第6話 感想欄が増えていく
朝、目が覚めてすぐスマホを取った。
アクセスが47になっていた。昨夜の3から47。寝ている間に44人が私の小説を開いたことになる。ブックマークが2ついていた。感想はまだない。
大学へ向かう電車の中で三回確認した。アクセスは52になっていた。教室に着いてもう一回確認した。54。あかりが隣に座ったとき、また確認しようとして、さすがに自分で止めた。
「それもう始まってる」
あかりが言った。私の手元を見てすらいなかった。気配だけで分かったらしい。
「何が」
「依存」
否定できなかった。
講義中はなんとか我慢した。でもノートを取る手が止まるたびに、ポケットのスマホが気になった。アクセスはまだ増えているだろうか。ブックマークは増えただろうか。感想は来ていないだろうか。
昼休みに確認した。アクセスが78。ブックマークが5。
そして、感想が一件ついていた。
スマホを持つ手が止まった。通知欄に「七瀬ユイ様の作品に感想が届きました」と出ている。
開くのに少し勇気がいった。
褒められていたら怖い。けなされていたらもっと怖い。深呼吸して、タップした。
「ヒロインの気持ちがすごく分かりやすくて、一話で引き込まれました。最後の引きが気になりすぎます。続き楽しみにしてます!」
三回読んだ。
分かりやすい。引き込まれた。引きが気になる。続きが楽しみ。
全部、狙ったところだった。
ヒロインの感情を先に見せたのは、読者がまず人物に入れるようにするため。最後の引きは、次話を開かせるために置いた一文。それが、狙った通りに効いている。
「効いてる」
声に出た。学食で一人で呟いた。あかりがサンドイッチを食べながらこっちを見た。
「何が」
「引きが効いてる。入口の軽さも効いてる。導入で感情を先に出したのが正解だった」
「何の話」
「感想来た。初めての感想。読者が、狙ったところでちゃんと反応してる」
あかりは少し目を開いて、それから「おめでとう」と言った。普通の声だった。普通のおめでとうだった。でも、それがちゃんとうれしかった。
帰宅して、PCで感想欄を開いた。
さっきの一件に加えて、もう一件増えていた。
「異世界恋愛ってちょっと食傷気味だったんですけど、これは距離感がすごく丁寧で、気づいたら最後まで読んでました。すれ違いの温度がちょうどよくて、もどかしいけど心地いいです」
距離感。すれ違いの温度。
ノートの快楽設計で一番こだわったところだ。読者が「ここが欲しい」と思う関係の動きを、どの位置に置くか。近づきすぎず、離れすぎず、もどかしいけど読者が離脱しない距離。そこが効いている。
スクリーンショットを撮った。フォルダに入れた。フォルダ名は「反応」にした。
二件目の感想もスクリーンショットを撮った。同じフォルダに入れた。
返信案を考えた。丁寧すぎると距離が出る。カジュアルすぎると雑に見える。三パターン書いて、一番素直なやつを選んだ。
「読んでくださってありがとうございます。距離感は一番悩んだところなので、そう言っていただけてうれしいです。」
送信した。
その夜、あかりに感想のスクリーンショットを送った。
共有したくなった。こういうとき、結局いちばん先に思い浮かぶのはあかりだった。
すぐに返事が来て、そのままやり取りになった。
「で、うれしいの?」
「うれしい。かなりうれしい」
「じゃあいいじゃん」
「うれしいだけじゃなくて、分析したい」
「出た」
あかりの返事は呆れた調子だった。でも、少し笑っているのが分かった。
「味わうんじゃなくて解剖してるよね、あんた」
否定できなかった。実際そうだった。感想を読んで感動するより先に、「どこが効いたか」を確認してしまう。
導入の軽さが効いたのか、感情の見せ順が効いたのか、引きの位置が効いたのか。全部分かりたい。
夜、ブックマークが12になっていた。感想がもう一件増えていた。アクセスは百を超えていた。
数字そのものに酔っているのではない。数字の裏にある「反応」が見たい。どこが刺さったのか。何が残ったのか。読者が私の文章のどの部分に触れて、何を思ったのか。それが知りたい。知って、次に活かしたい。
「もっと書ける」と思った。
この距離感がいいなら、次はもう一段だけ近づけてみる。この引きが効くなら、次はもう少し手前で仕掛けてみる。
感想が教えてくれるのは「良かった」だけではない。「次に何をすればもっと届くか」のヒントだ。
読者として三年やってきたことが、書く側に回った途端に全部つながった。読んできた蓄積が設計になり、設計が原稿になり、原稿が反応を返してくる。その反応をまた読んで、次の原稿に組み込む。このループが、たまらなく気持ちいい。
ふと、師匠に報告したくなった。
「伸びてます」と言いたい。「師匠の言った通りにしたら効きました」と言いたい。入口を軽くしたこと、感情を先に出したこと、短い話を出してまず反応を見ること。
全部、あの人の理屈だ。それを自分の手で試して、ちゃんと効いた。それを伝えたい。
師匠に言いたい、と思った時点で、もうかなり手遅れだった。




