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師匠の小説は神作です。なのに私だけ人気が出ました  作者: まる助
第3章 うれしいのに、喜びきれない
9/9

第9話 神作って言うな

七瀬ユイの人気が、少しずつ安定してきた。


新しい話を更新するたびに感想がつく。ブックマークも増える。初期の「一件で大事件」だった頃とは、もう反応のリズムが違った。読者がいる。待っている人がいる。その事実が、更新一覧の向こうにちゃんと見える。


感想の読み方も変わった。最初は全件スクショだった。今はスクショの前に分類が入る。この「好き」は場面に向いている。こっちの「好き」は距離感に向いている。この「続きが楽しみ」は引きの効果で、こっちは関係性への期待。


「この感想、“好き”の主語が場面じゃなくて距離感だ」


自室でスマホを見ながら呟いた。誰もいないのに、声が出た。分析精度が上がっている自覚はある。普通に怖い自覚もある。


でも、うれしい。かなりうれしい。


うれしいから、師匠に言いたくなった。


メッセージ画面を開く。まる助宛て。気分が良いので指が軽かった。近況を書いて、反応の傾向を少し書いて、その流れのまま自然に師匠の作品の話になった。


「師匠の小説、やっぱり神作なんですよ」


書いた。本心だった。


「私、何回読んでもあれに勝てないです」


これも本心だった。


「だから、今読まれてるのちょっと意味わかんないです。師匠の方が絶対すごいのに」


全部、本心だった。勝ち負けの話をしているつもりは一切なかった。師匠のすごさを師匠に伝えたい。それだけだった。あの小説がなければ今の私はいない。その事実を、ちゃんと届けたかった。


送信した。


送った瞬間は、むしろ満足していた。よし、言いたかったことをちゃんと言えた、と思った。


返信は翌日の夜に来た。


「ありがとうございます。ただ、比較。あまり意味がないです。読者が求めるものと、自分が書きたいもの。別の話です。届く形にできているのは七瀬さんの力。それは自信を持ってください。」


丁寧だった。礼儀正しかった。言っていることは正しい。比較に意味はない。届く形にしたのは私の力。全部その通りだった。


「大人だ……」


思わず感心した。崩れない。理屈が崩れない。感情を乗せすぎず、でも雑にもならない。この人は、こういうところがずっと信用できる。


翌日、大学であかりにその話をした。


「神作って言った」


あかりの箸が止まった。


「何で」


「え、だって神作なんだよ」


「それを本人に言ったの」


「言った。あと、勝てないって言った。あと、なんで私の方が読まれてるか分かんないって言った」


あかりが長く息を吐いた。サラダのドレッシングをかける手まで止まっていた。


「それ、かなり地雷だよ」


「え?」


「だって考えてみて。相手も書いてるんでしょ。しかもあんたより長く」


「うん」


「その人の作品が、今のあんたより全然読まれてないんでしょ」


「うん。でも師匠の方がすごいんだよ」


「それを、読まれてる側の人間が言うのがまずいの」


意味が分からなかった。本当のことしか言っていない。師匠の小説はすごい。私のより深い。私のより本気だ。私はそれを分かっていて、敬意を込めて言った。何がまずいのか、本気で分からなかった。


「でも本当のことだよ?」


「本当のことだから、余計まずいんだって」


あかりは普段より少しだけ真面目な顔をしていた。冷笑ではない。心配に近い顔だった。


「あんたの敬意が本物なのは分かる。でもそれ、受け取る側によっては、たぶん効き方が……」


あかりはそこで言い切らず、肩をすくめて箸に戻った。全部は言ってくれなかった。言わなかったぶん、私の側で考えないといけなかった。


褒めているつもりの言葉が、相手の立ち位置によっては別の意味を持つ。本当のことだからこそ、言われた側には逃げ場がなくなることがある。自分で言葉にして、ようやく分かった気がした。


私が無条件に安全だと思っていた言葉は、相手にとっても安全とは限らないらしい。


まる助の返信を読み返した。


「比較はあまり意味がないです」


あのとき感心した一文が、少しだけ違って見えた。あれは大人の余裕で書いたのではなく、あの場でそう書くしかなかったのかもしれない。


考えすぎかもしれない。師匠はもともと、落ち着いていて、理屈っぽくて、感情をそのまま出さない人だ。あの返信は、ただの平常運転かもしれない。


でも、あかりの言葉が消えなかった。


本当のことなのに、使ってはいけない言葉があるらしかった。

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