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心願成就(前編)~兄の面影

 駅前の閑散とした商店街の路地裏に郵便ポストがあった。古い赤色鉄製の円筒形のポストで、明治の頃に活躍したポストだと言う。年寄でも見たことがあるものはほとんどいないだろう。

 ポストは、お願いポストと呼ばれていた。


――願いごとを手紙に書いてポストに入れると叶えてくれる。


 そういう言い伝えがあった。「お願いポスト様」宛に、願いごとを書いて、代わりに、一番、大切にしているものを差し出せば願いを叶えてくれると言う。


 お願いポストの噂を聞いた時、


――あの写真を取り戻したい!


 と思った。

 私には兄がいた。子供の頃に病気で死んでしまった。兄の写真は何枚か残っているが、私と二人で撮った写真は一枚しかなかった。

 兄が小学校に上がる時に、制服を着て、ランドセルを背負って玄関の前で撮った写真だ。兄の隣で私は不機嫌な顔をして写真に写っている。


――あなたがランドセルを背負いたいと言ってお兄ちゃんを困らせたのよ。


 と母が教えてくれた。兄の晴れ姿だ。ダメ! と母に止められてしまったので、私は不機嫌な顔をしているのだ。

 大事な、大事な写真だった。

 その写真を私は赤いブランドものの財布に入れて、辛い時、困った時に眺めていた。晴れやかな兄の顔、不機嫌な私の顔を見ていると、つい可笑しくなってしまい、気が晴れ晴れとするのだ。

 私にとって、兄との写真は元気の源だった。

 その大切な写真を失ってしまった。

 満員電車の中で財布を掏られてしまった。現金はそう多くなかった。カードや運転免許証を無くしてしまったことは当然、ショックだったが、一番、ショックだったのは兄との写真を失ってしまったことだった。

「中身を抜き取って、財布は捨ててしまうので、財布は出て来ることがありますよ」と交番のお巡りさんは言ってくれたが、財布は出て来なかった。

「石ころを詰めて、池や川に投げ込んでしまったのかもしれませんね」とお巡りさんは気の毒そうに言った。

 写真のことは、あきらめるしかなかった。

 月日は思い出を風化させてしまうが、時に際立たせてしまうことがある。写真を失った悲しみが癒えず、悶々としていた時、お願いポストの噂を聞いた。

 藁にも縋る思いで、手紙を書いた。


 お願いポスト様。

 亡き兄と二人で撮った写真を財布に入れていたところ、財布を掏られてしまいました。結局、財布は出て来ませんでした。とても大切にしていた写真です。兄と一緒に撮った一枚切りの写真でした。財布に入れていたことを後悔しない日はありません。

 あの写真をもう一度、手にすることが出来るなら、今、一番、大事にしているバッグを差し上げます。昨年のボーナスで自分へのご褒美に買ったブランドもののバッグです。写真を取り戻すことが出来るなら、バッグを失っても構いません。


 会社帰りに駅前の商店街に行き、お願いポストを探した。

 人通りの少ない商店街で、裏路地を歩くのは勇気がいった。日暮れと商店街はどんどん暗くなって行く。お願いポストを探し当てた時には、辺りは真っ暗だった。


――お願い。写真を返して!


 手紙を投函しながら、私はポストに祈った。


 家に帰り着く頃には、すっかり夜になっていた。

 ビビっと携帯電話が震えた。バッグから携帯電話を取り出す。携帯画面を見ると、「心願成就」とメッセージが来ていた。


――心願成就? 一体、誰が送って来たのかしら。


 メッセージアプリを開いてみたのだが、メッセージは一件も受信していなかった。消えて無くなっていた。


――見間違い?


 メッセージのことは、そのまま忘れてしまった。

 家に帰り、バッグの中のものを全部、テーブルの上に出した。そして、買った時に入っていたお洒落な箱にバッグを仕舞った。

 箱はテーブルの上に置いておいた。

 翌朝、起きた時、テーブルからバッグが消えていた。夜、寝る時は確かにバッグの入った箱がテーブルの上に置いてあった。


――お願いポストが持って行った⁉


 と思った。

 そして、テーブルを見ると、バッグの中に入っていたものに混じって、一枚の写真があった。

 兄と一緒に写った、あの写真だった。


――お兄ちゃん。


 私は写真を胸に抱いた。

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