表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
師匠の小説は神作です。なのに私だけ人気が出ました  作者: まる助
第1章 この人に教わりたい
4/14

第4話 勝手に弟子入り

「短い話を一本出してみてください。」


返信を、もう何度読み返したか分からない。スマホの画面はとっくにスクショ済みで、フォルダ名は「参考」のまま。嘘のままだ。


短い話。一本。


何を書くのかを考えるために、まず自分が何を読んできたかを整理することにした。机の上にノートを開いて、三年分の読書履歴を思い出しながら書き出していく。


異世界恋愛。乙女ゲーム転生。身分差ラブ。主従関係からの逆転。すれ違いと和解。距離が縮まる瞬間の快楽。


書き出しているうちに、自分の好みの偏りが見えてきた。


私が好きなのは、関係性が変わる瞬間だ。敵だった相手が味方になるとか、主従が対等になるとか、誤解が解けるとか。状況が変わるのではなく、二人の間にある力学が動くところ。そこに一番反応する。


ノートがどんどん埋まっていった。好きな展開を分類して、どこで感情が動くかを書き出して、読者として「ここが欲しい」と思うタイミングを並べて。気づいたら、付箋まで貼り始めていた。


「すれ違い二回。関係変化のきっかけは第三者の介入。手の甲にキスは一回、ここで誤解解消、山場はここ」


ノートの見開きが、いつの間にか設計図みたいになっていた。物語のプロットではない。まだ物語すら始まっていない。ただの「好きな展開の配置図」だ。なのに妙に実務的で、自分でも少し可笑しかった。


翌日、大学の帰りにあかりとカフェに寄った。テーブルの上にノートを広げたまま飲み物を待っていたら、あかりが覗き込んできた。


「何これ」


「快楽設計」


「は?」


「読者がどこで気持ちよくなるかの設計図」


あかりは三秒ほど黙って、それから椅子に深く座り直した。


「あんた本当にそういう人だね」


褒められたのか呆れられたのかは分からなかった。どっちでもよかった。


「で、これ何に使うの」


「小説を書こうと思って」


あかりの目が少し開いた。


「書くの? 読む専じゃなかったの?」


「師匠に言われた。短い話を一本出してみろって」


「師匠」


あかりが繰り返した。声が平坦だった。


「その人、弟子取ったの?」


「取ってない」


「じゃあ何」


「私が勝手に学ぶ」


「重い」


「敬意です」


あかりはアイスティーのストローをくわえたまま、しばらく私を見ていた。何か言いたそうだったが、最終的に飲み込んだらしい。


「まあ、あんたが書くなら読むよ」


その一言は、思ったよりうれしかった。


ノートを見返す。好きな展開の配置図。すれ違いの位置、関係が動くタイミング、誤解が解ける場所。全部、読者としての三年間の蓄積だ。何もないところから書くわけじゃない。読んできたものが、そのまま設計の土台になる。


そこに、まる助の理屈を乗せる。


活動報告で読んだ感情導線の話。説明の抜き方。読者をどこで離してどこで掴むか。あの人が理屈として語っていたことを、自分の好きなジャンルで試す。師匠みたいに書くのではない。師匠の方法を使って、自分の好きなものを書く。


異世界恋愛なら、いける気がした。


読者として何が気持ちいいかは、体が覚えている。あとはそれを、自分の手で組み立てるだけだ。「だけ」と言えるほど簡単ではないことも分かっている。でも、怖さより先に「やってみたい」がある。


夜、PCの前に座った。


テキストエディタを開いた。白い画面。カーソルが点滅している。


一文目が出てこない。


何から始めればいいのか分からない。主人公の名前も、世界の設定も、まだ何も決まっていない。ノートには快楽設計の配置図があるだけで、物語の形はまだどこにもない。


十分くらい、カーソルの点滅を眺めていた。


それから、台詞を一つだけ書いた。


たった一行。物語の冒頭かどうかも分からない、ただの台詞。でも、文字が画面に現れた瞬間に、何かが変わった気がした。読む側にいた自分が、ほんの少しだけ、書く側に足を踏み出している。


まだ一行だ。上手いかどうかも分からない。最初は上手くなくて普通だと、師匠が言っていた。師匠。向こうは弟子を取っていない。でも私の中では、もうこの人は師匠だ。


こうして私は、相手の知らないところで勝手に弟子になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