取引成立(後編)~遊園地
駅前の寂れた商店街の路地裏に、古びた郵便ポストがあった。背の高い、帽子を被ったような郵便ポストで、気がついた時には、ここに立っていた。
このポストは、お願いポストと呼ばれていた。
――願いごとを書いてポストに入れると叶えてくれる。
そういう言い伝えがあった。
うちにはお父さんがいない。お母さんが働いて、僕を育ててくれている。だから、うちでは贅沢が出来ないことくらい、僕にだって分かっていた。
郵便ポストにお願いしたいことが、沢山ある。だけど、お願いをするには、代わりに自分が一番、大切にしているものを奪われてしまう。そうなると、迂闊にお願いなんて出来なかった。
友だちは皆、最新のゲーム機をもっている。
放課後、前は皆、公園で陽が暮れるまで遊んでいたのに、最近は、学校が終わると、一目散に帰宅してしまう。ゲーム機で遊びたいのだ。
友だち同士で通信したり、家に集まって遊んだりしているようだが、ゲーム機を持っていない僕は仲間外れだった。
ゲーム機が欲しく、欲しくてたまらなかったけど、とても高価なものなので、ママに買ってとねだることが出来なかった。
だから僕はお願いポストにお願いすることにした。
だけど、何を代わりに差し出すかで悩んでしまった。僕にはお願いポストに差し出すことができるようなものを持っていなかった。
考えに考えたけど、何も思いつかなかった。
お願いポスト様。
うちはお父さんがいないので、あまりお金がありません。最新のゲーム機を買って欲しいとママに言えません。お願いポスト様。最近のゲーム機をください。
でも、僕には代わりに差し上げるものがありません。一番、大切にしているのは、ママと遊園地に行った時の思い出だけです。他には何もありません。消えてしまうのは惜しいのですが、思い出でも良いのでしょうか?
そう手紙を書くと、僕は駅前に向かった。
歩いて二十分ほどかかる。放課後、僕は駅前まで歩いた。人通りの無い商店街を歩いて行き、路地裏へ足を踏み入れた時は、心臓がどきどきした。
お願いポストをみつけて、手紙を投函した。
――お願いポストさん。どうか、僕の願いを叶えてください。
そう手を合わせた。
帰り道、歩道を塞ぐように看板が斜めになっていた。そこには「取引成立」と大きく書かれていた。
朝、目が覚めると、机の上に最新のゲーム機が乗っていた。
――お願いポストが願いをかなえてくれたのだ!
僕は飛び上がって喜んだ。
そうだ。最新ゲーム機の代わりに、僕はママと遊園地に行った思い出を差し出したのだった。遊園地に行った時のことを思い出そうとしたけど、何も思い出せなかった。
――大切な思い出だったけど、最新ゲーム機と引き換えたのだから仕方が無い。
そうあきらめるしか無かった。
授業中、ずっとゲーム機のことばかり考えていた。授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、僕はランドセルを抱え、走って下校した。
家に戻ってゲームで遊んだ。
面白い。時間が経つのを忘れた。夢中になって遊んでいると、
「何、それ! どうしたの⁉」
と背後から声がした。ママだ。ママが帰って来たのだ。ゲームに夢中になっていて、全然、気がつかなかった。
僕が最新のゲーム機で遊んでいるのを見て、ママは不審に思ったらしい。それはそうだ。高価なものだ。僕がどうやってゲーム機を手に入れたのか心配になったのだ。
嘘はつけなかった。
僕は正直にお願いポストに手紙を書いてゲーム機を手に入れたこと、そしてゲーム機の代わりにママとの大切な思い出、遊園地に行った楽しい思い出を失ってしまったことを話した。
「そう・・・」
ママは一瞬、悲しそうな顔をした。
「ごめんなさい。大切な思い出だったのに・・・ううっ・・・」
僕は泣き出してしまった。
「そうじゃないのよ。あなたがそこまでして欲しかったものを買ってあげることができなかったことが悔しかっただけ」
ママはそう言った。
そして、「ねえ、今週の日曜日に遊園地に行こうか?」と僕の頭を撫でながら言った。
「うん」
僕は大きく頷いた。
そうだ。ママとの大切な思い出は、これからだってつくることが出来る。




