第112話:主導権の争奪
グラグラと足元の石畳が不気味に揺れ動く中央空洞。
不規則に明滅する黄色い光が、古代装置の側面に取り付けられた後付けの特注継手と増幅機構を、不気味に浮かび上がらせていた。
「よし……まずは後付け部材の影響を抑えるため、魔力の流れを確かめながら対処を始める! 継手を外すのは、流れの状態を確認してからだ!」
俺の指示を受け、ミリスとリゼリアが魔力流路の観測を始めた。
一方、ガルドは腰の工具袋から薄口のレンチを取り出し、特注継手の接合部へと近づいた。
狭い隙間にあるボルトへ工具を掛けられるよう、口幅を調整できるものだ。ガルドは接合部を慎重に確かめ、ボルトの形状に合わせてレンチを固定した。
「まずは接合部の状態を確認する。まだ緩めはしねえよ」
ガルドがそう告げ、ボルトにレンチを掛けたまま、継手の周囲を注意深く観察する。
その時だった。
「待って! ガルドさん、手を止めて!」
ミリスが鋭い声を上げた。
干渉針の先端が、激しい不規則な火花を散らしている。
「どうした、ミリス!?」
「このまま継手を緩めるのは危険です! 内部に蓄積した高圧の魔力が、接合部から一気に噴き出すおそれがあります!」
ミリスは干渉針を握り直し、装置の反応を見つめた。
「それだけじゃありません。出口が急に広がれば、内部の魔力の流れが一気に変わります。今の不安定な状態でそんなことが起きれば、魔力の奔流が古代回路を損傷させ、装置そのものを破壊しかねません!」
「外への噴出だけじゃなく、内側の回路まで壊れるってのか!?」
ガルドはレンチを掛けたまま手を止め、慎重に力を抜いた。
「ええ……! 増幅機構が魔力の流れを歪めているせいで、内部の循環が極めて不安定になっているわ。この状態で接合部を急に開放すれば、取り外しそのものが崩落の引き金になりかねない!」
リゼリアの焦燥に満ちた声が空洞に響いた。
俺は特注継手と、その先につながる増幅機構を見比べた。
ここで力任せに取り外せば、装置を止めるどころか、破壊を早めてしまう可能性がある。
「……なら、先に魔力の流れを変える必要があるな」
◆
「くそっ、じゃあどうすればいいんだ!? 叩き壊すことも、力任せに外すこともできないってのかよ!」
レオンハルトが剣の柄を固く握りしめ、歯噛みした。
バルドは頭上から落ちてきた石片を大剣の腹で弾き飛ばし、険しい表情で周囲の岩盤を睨みつける。
「焦るな! 破壊も強行解体もダメなら、まずは増幅機構に流れ込む魔力を制御するのが先決だ!」
俺は装置の明滅を見つめながら、思考を巡らせた。
(以前、開口部のねじ込み部分をわずかに動かしたとき、熱を帯びた魔力が噴き出し、流れも一時的に乱れた。だが、あの開口部の部材と、目の前の特注継手は別物だ。同じ操作で同じ結果になるとは限らない)
開口部で起きた現象だけでは、特注継手の役割も、増幅機構との接続関係も分からない。
目の前の部材を動かせば、魔力の流れがどう変化するのか。今の状態で取り外せば、どこに負荷がかかるのか。
確かめずに作業を進めるわけにはいかなかった。
(前世の妄想ノート……あの励起炉の構造を思い出せ。増幅機構が魔力を受け取る経路と、余剰魔力を逃がす経路。その二つは、本当に一つにつながっているのか?)
