第119話:重ね合わせの影
王都外郭の資材集積所は、工事で出た廃材や一時保管の資材が雑然と積み上げられ、泥と金属の匂いが入り混じる場所だった。
人の出入りはあるものの、広い敷地の隅々まで目が届いているわけではない。
俺たちは、シィが目をつけた奥まった区画へと足を踏み入れた。
「ボス、こっちだ」
シィが指し示したのは、積み上げられた木材の陰にある積込スペースだった。
その一角には、古びた木枠や金属片がいくつか残されていた。過去に資材の搬出や梱包に使われ、そのまま処分されずに放置されたものだろうか。
周囲には擦れた跡や泥汚れが目立ち、どれも長く使われたか、あるいは何度か移動させられたように見える。
「これ、少し気にならないか?」
ガルドが、厚手の木枠を指差した。
俺たちはその周囲に集まった。
木枠の内側には、いくつもの切れ込みが設けられている。底面には溝が三箇所あり、それぞれの配置には一定の規則性があった。さらに、部材を支えると思われる面には、斜めに削られた部分がある。
「普通の箱とは、ずいぶん形が違うな」
ガルドが木枠の縁に触れた。
「中に何かを固定して運ぶためのものだろうか。少なくとも、何でも放り込めるような作りじゃねえな」
「何かの形に合わせて加工された可能性はありそうね」
シィも身をかがめ、内側の溝を観察した。
「でも、これだけでは何を固定していたのかまでは分からないわ」
「ああ。まずは形状を記録しておこう」
俺は手帳を取り出し、木枠の全体像と、内側の溝や傾斜の位置を書き留めた。
ガルドが手元の金属尺を使って寸法を測り、俺がその数値を記録する。測定できた部分については、溝の間隔や傾斜の角度も控えた。
「この面、だいたい三十度くらいか」
俺は、斜めに削られた部分を確かめながら呟いた。
三箇所の溝。約三十度の傾斜。
その組み合わせが、妙に気にかかった。
◆
俺は、木枠の内側をもう一度見つめた。
三箇所に分かれた固定溝と、一定の角度を持つ保持面。
それらを目にした瞬間、頭の奥に、忘れたはずの記憶がよみがえった。
(……三十度の保持角。三極からの流入を一点に収束させる配置……)
前世の高校時代。
俺が妄想ノートに書き殴っていた、架空の古代機関。
『三極収束式・魔力励起炉』。
その設定には、魔力を三方向から集束させる構造と、内部の増幅機構を固定するための配置を記していた。
もちろん、現実に作るための設計図ではない。頭の中で考えた設定を、それらしく見える数値や図にして書き連ねていただけだ。
それなのに。
(……どうして、こんなところに……)
俺は木枠の三箇所の溝を、順番に目で追った。
配置の仕方。傾斜の角度。
細部まで同じだと断言できるほど、すべてを確認したわけではない。そもそも、目の前にあるのは木枠であり、ノートに描いた機構そのものではない。
それでも、特徴的な部分が重なっていることは否定できなかった。
地下で見た装置だけではない。
王都外郭の資材集積所に打ち捨てられた、用途も分からない木枠にまで、俺が前世で考えた構造を思わせる特徴が残されている。
(偶然……なのか?)
背筋に冷たいものが走った。
自分の頭の中だけに存在していたはずの空想。
それが、なぜこの世界の現実と、これほど似た形を取っているのか。
答えは出ない。
だが、目の前の木枠を見なかったことにするのも、もう無理だった。
「ボス?」
ガルドの声に、俺ははっと顔を上げた。
「どうした? さっきから、ずいぶん黙り込んでるぞ」
「……いや。少し気になることがあってな」
俺は動揺を押し隠し、もう一度木枠に目を向けた。
「この配置、どこかで見た覚えがあるんだ。ただ、まだ確かなことは言えない」
「見覚えがある、か……」
ガルドは木枠を見直したが、それ以上は追及しなかった。
俺は手帳に視線を落とした。
まずは、現物の特徴を正確に記録する。それから、記憶の中にある構想と照らし合わせる。
今はそれ以上のことを考えても、答えにはたどり着けない。
◆
木枠の観察を続けていると、俺は底面の一角に、ほかとは異なる削り跡があることに気づいた。
溝の縁が不自然に削られ、木肌が露出している。
その周辺には、もともとの加工とは違う手が加えられたようにも見える跡が残っていた。
「こっちにも、何かあるな」
俺が指差すと、シィもそばに寄った。
「確かに、ここだけ少し形が違うわね。最初からこういう作りだったのか、後から削られたのかは分からないけれど」
「ああ。ここも記録しておこう」
俺は削り跡の位置と形状を手帳に書き加えた。
前世のノートに記した構想では、増幅機構の固定部位に一定の配置を想定していた。魔力圧を逃がすための余白も、その構想の一部だった。
しかし、目の前の木枠に残る削り跡が、その余白に相当する部分と同じ意味を持つのかどうかは分からない。
そもそも、この木枠が何を固定するために作られたのかさえ、まだ確定していないのだ。
(似ている部分がある。だが、説明できない部分もある……)
一致しているように見える特徴と、現物だけでは説明できない違い。
どちらも、今の俺にとっては無視できない情報だった。
「この木枠が何に使われたか、ここだけで判断するのは難しいな」
俺が言うと、シィも頷いた。
「ええ。特殊な形の部材を固定していた可能性はあるけれど、今回の特注継手を運ぶためのものだったとは限らないわ。別の取引で使われた可能性もある」
「そうだな。場所が同じ集積所だからといって、これまで追ってきた荷と結びつけるのは早い」
俺は木枠の全体像、三箇所の溝、傾斜の角度、そして不自然な削り跡を、手帳に整理して記録した。
木枠の発見は、新たな手掛かりになるかもしれない。
だが、それが何を意味するのかは、まだ分からない。
◆
「ボス、記録はまとまったか?」
ガルドに尋ねられ、俺は手帳を閉じた。
「ああ。寸法と形状、それから気になる削り跡も記録した。後で改めて比較できるようにしておく」
「なら、ほかの場所も確認しておこう。ここだけ見ていても、何があったのかまでは分からないからな」
「ああ。ほかの痕跡と、これまでに集めた証言も照らし合わせる必要がある」
俺はもう一度、木枠を振り返った。
この木枠が特注継手と関係しているのか。
誰が、何を固定するために作ったのか。
そして、なぜ俺の記憶にある構造と似た特徴を持っているのか。
疑問は増えたが、答えはまだ一つも出ていない。
前世のノートと現実が重なる理由についても、俺自身、説明できる材料を持っていなかった。
だからこそ、目の前の現物を、自分の記憶だけで解釈してはいけない。
まずは、見たものを記録する。
ほかの証言や資料と照合し、確かめられることと、まだ分からないことを切り分ける。
俺は手帳を懐にしまい、仲間たちとともに集積所の調査を続けた。
この木枠が何を運び、どこから来たのか。
そして、ノートに記した構造と現実の一致が何を意味するのか。
その答えは、まだ見えない場所にあった。




