第117話:裏の手配線
翌朝、俺たちは二手に分かれて独自調査を開始した。
警備組織による公的な記録照会が進められる一方で、俺たちが追うのは、帳簿だけでは見えてこない現場の足跡だ。
バルトロ技師は、どのような経路で特注継手を手配したのか。そして、工房から出荷された部材は、どんな人間の手を経て第四点検坑口へ運ばれたのか。
その流れを明らかにするため、ガルドには職人や技術者の人脈をたどってもらい、シィには現場周辺の目撃情報を改めて調べてもらうことにした。
俺は拠点の作業室に残り、これまでに得られた記録を整理しながら、二人の報告を待った。
◆
「ボス、少し気になる話が聞けたぞ」
先戻ってきたのはガルドだった。
革の上着を脱ぎ、椅子に腰を下ろすと、彼はさっそく本題に入った。
「『双頭の槌』工房での特注継手の製造自体は、正規の注文として扱われていたらしい。職人たちの話では、依頼された仕様に従って製造し、出荷の記録もきちんと残しているそうだ」
「製造の段階では、不審な点は見つからなかったわけか」
「ああ。だが、荷を引き渡す段階で、少し妙なことがあったらしい」
ガルドは腕を組んだ。
「工房から荷を出すとき、いつもの運送業者とは違う人物が受け取りに来ていたそうだ。工房の担当者は、バルトロ技師側から手配された代理の調達人だと考え、そのまま荷を引き渡したらしい」
「本人の身元までは確認していないのか?」
「少なくとも、俺が話を聞いた職人たちは詳しく知らなかった。誰かの指示で来た人物だという認識だったようだな。そもそも、工房側からすれば、注文された品を指定された相手に渡しただけだ。そこで余計な詮索をする理由もなかったんだろう」
なるほど。
製造は正規の注文として処理されていた。工房の出荷記録にも、十二個という数量が残されている。
問題があるとすれば、その先だ。
工房を出た部材が、誰によって運ばれ、どこで誰に引き渡されたのか。
正規の注文書や出荷記録だけでは、その経路を最後まで追えない可能性がある。
「その人物の名前や、ほかに何か特徴は分かったか?」
「名前はまだだ。ただ、荷を受け取りに来た人物の外見や、引き取りに来た時期については、いくつか証言を得られた。細かいところは、シィの調査と照らし合わせる必要があるな」
「分かった。ひとまず、その情報を整理しておこう」
俺は手帳を開き、ガルドの報告を書き留めた。
工房での製造と出荷。その後に介在した、正規の運送業者とは異なる人物。
まだ仲介者と断定するには早いが、少なくとも、通常とは異なる受け渡しが行われていた可能性は見えてきた。
◆
昼過ぎ、シィが作業室へ戻ってきた。
「南西第四点検坑口の周辺で、過去の搬入時期に関する目撃情報を確認してきたわ」
彼女は手元のメモを机に広げた。
「通常の資材搬入とは異なる時間帯に、荷馬車を停めて作業していた人物がいたらしいの。目撃されたのは、特定の時期に限られているわ」
「その時期は?」
「『双頭の槌』工房から特注継手が出荷された直後の数日間よ」
俺はガルドへ視線を向けた。
「引き取りに来た人物の時期と一致するか?」
「ああ。俺が聞いた話とも合っている」
「人物の特徴は?」
シィはメモを確認してから答えた。
「目撃証言だけで個人を特定できるほど詳しくはないわ。ただ、荷の受け渡しに関する証言と、現場周辺での目撃情報には、いくつか共通する特徴がある。少なくとも、別々の話として片づけるには気になる一致ね」
俺は二人の報告を並べ、内容を照らし合わせた。
工房で荷を受け取った、正規の運送業者とは異なる人物。
その人物と特徴が一致する者が、出荷直後の時期に第四点検坑口周辺で目撃されている。
もちろん、証言だけで同一人物だと断定することはできない。だが、時期と特徴が複数の情報源で一致しているのなら、追跡する価値は十分にある。
