向かうクローズホールドでは、セイルを一杯まで締め込むために、シートを引き続けなければならない。
その結果、まず指や付け根の皮が1枚めくれる。
順番に次の皮がめくれていき、赤い真皮が見えて血がにじむ。
しかし練習中は、そんなことに気を取られている暇はない。
浜で見てみると、波で洗われた白い手の平に、いくつも赤い窪みができている。
それも当たり前の日常で、普段の生活でも気にすることはなかった。
部員同士でも、それが話題になることすらなかった。
それがマメになって固まるころ、基本の動作が身についてくる。
最上級生になったとき、前腕は入部の頃から1.2倍くらい太くなっていた。
ハイクアウト>
ヨットが風上に向かうときは、クローズホールドという帆走になる。
このとき、水中にあるセンターボードが艇の横流れを防ぐ。
一方で風力が増すと、これが横方向の抵抗になるため、艇が風下側に傾いてしまう。
その結果、センターボードが斜めになって横抵抗が減少し、艇は風下へ流されて切り上がり角度を失うことになる。
横からみると、セールの面積も小さくなるため、推進力も減少することとなる。
それを防ぐため、艇を水平に保つ必要がある。
乗員はフットベルトに足先を掛け、体を艇の外に乗り出して傾きを抑える。
腹筋が鍛えられるまで、これがキツい。
初めの頃は、ただぶら下がっているだけだった。
苦しさに負けて起き上がると、スキッパーにヒジでグイと押さえ込まれる。
ムンムムムン。。。
数か月もすると、ハイクアウトのタイミングも覚える。
腹筋も鍛えられて、苦行では無くなってくる。
この頃、艇との一体感を覚えるようになる。
ずぶ濡れ>
天候が安定していると、午前中の北風が、午後には南の真風に変わり白波が立つ。
強風のときは、波しぶき(スプレー)を頭からかぶってずぶ濡れになる。
前方でハイクアウトするクルーは、その直撃をうける。
波しぶきが襲ってきたときは、顔の正面で受けなければならない。
それから逃げて横を向くと、耳に水が入ってしまう。
カツオカッパを着用しているが、なにせ昔ながらの漁師合羽であるからして。。。
そもそも、ケツは即ビリビリでガムテープ補修だし。
高級オイルスキンもあったようだが、下町ビンボーには所詮高嶺の花。
山の手のお嬢様は、気づかれぬよう遠くからそっと眺めているのがよろしかろ。
出艇・帰艇の際、1年生は艇をキズつけないよう腰近くまで水に浸かる。
年がら年中ずぶ濡れだ。
着替えるのも面倒だから、いつも自然乾燥だった。
<参考>
風呂に水を張り、プラスチックの下敷きを縦に入れて、前後左右に動かすとセンターボードの役目がよくわかる。