俺は胸ポケットの手帳に記した現物の特徴と、ミリスたちが観測している魔力流路の状態を頭の中で照らし合わせた。
前世の妄想ノートは、あくまで発想の出発点だ。
目の前の装置が同じ構造だと決めつけるわけにはいかない。だが、もし増幅機構へ魔力を送る経路を一時的に切り替えられるなら、継手を外す前に、危険な魔力の流れを変えられるかもしれない。
「ミリス、リゼリア! 増幅機構へ魔力を送っている経路を調べてくれ! 継手を直接緩めるんじゃない。まずは、増幅機構への供給を別の流路へ逃がせないか?」
俺の提案に、二人が目を開いた。
「増幅機構への供給を迂回させる……?」
「そうだ。増幅機構に流れ込む魔力を減らせれば、継手を外す前に流れを落ち着かせられるかもしれない。だが、必ずうまくいくとは限らない。魔力の流れがどう変わるか、慎重に確認してくれ!」
ミリスはすぐさま干渉針を動かし、増幅機構の基部を調べ始めた。
リゼリアも魔力の流れを読み取り、複雑に絡み合う回路の状態を探っていく。
「……見つけた!」
ミリスが声を上げた。
「増幅機構の基部に、魔力の供給経路を切り替えられそうな分岐があります! ここを操作できれば、増幅機構へ向かう魔力の一部を別の流路へ逃がせるかもしれません!」
「その別の流路は安全なのか?」
俺が尋ねると、リゼリアがすぐに応じた。
「まだ断定できないわ。でも、魔力の流れを観測しながら少しずつ切り替えれば、危険な変化が起きた時点で止められる可能性はある。いきなり全量を切り替えるのは危険よ」
「分かった。まずは少量ずつだ。魔力の流れが落ち着くかどうかを確認してから、次の手順へ進む!」
ミリスとリゼリアがうなずいた。
これなら、いきなり継手を外す必要はない。
増幅機構への魔力供給を調整し、内部の流れが落ち着く余地を作る。そこから段階的に圧を逃がせれば、安全に取り外せる可能性がある。
「よし……主導権を奪い返すぞ!」
◆
「ガルド、準備はいいか!?」
「おう! 二人が魔力の流れを調整している間に、接合部をもう一度確認しておく。流れが落ち着いたら、ボルトを対角線上に少しずつ緩めて、隙間から段階的に圧を逃がす!」
ガルドはレンチを握り直し、特注継手の周囲を慎重に見渡した。
「ただし、魔力の状態が変わったら、すぐに手を止める。無理に続けるつもりはねえ」
「それでいい!」
俺は仲間たちへ視線を向けた。
「レオンハルト、バルド! 作業中の衝撃と崩落に備え、全員の退路と安全を確保してくれ! シィは周囲の変化を監視。異常があればすぐに知らせろ! リィネは減圧作業に必要な資材を準備してくれ!」
「任せとけ、ボス!」
レオンハルトが力強く応じる。
「退路は俺が見る。足場が崩れ始めたら、すぐに知らせるぞ」
バルドも大剣を構え、周囲の岩盤へ目を配った。
シィは音もなく少し離れた位置へ移動し、壁面と天井、そして装置の変化を注意深く観察する。
リィネも資材を手元にまとめ、必要なものをすぐに渡せるよう準備を整えた。
八人それぞれが、自分の役割につく。
「作戦開始! 増幅機構への魔力供給を、少しずつ切り替える!」
俺の声とともに、ミリスが干渉針を基部へ近づけ、リゼリアが魔力の流れを制御し始めた。
ズズズズンッ……!!
装置全体が、悲鳴のような重低音を響かせた。
黄色い光が激しく明滅し、増幅機構の内部で魔力がうねる。
「……反応が変わった!」
ミリスが叫んだ。
「供給経路の切り替えに反応しています! でも、魔力の流れはまだ不安定です!」
「流れが乱れている……! このまま進めるか、まだ判断できないわ!」
リゼリアの声が響く。
俺は装置を睨みつけた。
後付け部材が魔力の流れに干渉していることは分かった。だが、その仕組みの全容も、供給経路を切り替えた先で何が起こるかも、まだ確かめきれていない。
それでも、ただ力ずくで破壊するしかなかった状況から、一歩は前進した。
「焦るな! 二人とも、魔力の流れを見極めろ! ガルドは、まだ継手を動かすな!」
「了解!」
俺は拳を握りしめた。
敵が仕掛けた後付け部材と、俺たちの知恵と連携による主導権の奪い合い。
王都の運命を賭けた過負荷解除作戦は、まだ始まったばかりだった。




