第114話:真実の封印
特注継手と増幅機構を取り外したことで、中央装置へ流れ込む魔力の異常な増幅は抑えられた。
だが、それですべてが解決したわけではなかった。
蓄積核には、これまでに流れ込んだ魔力がまだ残っている。供給の流れを弱めても、行き場を失った魔力を安全に逃がさなければ、装置内部の圧力は十分に下がらない。
そのために必要なのが、古代装置本来の排熱経路だった。
しかし――。
固着した排熱弁の開口部から、不気味な黄色い光と高熱を帯びた魔力が、依然として断続的に漏れ出していた。
「ガルド、ミリス、リゼリア! 焦るな。まずは状態の確認からだ!」
俺の指示を受け、ミリスとリゼリアが開口部周辺の魔力流路へ意識を集中させた。
ガルドは腰の工具袋から薄い金属製のヘラと木槌を取り出し、排熱弁の周囲を慎重に調べた。弁の縁と周囲の金属部分には、長年の魔力熱に加え、異常な魔力が滞留した影響も残っているらしい。金属同士が焼き付くように固着し、弁はわずかにも動かなかった。
「弁の縁と、その周囲の金属部分が焼き付いているな。無理にこじ開ければ、弁そのものが歪んで、余計に動かなくなるぞ」
「継手を外したからといって、蓄積核に残った魔力が消えたわけじゃないわ。急激に流れを変えれば、一気に噴き出しかねない。内側の回路まで巻き込めば、装置そのものを破損させる恐れがある!」
リゼリアの警告を受け、俺はガルドに目を向けた。
「少しずつ固着を緩めてくれ。ミリスは圧力の変化を監視。リゼリアは、魔力がどこへ流れているかを見てくれ。異常があれば、すぐに止める」
「了解だ」
ガルドはヘラの先端を弁と周囲の金属部分の隙間に慎重に差し入れた。木槌で軽く、コン……コン……と小さな衝撃を与え、固着を少しずつ緩めていく。
「ミリス、魔力の流れはどうだ!?」
「まだ大きな変化はありません! ただ、隙間から少しずつ魔力が抜け始めています。蓄積核にかかる圧力も、わずかですが下がっています!」
「よし……急がず、このまま進めるぞ」
ガルドはヘラにかける力を調整しながら、弁の縁を少しずつ動かした。固着が緩むたび、金属の擦れる小さな音が響く。
やがて、弁がほんのわずかに動いた。
シュー……。
狭い隙間から、溜まり込んでいた高圧魔力が細く流れ出す。開口部の黄色い光が一瞬強まったが、ミリスがすぐに声を上げた。
「圧力が上がりかけています! ガルドさん、それ以上は待ってください!」
ガルドは手を止めた。
俺たちは息を詰め、魔力の流れがどう変わるかを見守る。
数秒後、ミリスが再び口を開いた。
「上昇は止まりました。少しずつですが、圧力は下がっています!」
「リゼリア、流れはどうだ?」
「排熱経路へ流れています。今のところ、大きな偏りはないわ。でも、まだ安定したとは言い切れない。開く幅を急に広げないで」
「分かった」
ガルドは再び作業を始めた。弁をわずかに動かしては止め、魔力の流れと圧力の変化を確認する。その繰り返しで、排熱弁の開口部は少しずつ広がっていった。
「ミリス、圧力の変化を引き続き見てくれ。リゼリアは流れを整えてくれ!」
「了解!」
ガルドが弁を動かし、ミリスが圧力の変化を確かめ、リゼリアが魔力の流れを整える。三人が互いの動きを確かめながら作業を進めるたび、排熱経路から逃げる魔力は、少しずつ安定していった。
不気味に明滅していた蓄積核の黄色い光が、次第に落ち着きを取り戻す。やがて、濁った光の奥に青い輝きが戻り、一定の間隔で脈動し始めた。
ドズン……ゴゴゴ……と鳴り響いていた地下大空洞の地鳴りも、潮が引くように弱まっていく。
「……魔力圧、十分に下がりました! 流れも安定しています!」
ミリスの声が響いた。
装置全体を覆っていた不安定な光が静まり、蓄積核は穏やかな青い光を保っている。リゼリアも魔力の流れを慎重に確かめ、ゆっくりとうなずいた。
「急激な流れの乱れは収まったわ。この状態なら、ひとまず大丈夫そうね」
「……やった。止まったぞ」
レオンハルトが深く息を吐き、バルドもようやく大剣を下ろした。
地下大空洞を揺るがしていた振動は止まり、装置から漏れ出していた高熱の魔力も収まっていた。
