第113話:過負荷の連鎖
ズズズズンッ……!
供給経路の切り替えが始まると、中央装置の足元を震わせていた振動が、わずかに弱まった。
不規則に明滅していた黄色い光も、ほんの一瞬、落ち着きを取り戻したように見えた。
「……干渉が弱まっています! 増幅機構へ向かう魔力の流れが、確実に減っています!」
ミリスの報告に、リゼリアも安堵の息を漏らした。
「ええ……! これなら、次の手順へ進める可能性があるわ!」
「よし……!」
俺は拳を握りしめた。
だが、まだ継手を緩めるわけにはいかない。第112話で確認したとおり、増幅機構への供給を減らせても、その先の魔力がどこへ向かうのかは分かっていない。
「ミリス、リゼリア! 供給経路を切り替えた後の流れを、引き続き確認してくれ。蓄積核への影響も見逃すな!」
「了解!」
俺の指示に、二人が観測を続ける。
その直後だった。
ゴオンッ!!
中央装置の奥から、重い音が響いた。
落ち着き始めていた黄色い光が、再び激しく明滅する。
「……え?」
ミリスが干渉針を見つめた。
次の瞬間、装置の中央に鎮座する蓄積核が、まるで内側から膨れ上がるように強く脈打った。
ズズズズンッ!!
先ほどよりも大きな振動が足元を突き抜ける。
「……っ、魔力の流れが変わりました!」
ミリスの叫びが中央空洞に響き渡った。
「増幅機構へ向かう魔力は減っています! でも、迂回させた魔力が別の流路へ流れ込んでいます! この流路、蓄積核につながっています! 蓄積核への流入量が、急激に増えているんです!」
「まさか……!」
リゼリアが息をのんだ。
「供給経路を切り替えたことで、増幅機構へ向かう魔力の一部が、蓄積核につながる流路に回ってしまったのね! もともと内部には大量の余剰魔力が滞留している。その状態で流入量まで増えれば、蓄積核に負荷が集中するわ!」
「くそっ……! 増幅機構への流れを抑えられても、別の場所へ負荷が押し寄せたのか!」
俺は中央装置を見つめた。
供給経路を切り替えれば、増幅機構への魔力の流れを弱められる。そこまでは、実際の観測でも確認できた。
だが、迂回先は安全な逃がし先ではなかった。
増幅機構へ向かう魔力を減らした一方で、その一部が蓄積核へつながる流路に集中してしまったのだ。
一つの問題を解決しようとした結果、別の問題が表面化した。
これが、過負荷の連鎖か。
(前世の妄想ノートに書いた励起炉の設計案……。あの構造なら、増幅機構への供給経路と、蓄積核へつながる流路は別々に考えられるはずだ)
だが、前世の妄想はあくまで発想の手掛かりにすぎない。
目の前の装置が、同じ仕組みで動いているとは限らない。今、俺たちが頼れるのは、実際に観測された魔力の変化と、仲間たちが積み上げてきた調査結果だ。
「ミリス、リゼリア! 迂回させる魔力の量を調整して、蓄積核への流入を抑えられるか!?」
「やってみます!」
「でも、流れを急に変えれば、また別の場所に負荷が集中する可能性があるわ!」
「分かっている! 無理に押し切る必要はない。二人で変化を確かめながら、少しずつ調整してくれ!」
ミリスとリゼリアは互いにうなずき、魔力の流れを慎重に探り始めた。
迂回させる量をわずかに変えるたび、干渉針の反応と蓄積核の明滅を確認する。リゼリアが流れの変化を読み取り、ミリスがその結果を観測する。
すぐに答えが出るわけではない。
蓄積核の脈動が強まるたび、二人は手を止め、変化が収まるのを待った。
やがて、ミリスが顔を上げた。
「蓄積核への流入量が、少しずつ下がっています! まだ完全には落ち着いていませんが、さっきの急激な増加は収まりつつあります!」
「こちらでも確認できたわ。流れはまだ不安定だけれど、少なくとも今は悪化が止まり始めている」
リゼリアの報告を聞き、俺はようやく息を吐いた。
「よし。まだ安全とは言えない。二人は観測を続けてくれ。ガルド、継手の作業は、俺たちが状態を確認してからだ」
「分かってる。魔力の流れが落ち着くまでは、手を出さねえよ」
ガルドはレンチを構えたまま、特注継手の接合部から距離を取った。
俺たちが優先すべきなのは、取り外しを急ぐことではない。次の操作によって何が起きるのか、判断できるだけの情報を集めることだ。
◆
数秒が、ひどく長く感じられた。
中央装置は低い振動を繰り返し、黄色い光も完全には安定しない。
それでも、ミリスとリゼリアの観測によって、蓄積核への魔力流入は少しずつ抑えられていた。
「……蓄積核への流入量が、一定の範囲に収まってきました!」
ミリスが声を上げる。
「まだ不安定さは残っているわ。でも、さっきのような急激な変化は見られない。今なら、次の作業に進める可能性がある」
リゼリアも慎重に言葉を選んだ。
「分かった。少しでも変化があれば、すぐに止める。ガルド、継手の減圧作業を始めてくれ。ただし、魔力の流れに異常が出たら、すぐに手を止めるんだ!」
「おう! 任せとけ!」
ガルドが薄口のレンチを手に、中央装置に残された特注継手のボルトへ慎重に工具を掛けた。
対角線上にあるボルトを順番に確かめ、ほんのわずかに力を加える。
ギ……。
金属が擦れる小さな音がした。
シューッ……!!
