第120話:断絶の先へ
王都外郭の資材集積所を調べた翌日、警備組織に提出していた資料について、第二報がリィネを通じて届いた。
「別倉庫から取り寄せられた該当年度の資材台帳について、初期の照合が完了したそうです」
作業室の机に、リィネが受け取った書面の控えを置いた。
「台帳の記載内容と、バルトロ技師が提出していた手配書の内容は一致していたとのことです。ただ、手配書には『委託業者の手配完了』と記されているだけで、実際に荷を受け取った人物の氏名や、最終的な引き渡し先を特定できる記録は見つからなかったそうです」
「手続き上は問題なく処理されているが、荷を直接受け取った相手までは分からない、か……」
ガルドが腕を組んだ。
「はい。警備組織は引き続き関連記録の確認を進めているそうですが、少なくとも今回照合された書類だけでは、受取人の特定は難しいとのことです」
リィネの報告を聞きながら、俺は手帳を開いた。
記録の所在は判明し、照合も進んだ。警備組織の調査は、着実に前へ進んでいる。
それでも、書類に記録された手配の事実と、現場で実際に行われた荷の受け渡しは別の問題だった。
誰が手配を依頼したのか。
どの業者が運搬を引き受けたのか。
そして、実際に誰の手へ荷が渡ったのか。
記録が残されている範囲では、最後の問いに答えが出ていない。
「公的な調査に落ち度があるわけじゃない。書類から分かることと、現場で確かめなければ分からないことがあるんだ」
俺の言葉に、仲間たちが頷いた。
「警備組織には、引き続き記録を調べてもらおう。俺たちは、現場で何が起きていたのかを追う」
◆
俺たちは、これまでに得られた手掛かりをテーブルの上に並べ、改めて整理することにした。
まずは、工房『双頭の槌』の出荷記録と、現場の受領記録にある数量の食い違い。
十二個が出荷されたのに対し、受領記録に残されているのは十個。残る二個がどこへ行ったのかは、まだ分かっていない。
次に、工房で特注継手を受け取った、正規の運送業者とは異なる人物についての証言。そして、第四点検坑口周辺で目撃された資材運搬。
さらに、取引に関係する書類に残されていた、見慣れない記号。
最後に、王都外郭の資材集積所で見つかった、特定の形状に合わせて加工された木枠。
「……ボス、一つ確認しておきたいんだが」
ガルドが、木枠の概略図を指差した。
「集積所にあった木枠や、別の取引で記録されていた荷の載せ替えが、今回の特注継手と同じ流通経路だったと決まったわけじゃねえんだよな?」
「ああ。そこは切り分けて考える必要がある」
俺は頷いた。
「今のところ、確認できているのは、正規の運送経路とは別に荷が引き継がれていた事例があること。そして、集積所に特殊な形状の部材を固定するためと思われる木枠が残されていたことだ」
俺は手帳に目を落とし、続けた。
「それぞれの手掛かりが今回の件につながっている可能性はある。だが、すべてが同じ人物や組織に結びつくと判断するには、まだ証拠が足りない」
「木枠の加工跡も、そうですね」
ミリスが概略図を覗き込んだ。
「後から手を加えた可能性はありますが、何のために加工されたのかまでは分かりません。実際に何を運んでいたのかも、今の段階では特定できませんね」
「ああ。だからこそ、現場の痕跡だけで結論を急ぐわけにはいかない」
「でも、手掛かりが無意味だというわけじゃないわ」
リゼリアが静かに口を開いた。
「書類の照合だけでは見えてこない荷の動きがある。そこを追っていけば、今まで分からなかったことが見えてくるかもしれない」
「そうだな。今は、点と点をつなぐための材料を集めている段階だ」
俺は、テーブルに並んだ記録を見渡した。
出荷数と受領数の食い違い。
正規の運送業者とは異なる人物。
集積所付近での荷の引き継ぎ。
そして、出所の分からない記号。
一つひとつは、まだ決定的な証拠ではない。
だが、どれも無視できない手掛かりだった。
◆
仲間たちが調査記録を整理する中、俺は手帳の別のページに目を落とした。
そこには、集積所で見つけた木枠について、寸法や固定溝の配置、不自然な削り跡を記録してある。
(……三十度の保持角と、三箇所の配置)
前世の高校時代。
妄想ノートに書き殴った『三極収束式・魔力励起炉』の構想。
その増幅機構を固定するために考えた設計と、目の前で確認した木枠の構造は、驚くほどよく似ていた。
俺には、偶然と片づけるには気になる点が多すぎた。
だが、木枠には、ノートに記した構造とは異なる削り跡も残されていた。
一致している部分と、説明できない部分。
その両方が、俺の中に新たな疑問を生み出している。
(なぜ、俺の記憶にある構造がこの世界に存在する? そして、あの違いは何を意味しているんだ……)
手帳に書き留めた記録を、指先でなぞる。
この疑問について、俺はまだ仲間たちに話していない。
自分の前世の記憶と、今いる世界の現実が、どうしてここまで重なるのか。
俺自身、その理由を説明できないからだ。
今はまだ、結論を出せる段階ではない。
だからこそ、目の前の事件についても、分からないことを分からないままにしておくわけにはいかなかった。
俺は手帳を閉じ、仲間たちに向き直った。
◆
「公的な調査は、引き続き警備組織に任せよう。台帳や手配書の照合から分かることは、これからもあるはずだ」
俺は、テーブルに並べられた資料を指で示した。
「一方で、俺たちは現場の流通経路を追う。工房から荷を受け取った人物の足取り、集積所付近での荷の動き、そして未知の記号の出所。今ある手掛かりを、一つずつ確かめていく」
「でも、どこから追えばいい?」
ミリスが尋ねた。
「まずは、集積所周辺での荷の引き継ぎについて、もう少し詳しく調べる。リィネが整理してくれた記録と、ガルドやシィが集めた証言を照らし合わせれば、次に確認すべき相手や場所を絞り込めるかもしれない」
「なるほどな。工房での受け渡しと、集積所での荷の動き。その間に何があったのかを調べるわけか」
ガルドが頷いた。
「ああ。ただし、今の時点で特定の人物や組織が関わっていると決めつけるのはなしだ。確認できた事実を積み重ねていこう」
「分かったわ」
シィが地図を畳み、リィネも手元の書類をまとめた。
警備組織は、書類と行政の手続きを通じて記録を追う。
俺たちは、現場に残された痕跡と、人から人へ渡る荷の流れを追う。
調査の方法は違っていても、目指す先は同じだ。
「了解だ、ボス!」
ガルドの返事に、仲間たちも続いた。
俺は最後に、手帳を懐へしまった。
十二個と十個。その食い違いは、まだ解けていない。
未知の記号の正体も、仲介者の身元も分からない。
そして、俺の記憶と現実が重なる理由も――。
今は、まだ答えがない。
それでも、追うべき手掛かりはある。
公的な記録の先に何があるのか。
現場の流通経路をたどった先に、誰が待っているのか。
その答えを確かめるために、俺たちは次の調査へと踏み出すことにした。




