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師匠の小説は神作です。なのに私だけ人気が出ました  作者: まる助
第1章 この人に教わりたい
2/9

第2話 感想が長すぎる

翌日から、私の巡回先が一つ増えた。


まる助の作者ページ。過去作一覧、活動報告、感想返し。全部読んだ。読むつもりがなくても開いてしまう。過去作は五本あって、そのどれにも温度差がある。市場を意識して書いたものと、そうでないもの。書いている人間の迷いが、並びだけで見える。


活動報告はもっと面白かった。読んだ作品の感想、ジャンル分析、構造の話、タイトルの付け方、導線の引き方。


理屈っぽい。ひたすら理屈っぽい。だが雑ではなかった。自分が何をやろうとしていて、何がうまくいかなかったのかを、ごまかさずに書いている。


感想返しも丁寧だった。短いが、読者の言葉を受け取ったうえで返している。定型文ではない。毎回ちゃんと考えて返している。それが分かる返し方だった。


三年分の記録を、私は二日で読んだ。


「この活動報告、だいぶ理屈っぽい。でも嫌いじゃない」


大学の帰り道、カフェであかりにそう言ったら、向かいでアイスティーを飲んでいたあかりが目を細めた。


「何でそこまで読むの」


「そこに思想があるから」


「思想」


「うん。考えて書いてる人の思想。こういう人の文章って、裏側から読むと見えるものがある」


あかりは一度ストローを離して、私を見た。


「で、その人の作品、面白いの」


「面白い」


「じゃあ面白いでいいじゃん」


「面白いだけじゃ足りないんだよ」


言いながら、自分でもそうだなと思った。面白い、だけでは足りない。なぜ読みにくいのに読まされるのか、なぜ入口が狭いのにこっちの中に残るのか。それを言いたい。誰かに、できれば書いた本人に。


「この人、不親切なのに信頼できるんだよ」


「分からん」


「説明を抜いてるのに、雑じゃないの」


「もっと分からん」


あかりは真顔だった。だが別にうんざりした顔ではない。この子はいつもこうだ。分からないものを分からないと正直に言うだけで、私の熱量そのものは否定しない。


「つまり、好きなんでしょ」


「好き。めちゃくちゃ好き」


「それでいいじゃん」


それでよくないから困っている。好き、だけでは届かない。ちゃんと受け取ったことを、ちゃんと伝えたい。この人の文章がどう効いたのかを、こっちの言葉で返したい。


帰宅して、PCの前に座った。


感想を書こう、と思った。投稿サイトの感想欄から送れる。アカウントがいる。今まで閲覧専門だったから、アカウントを持っていなかった。


登録画面を開いて、ユーザー名の欄で止まった。


本名は使いたくない。今の名字も、昔の名字も、画面の上には置きたくなかった。何か、それらしい名前がいい。少し考えて「七瀬ユイ」と打った。響きがよかった。それだけの理由だった。


アカウントができた。感想欄を開いた。


「面白かったです」


と書いた。一行。これでいいはずだった。


だが指が止まらなかった。


「特に中盤の交渉シーンで主人公が沈黙するところ、あの間の取り方が」


消した。いきなり構造の話は重い。


「最初は正直、導入が読みにくいと思いました。でも」


消した。最初にネガティブなことを書くべきではない。


「最後まで読んで、冒頭の一文の意味が変わりました」


これはいい。残した。続きを書いた。


書いた。書いた。止まらなくなった。


あの場面の沈黙が効いた理由。説明を抜いているのに読者を置き去りにしない技術。視線誘導の巧みさ。伏線が回収されたときの、読者として膝を打つ感覚ではなく、胸の奥が静かに鳴る感覚。それを全部言いたかった。


気づいたら文字数が二千を超えていた。


「長い」


声に出した。自分でも分かる。感想としては明らかに長い。削ろうと思った。構造分析の部分を削った。だがその代わりに、「この作品が自分にどう残ったか」という段落が増えた。差し引きゼロ。いや、少し増えた。


もう一度削った。今度は冒頭のお世辞を削った。だが末尾に「もし創作について教えていただけることがあれば」という一文が足された。自分で足した。感想ではなく相談が混ざった。


文字数を確認した。二千八百字。


「増えてる」


おかしい。削ったはずなのに増えている。感想がいつの間にか読解レポートになり、読解レポートがいつの間にか創作相談を含み始めている。


翌日、あかりにスマホで下書きを見せた。


あかりはスクロールした。しばらくスクロールした。スクロールが終わらなかった。


「長い」


「分かってる」


「重い」


「分かってる」


「怖い」


「それも分かってる」


あかりはスマホを返しながら言った。


「これ感想じゃなくて意見書」


「敬意はある」


「余計こわい」


否定できなかった。自分でも分かっている。初対面の相手にこの文量を送りつけるのは、常識的に考えて重い。引かれるかもしれない。気持ち悪いと思われるかもしれない。


でも、短くすると嘘になる。


「面白かったです」だけでは、この作品を受け取ったことにならない。あの沈黙も、あの導線も、あの読みにくさの中にある意志も、全部こっちには届いていた。それを適当な言葉で丸めたくなかった。


「でも、適当に送りたくない」


あかりは少し黙った。それから「まあ、あんたらしいけど」と言った。


夜、もう一度だけ読み返した。直すところはまだある。でもこれ以上直しても多分短くならない。むしろ増える。


送信ボタンの上に指を置いた。


ここを押したら、まる助という人の画面に、七瀬ユイという名前の知らない人間から、二千八百字の感想が届く。面白かったですの一言で済むものを、構造分析と考察と、最後に「教えてほしい」まで書いた長文が届く。


重い。自分でも分かる。


押した。


画面が切り替わって、「送信しました」の文字が出た。


取り消しボタンは見当たらなかった。


送信ボタンの向こうに、たぶん私の次があった。


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