「工房で荷を受け取った人物が、現場周辺まで運搬に関わっていた可能性は高そうだな」
「ああ。少なくとも、工房から先の流通経路を調べるうえで、無視できない手掛かりだ」
ガルドが頷いた。
俺は出荷記録の写しを手元に引き寄せた。
十二個出荷された特注継手。
受領記録に残っているのは十個。
その数量差と、正規の運送業者とは異なる人物の存在。手そして、出荷直後に第四点検坑口周辺で確認された不自然な運搬。
これらは、互いに関係しているのだろうか。
「出荷された十二個のうち、受領記録に残っていない二個が、今回の運搬と関係している可能性はある。ただし、現時点では、そこまでだな」
俺は自分の考えを口にした。
「運ばれていた荷が本当にその二個だったのか、最終的にどこへ届けられたのか。そこは、まだ確認できていない」
「なるほど。数量差と運搬の情報がつながる可能性はあるが、決め手はまだないってことか」
「そういうことだ。ここで結論を急ぐより、もう少し裏づけを集めよう」
俺は手帳に、確認すべき事項を書き加えた。
仲介者の身元。
工房からの運搬経路。
そして、出荷記録と受領記録の食い違いが生じた理由。
少しずつではあるが、調べるべき対象が具体的になってきた。
◆
「それと、もう一つ気になることがあるわ」
シィがメモの別の箇所を指した。
「運搬に関係する伝票の控えについて、妙な話を聞いたの。書類の隅に、見慣れない記号が捺されていたらしいわ」
「記号?」
「ええ。王都の主要商会の印でも、冒険者ギルドや警備組織の検印でもない。それに、『双頭の槌』工房の刻印とも違うそうよ」
ガルドが思い出したように口を開いた。
「そういえば、俺が話を聞いた職人も、似たようなことを言っていたな。荷の受け渡しに関係する書類の隅に、見覚えのない印があったらしい。誰が捺したものなのか、何を意味するのかまでは分からなかったそうだ」
「その記号の形は?」
「証言だけじゃ細部までは分からない。だが、普通の商会印とは違う、独特な形だったという話だ」
俺はペンを手に取った。
「シィ、ガルド。二人が聞いた形状を、できるだけ詳しく教えてくれ」
二人の説明を聞きながら、俺は手帳に記号の形を書き留めていった。
細部を正確に再現できたとは言い切れない。今あるのは、あくまで複数の証言から描き起こした概略図だ。
それでも、後から別の資料や現物を見つけたとき、照合するための手掛かりにはなる。
俺は描き終えた図を見つめた。
既知の商会印とも、ギルドの検印とも、工房の刻印とも異なる記号。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。
特定の人物が個人的に使っていた印なのか。それとも、何らかの集団や取引に関係するものなのか。
今の段階で、そこまで判断する材料はなかった。
ただ、正規の運送業者とは異なる人物が関わった取引に、この記号が残されていたという証言は、記録しておく価値がある。
「この記号が、今回の取引だけに使われていたとは限らないな」
俺は手帳を閉じた。
「ほかの取引記録や、これから見つかる資料にも同じ記号がないか調べよう。仲介者の身元を追うのと並行して、記号の出所も確認する」
「了解だ、ボス」
ガルドが頷き、シィも静かに同意した。
工房から荷を受け取った人物。
第四点検坑口周辺で確認された不自然な運搬。
そして、取引に関係する書類に残されていた、見慣れない記号。
それぞれの手掛かりは、まだ一つの答えに結びついてはいない。
だが、帳簿の数字だけを追っていたときには見えなかったものが、少しずつ姿を現し始めていた。
俺たちは、まず仲介者の身元と運搬経路を追う。
そして、この記号が何を意味するのか。
その答えもまた、今後の調査で明らかにしていく必要がある。
見え始めた糸口を、決して見失わないように。
俺は手帳を懐にしまい、次の調査に向けて準備を始めた。




