されど、いつかの日々が
「ねぇ、ちょっと。見つかっちゃうよ?」
私は声を潜めて彼を咎める。彼の屋敷の裏で、月明りだけが照らす夜道で、ひっそりと抜け出してきた彼が私を急に抱きしめるものだから、はしたないと思いながら、まぁでも、少しうれしく思う私も私だけれど、ともかくとして、私はびっくりした。まぁ、何人かにはもう既にバレているとは思うけれど。
それでも構わずに、私をきつく抱き続ける。まるで、失うことを恐れる子供のように無言で抱きしめ続ける。
「もう、どうしたの?」
仕方ないなぁと思う暖かな心が口調に出てしまう。彼をなだめるように背中をポンポンと叩く。
しかし、おかしい。彼をなだめているはずなのに、私ばかりが、目を細めてしまう。
すると、普段から無口な彼が唐突に口を開く。
「○○○、きっと貴女のいない世界には光などないでしょう」
彼が私の名前を呼ぶ。それだけで、心に綿毛は生えて、空へふわふわと浮き上がっていくようだった。対照的に彼は、真剣そのものだった。もちろん私にも、彼の言葉の意味は分かっている。だから真剣に返そうと思う。
「…私はね、この村が好き」
ああ、彼が怪訝そうな顔をしているのが分かる。でもごめんね。もう少しだけ続けさせて。
「団子屋さんのさっちゃんが好き。幡屋の兼五郎さんが好き。代吉おじさんは、ちょっと厳しい所はあるけどね。でも好きだよ。春に東台で咲く桜が好き。夏の帯流川の冷たさが好き。秋は黄金色の田んぼが好き。冬は、静かな雪の森が好き」
「ここにはね、私の好きが沢山ある。だから、私はこの村の中にいれて、本当に良かったと思ってるの。」
「だから、貴方は、この村を、この世界を、ちゃんと守っていくんですよ」
約束ですよ、とここまで言い切って私は彼を見上げる。私なりの精一杯の返事だったのだけれども、伝わっただろうか。
すると、彼は、月明りでも分かるほど、もにょもにょと照れ臭そうにしている。まったくもって、本性が小心なのだから。もっとしっかりとしてもらわないと。
耳まで熱い自分自身を棚に上げつつ、もう一度、彼に寄り添う。
あぁ、巫女失格だなぁ。
このまま、朝日が昇らなければ良いのにね。
月に雲がかかり、暗くなる闇夜の中で、私は確かに彼の隣にいた。