継手のわずかな隙間から、高熱を帯びた魔力が細い噴流となって噴き出した。
「ぐっ……! 熱気が凄まじいな!」
すぐさまレオンハルトが大剣を構え、ガルドの前に立つ。噴き出す魔力の熱風と弾け飛ぶ小さな石片から、作業者を守るためだ。
一方、バルドは頭上の岩盤を見極めながら、落下してきた石片を大剣の腹で弾き飛ばした。
「ガルド、慌てるな! 退路は確保してある。危険が増したら、すぐに引け!」
「分かってる! 助かるぜ!」
ガルドは熱気に顔をしかめながらも、決して手元を狂わせなかった。
ボルトをわずかに緩めるたび、彼はミリスとリゼリアの様子を確認する。
「ミリス、魔力の状態はどうだ!?」
「接合部から魔力が抜け始めています! でも、蓄積核への流入量はまだ不安定です!」
「リゼリア、流れを抑えられるか!?」
「今、調整しているわ! ガルド、次のボルトはまだ緩めないで!」
ガルドは即座にレンチを止めた。
リゼリアが魔力の流れを慎重に誘導し、ミリスが干渉針を通して変化を確かめる。
数秒が、ひどく長く感じられた。
「……よし。蓄積核への流入が、少し落ち着いたわ!」
リゼリアが声を上げる。
ミリスも干渉針の反応を確認し、うなずいた。
「接合部からの魔力の流出も安定しています! 今なら、次のボルトを緩められます!」
「了解だ!」
ガルドが再び工具を動かした。
シューッ……!
別の隙間から魔力が細く噴き出す。
そのたびにミリスとリゼリアが流れを調整し、ガルドが手を止めて状態を確かめる。決して一度に大きく緩めず、魔力の反応を見ながら、一段ずつ作業を進めていった。
「ボス、上の岩盤に新しい亀裂が入った」
シィの冷静な声が飛ぶ。
彼女は壁面と天井を注意深く観察し、崩落につながりそうな変化を見逃さないようにしていた。
「まだ持ちこたえているが、長くは保たないかもしれない」
「分かった。変化があれば、すぐに知らせてくれ!」
「了解」
リィネも、必要な資材を手元にそろえながら、作業の進行を見守っていた。
「次に必要なものはすぐ渡せるようにしておくわ! 無理はしないで!」
「ありがとう、リィネ!」
俺は仲間たちの動きを見渡した。
ガルドが物理的な接合部を扱い、ミリスとリゼリアが魔力の流れを調整する。レオンハルトとバルドが安全を確保し、シィが周囲の異常を監視し、リィネが必要な資材を支える。
そして俺は、全員の報告を聞きながら、作業を続けるか止めるかを判断する。
誰か一人でも判断を誤れば、取り返しのつかない事態になりかねない。
それでも、俺たちは前へ進んでいた。
◆
ボルトが順に緩められ、特注継手の接合部に少しずつ隙間が開いていく。
中央装置の黄色い光は、先ほどまでの激しい明滅を弱めていた。
「……後付け部材による魔力の乱れが、少しずつ弱まっています!」
ミリスが報告する。
「蓄積核への流入も、さっきより落ち着いているわ。このままなら、部材を分離できる可能性がある!」
リゼリアの言葉に、俺はうなずいた。
「よし。ガルド、焦るな。最後まで慎重に進めてくれ!」
「分かってる!」
ガルドは最後に残ったボルトを確かめ、レンチを掛け直した。
一度に外すことはしない。
接合部の反応を確かめながら、少しずつ緩め、金属部材を支える手にも力を込める。
やがて、最後のボルトが外れた。
ガチリ……。
重厚な金属音が響いた。
中央装置に後付けされていた特注継手と増幅機構が、ついに装置の側面から分離した。
「外れたぞ!!」
ガルドが部材をしっかりと支え、慎重に後方へ運ぶ。
「やった……!」
リィネが思わず声を漏らした。
後付け部材を取り外すことには成功した。
だが、俺はまだ気を緩めなかった。
「みんな、まだだ! 装置の反応を確認しろ!」
俺の声に、仲間たちが一斉に中央装置へ視線を向ける。
ゴオン……! ゴオン……!
蓄積核から響く重い脈動は、依然として消えていなかった。
黄色い光も弱まってはいるものの、内部には大量の魔力が残っている。
「……部材は外せました。でも、蓄積核に残った余剰魔力が、まだ十分に排熱経路へ流れていません!」
ミリスが叫んだ。
リゼリアも本来の排熱開口部を見つめ、険しい表情を浮かべる。
「排熱経路そのものが、正常に働いていない……! 後付け部材は取り除けたけれど、異常な魔力の流れが続いたせいで、内部の開閉機構まで固着している可能性があるわ!」
「つまり、部材を外しただけじゃ終わらないってことか……!」
ガルドが取り外した継手を見下ろした。
後付け部材は取り除いた。
しかし、それによって装置本来の排熱機構が正常に働くようになったのかは、まだ確かめられていない。
このまま蓄積核の魔力を放置すれば、再び過負荷が強まり、開口部から制御できない噴流が噴き出す危険もある。
俺は胸ポケットの手帳を固く握りしめ、蓄積核と、むき出しになった排熱開口部を見つめた。
前世の妄想ノートに書いた設計案は、ここまで俺たちを導いてくれた。
だが、最後に必要なのは、目の前の装置を正しく見極めることだ。
「まだ終わりじゃない……!」
俺は仲間たちへ向き直った。
「次は、本来の排熱機構を正常に動かす。蓄積核に残った魔力を、安全に逃がす方法を見つけるぞ!」
中央装置が、再び低い音を響かせた。
俺たちの戦いは、王都の地下を崩壊から救うための最後の難関――本来の排熱機構の正常化へと、さらに進んでいくのだった。




