第11話 人気者の顔が暗い
七瀬ユイの連載が、週間ランキングに入った。
日間ではなく週間。しかも異世界恋愛部門だけではなく、総合の方にも名前が出た。ブックマークは二百を超えた。感想は五十件を超えた。
更新するたびに反応が返ってくる。待っている読者がいる。期待している人がいる。
数字を見て、うれしいと思った。それは嘘ではない。自分の文章が届いている。読者が反応してくれている。書いたものが形になって、誰かに届いている。それはうれしい。
でも、うれしいの後に何かが来る。
朝、アクセスを確認する。数字が伸びている。うれしい。そのあと、ほんの少しだけ沈む。沈む理由がはっきりしない。沈むという表現も正確ではない。置き場がなくなる感じに近い。
大学に行った。あかりと学食に座った。
「かなり読まれてるよね」
あかりが普通に言った。私のスマホ画面を見たわけではない。以前に話した内容から推測しているのか、あるいは私の態度から読み取っているのか。
「うん。かなり」
「すごいじゃん」
「うん。すごい。ありがたい」
言葉にすると全部正しいのに、声が弾まなかった。
あかりが私の顔を見た。しばらく見て、それからポテトを一本取った。
「人気ある人の顔じゃない」
「え?」
「なんか暗い」
「暗くないよ。うれしいよ。かなりうれしい。でも……」
「でも、がある」
うまく言えなかった。うれしいのは本当だ。でも、そのうれしさを全部出せる場所が限られている。あかりの前なら出せる。レナの前でもたぶん出せる。読者の前でも出せる。
師匠の前だけ、出せない。
それだけなら、私個人の気まずさで済む。でも、読者はもう待っている。更新すれば感想がつく。次を期待してくれる人がいる。喜べないから止まる、というわけにはいかない場所に、いつの間にか立っていた。
あかりがポテトを噛みながら言った。
「何その、"推しが売れた古参オタク"みたいな顔」
かなり本質に近い表現だった。でも、私にとっては「推しが売れた」ではなく「推しが売れてないのに自分が売れた」だから、もっと複雑だった。
レナにメッセージを送った。少し相談がある、と。
レナの返信は早かった。
「何」
「師匠との距離感がよく分からなくなってきた」
「それ、読まれてる側になるってことだよ」
レナは相変わらずドライだった。
「届いたなら受け取っていい。読まれることまで引っ込める必要はない。ただ、受け取った分、次を出す責任も出る。遠慮して引っ込むと、読んでる人まで宙ぶらりんになるよ」
正しい。レナの言うことはいつも正しい。実際に人気が出ている人の言葉だから、説得力もある。
「自分の作品が届いたのは事実でしょ。それを喜ぶのは普通のことだよ。もし相手がそれで気まずくなるとしても、七瀬さんが読者の前から引っ込む理由にはならない」
理屈は分かる。だが、そうじゃない気がした。
「そういう問題じゃない気もする」
「じゃあ何が問題なの」
「分からない。分からないから困ってる」
レナは少し黙って、それから言った。
「まあ、考えすぎなところはあると思う。でも七瀬ユイの場合は、考えすぎが作品に効いてるタイプだから、止めろとも言えないんだよね」
優しい言い方だった。レナにしては。
帰宅して、自室でPCの前に座った。
今日も感想が増えていた。ブックマークも増えていた。読者が反応を返してくれている。その全部がうれしい。本当にうれしい。
でも、師匠の前にそれを持っていくと、空気がずれる。前回の返信も、その前の返信も、言葉は正しかった。内容も誠実だった。でも句点が増えていて、感情が畳まれている気がした。
人気が出たこと自体は否定したくない。書けるようになったことも否定したくない。読者が待ってくれていることも、嘘にしたくない。その数字は、もう自分だけの気分ではなかった。
ただ、師匠の前でその責任をどう持てばいいか分からない。
師匠から受け取ったものを使って、自分の場所に立つ。それが、思っていたより難しかった。




