朽ちたる草は蛍となりて
私の手元には、蛤の薬入れが小さく握られている。
あれから、何年たっただろうか。みてくれ。今年はこんなにもたくさんの稲穂が垂れている。
あの日、君が守りたいといったこの村は、ちゃんと美しいままだよ。それでも、贄として差し出されると決まったのに、あの時の君は、なんで泣きもせず、ただ謹んでお受けいたしますと言ったのだろうか。
どうして最後まで、笑って私の背を押してくれたのだろうか。
問うても詮無きことと知りながら、されども、聞きたいと願う。
あなたは、豪族として返り咲いた私を、褒めてくださいますか?
あなたは、私といて、幸せでしたか?
どれだけ問うても、ただ、少し早めの秋風が、ざぁぁと、私の胸を吹きすさんでゆくだけだった。。
その夜、私は蛍の舞う水辺の夢を見た。
その静かな流れの川の立ち並ぶ澪標の向こうに、見覚えのあるような影が立っていた。その流れるような黒髪は、なで肩は、背丈は、あのころから変わらない、愛しいあの人に似ていた。
あれは、と思う間もなく、何百羽の蛍の光が鮮烈に輝きだし、目がくらんでしまった。目を開けた時には、もう夢は終わっていた。
そうか。もう朝か。と思った。いつも通りの朝だった。庭に朝日が差し込み、縁側、格子、畳に布団、全てを新たな一日の光で照らしていく。しかし、私の顔までは、まだ照らされていない。だから、私はまだ夢の名残の中にいた。
だから、私の袖が濡れるまで気付かなかった。
なぜ、私は泣いているんだろうか。




