第7話 師匠の理論、再現性あり
師匠に報告したい。
その気持ちが抑えられなくなったのは、ブックマークが30を超えた日の夜だった。感想は6件。アクセスは三日で五百を超えている。
短編一本でこの数字が大きいのか小さいのか、正直よく分からない。でも、ゼロだった場所に数字が生まれて、感想が届いて、反応が返ってきている。それは事実だ。
メッセージ画面を開いた。まる助宛て。
最初は控えめに書こうとした。「おかげさまで少し反応をいただいています」くらいの温度で始めた。だが三行目から崩れた。
「師匠の言う通り、入口を軽くして感情を先に出したら、そこに反応してくれる読者がいました。引きの位置も効いていて、続きを求める感想が複数来ています。導入で設定を押さないことで離脱が減っている気がします。師匠の理論、再現性あります」
控えめにするつもりだった。結局かなり素直になった。遠慮の配分が下手なのは自覚している。
送信した。
返信は翌日の夜に来た。
「反応が出ているなら、読者が入れる形になっている証拠です。届く形にしたのは七瀬さんです。次を出すなら、今の読者が何に反応しているかを見て、そこを伸ばしてください。」
短い。今回も短い。でもちゃんと読まれている。
「届く形にしたのは七瀬さんです。」
師匠の手柄ではなく、私の手柄だと言っている。褒めるでもなく、謙遜するでもなく、事実として切り分けている。
何度か読み返した。
理屈は通っている。文章も誠実だ。返信として何も問題はない。
ただ、少しだけ思った。文が整いすぎている気がする。前に感想を送ったときの返信も短かったが、あのときはもう少し体温があった。今回はきれいに整っている。大人っぽいと言えば大人っぽい。落ち着いていると言えば落ち着いている。
まあ、師匠はそういう人だ。理屈っぽくて、言葉を選んで、感情をそのまま出さない。活動報告もそういう書き方だった。そういう人だから信頼できるのだし、だから師匠なのだ。
気にしすぎだと思って、閉じた。
翌日、投稿サイトのメッセージに新しい通知が来ていた。
白峰レナ。
名前に見覚えがあった。異世界恋愛のランキング上位に何度か入っている書き手だ。私が読む側だった頃にも作品を見かけたことがある。人気作家、と言っていい位置にいる人だった。
「七瀬さんの短編、読みました。少し話せますか」
短い。でも雑ではない。作品を読んでから声をかけている。それだけで、適当な社交辞令ではないと分かった。
サイト内のメッセージでやりとりが始まった。
レナは単刀直入だった。
「導入が軽いのがいい。最初の三行で読者が座れる。異世界恋愛って冒頭に設定を詰めすぎて離脱される作品が多いけど、七瀬さんのはそこをちゃんと回避してる」
「ありがとうございます。入口は意識しました」
「感情の見せ方が早い。ヒロインが何を感じているかが、設定より先に来る。これ、読者がキャラに入るまでの時間がすごく短い」
「そこは一番悩んだところです」
「引きもうまい。最後の一文で次話を開かせる設計になってる。引きって技術だから、これができるなら連載も回せると思う」
「あの、そんなに言われると照れるんですが」
「事実を言ってるだけ。褒めてるつもりはあんまりない」
レナの言い方は乾いていた。感動も共感もなく、ただ何が機能しているかを切り分けている。でもそれが逆に信頼できた。この人は、私の作品の何が効いているかを、感覚ではなく構造で見ている。
「あと、読者が欲しい距離感を外してない。これは理屈だけじゃできないところで、七瀬さんの嗅覚だと思う」
嗅覚。
まる助の助言は理屈だった。入口を軽くしろ、感情を先に出せ、反応を見ろ。それは全部正しかった。
でもレナが指摘しているのは、その理屈の外にあるもの。読者がどこで気持ちよくなるか、どの距離感を求めているか。それは三年間読み続けてきた私の体が知っていることで、師匠に教わったことではない。
師匠の理屈と、私の嗅覚。その両方が噛み合って、今の反応が出ている。
「師匠のおかげ」だけではない。「私の力」だけでもない。両方だ。
その夜、もう一度まる助の返信を読み返した。
「届く形にしたのは七瀬さんです。」
師匠はちゃんと分かっている。私の力を私の力として認めている。
レナの言葉と師匠の言葉が、別の角度から同じことを指している。理屈は師匠から。嗅覚は私から。届いたのは、その掛け算の結果だ。
ブックマークが40を超えた。感想が8件になった。短編の二話目を出したら、初日で前回の倍のアクセスがついた。
最初は一本で終わらせるつもりだった。でも、読者からの「続きが読みたい」が止まらなかった。レナにも「これは連載で回した方が早い」と言われた。二話目を出した時点で、私はもう連載のつもりで構成を組み直していた。
師匠の理論、再現性あり。そう思って、嬉しくなった。