八人の連携によって、王都の地下で進行していた危機は、ひとまず食い止められたのだ。
◆
装置の状態が落ち着いたことを確認した俺たちは、現場に残された物証の保全へと移った。
ガルドは、取り外した特注継手と増幅機構をまとめ、布で包んだ。特注継手には『双頭の槌』の刻印がある。
ミリスとリゼリアは、第四点検坑内で採取した切削屑と、横穴の奥の作業場で採取した切削屑を、それぞれ別に保管した。さらに、『双頭の槌』の刻印があり、特注継手と似た接続部を持つ金属部品も、ほかの物証と混ざらないよう、別に包んだ。
「発見した場所も、状態も、それぞれ記録しておきましょう。切削屑がどこで採取されたのか、金属部品がどのような状態で見つかったのか。あとから照合できるようにしておく必要があります」
ミリスの言葉に、俺はうなずいた。
特注継手と増幅機構は中央装置から取り外したものだ。一方、切削屑は異なる場所で採取され、金属部品も横穴の奥の作業場で発見されたものにすぎない。それぞれがどう関係するのか、現時点では断定できなかった。
だからこそ、物証ごとに発見場所と状態を記録し、後から照合できるようにしておく必要があった。
ミリスとリゼリアが物証ごとの記録を整え終えると、ガルドがそれぞれの包みを受け取った。採取場所と内容が分かるように分けたまま、一つの大きな包みにまとめる。
「ここから先は俺が預かる。警備組織に渡すまで、勝手に中身を出したり混ぜたりはしない」
「頼む。どこで見つかったものか、後からでも分かるようにしておいてくれ」
俺がそう告げると、ガルドは包みを確かめてからうなずいた。
一方、バルドとシィは第四点検坑の横穴へ戻り、崩落の危険が残る場所を確認した。これ以上の調査は危険だと判断し、入口付近に立ち入りを制限するためのロープを張り、注意を促す木札を取り付ける。
ガルドは物証をまとめた包みを手に、周囲を見渡した。
「これで、ひとまず現場を離れられるな」
俺は手帳を閉じ、仲間たちに告げる。
「行こう。地下から回収した物証と、これまでの調査で書き留めた記録を警備組織に提出する。帳簿や公的記録の原本は、それぞれの関係先に確認してもらおう。ここから先は、公的な調査に引き継いでもらう」
◆
俺とリィネ、そして物証を預かるガルドは、王都の警備組織を訪ねた。
地下装置の異常と、そこに至るまでに見つかった不審な記録について説明し、現場から回収した物証と、調査の過程でまとめた記録を提出するためだ。
担当者に案内された部屋で、俺たちは持参した資料を机の上に並べた。
まず、俺たち自身が調査の過程で書き留めた記録を広げる。
『双頭の槌』工房で確認した出荷帳簿と受領証の記載内容。運送会社で調べた夜間便の手配書と荷物の記録。バルトロ技師の署名がある第一区画の作業日誌について、管理記録と照合して確認した内容。そして、作業を裏付ける記録が見つからなかったことを示す、出勤名簿、工具の貸出記録、入退記録の調査結果。
いずれも、俺たちが各所で閲覧し、記載内容や食い違いを書き留めた調査記録だ。帳簿や公的記録の原本を持ち出したわけではない。
「こちらが、地下から回収した物証です」
ガルドが持参した包みを机の上に置き、慎重に開いた。
中から現れたのは、『双頭の槌』の刻印がある特注継手と、増幅機構。それに、横穴の奥の作業場で見つかった金属部品と、異なる場所で採取した切削屑だった。
「特注継手と増幅機構は、中央装置から取り外したものです。切削屑は採取した場所ごとに分けてあります。こちらの金属部品は、第四点検坑の横穴の奥にあった作業場で見つけたものです。発見場所と状態は、それぞれ記録してあります」
ガルドの説明を受け、担当者は物証を一つずつ確認した。
「この金属部品にも『双頭の槌』の刻印があるのですね。特注継手と似た接続部もあるようですが……」
「ええ。ただし、この部品が予備品なのか、加工途中のものなのか、あるいは別の用途のものなのかは分かっていません。切削屑についても、どの部材の加工で生じたものかまでは特定できていません」
俺は、分かっている事実と未確認の点を分けて説明した。
「いずれも、発見場所や状態を記録した調査記録と合わせて確認してください。中央装置から取り外した部材との関係も、今の段階では断定できません」
帳簿の食い違いだけなら、記載漏れや手違いという可能性もある。作業記録に不備があったとしても、それだけで不正があったとは断定できない。
だが、記録の不一致に加え、実際の地下装置から不審な部材が見つかっている。さらに、周辺の作業場からは切削屑や刻印付きの金属部品も発見された。これらを別々の問題として片づけるわけにはいかなかった。
担当者は調査記録を一つずつ確かめ、最後に物証へと目を向けた。
「……記録の食い違いだけでなく、実際に装置へ取り付けられていた部材と、作業場に残された物証もあるのですね」
「ええ。こちらは地下から回収した現物です。それ以外は、調査先で確認した記録の内容と、俺たち自身の調査記録です。必要な原本については、関係先へ照会して確認していただきたい」
俺の言葉に、担当者は真剣な表情でうなずいた。
「承知しました。特注継手と増幅機構、採取場所ごとに分けられた切削屑、そして金属部品はこちらで受領します。記録については、まず関係先への照会を進めます。『双頭の槌』工房や運送会社には、帳簿と手配書の原本を確認する必要がありますね。計画推進課と関係部署にも、公的記録との照合を依頼します。必要に応じて、バルトロ氏をはじめとする関係者からも事情を聞くことになるでしょう」
「お願いします。まだ分かっていないことも多い。確認できた事実と、これから調べるべきことを分けて扱ってください」
「承知しました。現時点で特定の人物の責任を断定することなく、提出された物証と調査記録を手掛かりに、事実関係を確認していきます」
俺たちは、提出した物証の一覧の控えと、物証の受領書を受け取った。
これで、ガルドが保全していた包みの中身も含め、地下で回収した物証はすべて警備組織へ引き渡された。帳簿や公的記録の原本は、それぞれの関係先で確認してもらうことになる。
俺たちは担当者に礼を述べ、部屋を後にした。
これで、地下で見つけた物証と、地上で追ってきた記録は、警備組織による調査へと引き継がれた。もっとも、それですべてが明らかになったわけではない。誰が何を知り、どこまで関わっていたのか。そこから先は、これからの調査を待つ必要があった。
◆
冒険者ギルドにも立ち寄り、俺たちは地下で発見した装置の異常と、ゴーレムとの戦闘について報告した。
第四点検坑の横穴には崩落の危険が残っていること、入口付近に立ち入りを制限するロープと木札を設置したことも伝える。
「分かった。第四点検坑の横穴については、調査が済むまで冒険者にも近づかせないよう、関係者に伝えておこう」
ギルドの担当者の返答を聞き、俺はひとまずうなずいた。
◆
夕暮れの王都。
通りを行き交う人々は、つい先ほどまで自分たちの足元で、王都の地盤を揺るがしかねない危機が起きていたことなど知らない。店先からは夕食の支度をする音が聞こえ、帰路を急ぐ人々の声が街角に響いていた。
「……クロノ様」
隣を歩くリィネが、静かに声をかけてきた。
「地上の記録と地下の物証を照らし合わせると、バルトロ氏が今回の部材の手配や搬入に関与した可能性はあります。ただ、夜間便で運ばれたものが実際に地下装置の部材だったのか、彼自身が改造を指示したのかは、まだ分かりません。背後に別の人物や組織がいる可能性も残っています」
「ああ。今ある証拠だけで、すべてを決めつけるわけにはいかない」
俺は夕焼けに染まる王都の空を見上げた。
古代装置の暴走という地下の危機は食い止めた。部材の出荷と受領の食い違い、不審な夜間便、裏付けの見つからない作業記録。そして、地下装置から取り外された特注継手と増幅機構、異なる場所で採取した切削屑、作業場に残されていた金属部品。
それぞれの手掛かりは、少しずつつながり始めている。
だが、バルトロ技師が今回の件にどこまで関わっていたのか。その目的は何だったのか。背後に何があるのかも、まだ明らかになってはいない。
俺たちが地上で集めた調査記録と、地下で見つけた物証。その両方を公的な調査へ引き渡したことで、今回の事件は新たな段階へと進む。
――だが、真実のすべてが明らかになるには、まだ時間が必要だった。




