第10話 句点が増える
今度は気をつけよう、と思った。
「神作」は封印した。比較もしない。「師匠の方がすごい」系のことは言わない。安全な文面だけを書く。近況報告と、少しの感謝。それだけでいい。
メッセージの下書きを書いた。
「最近、感想の傾向が少し見えてきました。距離感を褒めてくれる読者が多いです。師匠の教え、かなり効いてます」
控えめにしたつもりだった。比較はしていない。神作とも言っていない。ただ近況を報告して、教えが活きていると伝えただけ。
あかりに見せたら「いや全然安全じゃない」と言いそうな気もしたが、見せなかった。送った。
返信は二日後に来た。前回は翌日だった。一日遅い。たぶん気のせいだ。忙しかったのだろう。
「読者の反応を見て修正できるのは強みです。七瀬さんの作品の強さ:入口の設計。感情導線。引き続き読者の反応を大事にしてください。」
丁寧だった。内容も誠実だった。褒めてもいる。強みを言語化してくれている。入口の設計。感情導線。いつもの師匠の理屈っぽさで、いつもの正しさで返してくれている。
何も問題はないはずだった。
でも、私は見えてしまった。
句点が多い。
前の返信と比べて、一文が短くなっている。以前は「七瀬さんの作品は入口が軽くて、感情の見せ方が早い分、読者が離脱しにくいんだと思います」のように一文の中に説明が流れていた。今回は「入口の設計」「感情導線」と、句点で切っている。
読み返した。もう一回読んだ。
考えてから書いている。
以前の返信には、少しだけ温度があった。理屈っぽいけれど、こちらの言葉を拾って返す手触りがあった。今回は、手触りではなく、構成がある。考えてから書いている文章だ。感情で書いた文ではなく、一度整理してから出している文だ。
「これ、なんか……前より固い?」
声に出した。自室で一人で、スマホの画面に向かって言った。
たぶん、普通に読めば何も引っかからない。丁寧で、誠実で、内容も正しい。でも私は三年間、文章を読み続けてきた人間だ。活動報告を三年分読んだ人間だ。この人の文章の温度を、たぶん知っている。
翌日、大学の昼休みにあかりに話した。
「師匠の返信、ちょっと変な気がする」
「変って?」
「句点が多い」
あかりがポテトを一本つまんだまま止まった。
「句点」
「うん。前より句点が増えてる。一文が短くなってる。文の接続が整理されすぎてる」
「……それ、もう小説の分析のやり方じゃん」
「いや、でも文章って出るじゃん。書いてる人の状態が。語尾の選び方とか、文の長さとか、助詞の使い方とか」
「出るけど、そんなに読まなくていいものまで読んでる」
その通りだった。でも止められなかった。
帰宅して、過去の返信を全部並べた。
一番最初の返信には、「読んでますね」と「最初は上手くなくて普通です」が同じ流れの中にあった。短いが、こちらへ向かってくる文だった。
報告したときの返信には、「届く形にしたのは七瀬さんです」があった。師匠の手柄にせず、こちらの力として切り分けている。理屈だが、受け取ってから返している文だった。
神作メッセージのあとの返信から、文が切れ始めた。「比較。」「あまり意味がないです。」句点が一つずつ壁みたいに立っている。短文の連打だった。
今回の返信は、もっと整理されていた。入口の設計。感情導線。強み。項目ごとに畳まれて、ブロックみたいになっていた。
並べると分かる。文が固くなっている。
感情が減っているというか、感情を畳んでいる。書く前に一度整理して、整理したものだけを出している。以前は考えながら書いていた文が、今は考え終わってから書いている文になっている。
「気のせいかもしれない」と思った。
思ったが、気づいてしまったものは消えなかった。
師匠は崩れていない。理屈も正しい。言葉も誠実だ。何も間違っていない。でも、その"間違っていなさ"が少しだけ怖かった。
たぶん私は、気づかなくてもいいことに気づき始めていた。




