泣き虫の唄を歌う。
私は、彼の背中が見えなくなるまでは、何とか笑って過ごせたと思う。夜の闇に紛れられたのも、功を奏したというものだ。いまが昼だったら、彼には見抜かれてしまう。
私が、泣きそうな顔をしていることを。
もう駄目だった。堰を切ったように涙が溢れだして止まらなかった。元から叶わぬ恋であることは知っていた。今回みたいな大事件が無くても、きっといつかは終わっていた。もっと普通の理由で、もっと普通に私たちは他人に戻っていた。
それでも、都合のいい嘘でも、ただの夢物語でも、あなたの隣にいたい。
奥歯をかみしめて、鳴き声を嗚咽に変える。ごめんね。でも、駄目なんだよ。私の恋は叶えてはいけないのだから。
だから、ゆっくりと絡まってしまったこの心を、同じくらいゆっくりと、この笄で解きほぐしていくしかないんだよ。
この村を守りたいのも本当、でも、貴方が一番大切なのも本当。それを天秤にかけて、世間体とか未来とか、そんな色々が積み重なった先、御役目の方が、ほんの少しだけ重かった。だから、貴方への想いを、嘘にしようと思ったの。
これは勘違いで間違いだったんだって。
でも、そう思えば思うほど、貴方が愛おしくてたまらない。もう叶わないのに、願うだけ辛いのに。
あの人が見えなくなった先に手を伸ばして、いかないで、と願う。君が帰ってきて、この檻を壊して、どこまでも二人だけで逃げてゆく。朝露のことを君に尋ねたりなんかしないから、どこか遠くで、貴方と二人で農民にでもなるの。朝は私が起こして、昼は一緒に働こう。夜は同じ布団で寝よう。刀を桑に持ち替えて、鈴を針に持ち替えて、私たちで支え合って生きていく。まるですぐ手元にあるかのような夢物語。叶ってほしくて、でも叶ってほしくない。
私は力なく手を戻して、代わりに震える指先で祈る。
どうか、あの人の今後が穏やかな物でありますように。
そう祈ろうとしたら、胸がズキズキと痛んだ。あの人が、私がいなくなっても笑ってほしいけど、それでも、やっぱり、もう一度くらいは会いたい。いや、嘘。ずっと一緒にいたい。でも、叶わないから、それなら、少しくらいは、
いつの日か、あの人の夢で逢えますように。
『間隙』
願へども 蛍と散りし 我が身かな 朽ちたる草も 枕に立ちつつ
―詠み人知らず




