第109話:暗がりを抜けて
第四点検坑の内部。薄暗い石組みの坑道には、ひんやりとした湿気と緊張感が満ちていた。
俺たちは再び、人為的に削り広げられた横穴の入口へと立っていた。
前回は、崩落地点の天井に走る亀裂と、壁面の不安定な割れ目を確認したところで撤退した。土砂を無理に取り除けば、周囲の岩盤まで崩れる危険があったからだ。
今回は、崩落地点の状態を改めて確認し、安全を確保できる範囲で奥へ進むことにした。
ただし、支保材を設置したからといって、岩盤全体の安全が保証されたわけではない。少しでも異変があれば、すぐに引き返す。それが今回の再進入の条件だった。
目指すのは、地上の記録が指し示した物理的な現場。何より、依然として不安定なまま地下大空洞に残されている「中央装置」の異常を止めるための手掛かりを得ることだ。
「ボス、前回引き返した崩落地点だ」
先頭を進むガルドがランタンを掲げ、落石と土砂で塞がれた通路の奥を照らした。
前回確認した天井の亀裂は、依然として深い。壁面にも細かなひびが走り、崩落した岩や土砂が通路の大半を塞いでいる。
だが、ガルドもバルドも、焦って瓦礫を取り除こうとはしなかった。
「無理に土砂を掘り返せば、周囲の岩まで動きかねない。……左脇の落石の隙間なら、支保材を設置して、慎重に通れる幅を確保できるかもしれん」
バルドが頭上の岩盤から壁面、足元へと視線を移し、安全に作業できる場所を見極めていく。
「まずは支保材を固定する。ガルド、岩の状態を見ながら位置を決めてくれ。シィ、通過経路と退路を確認しておいてくれ」
「分かったわ。足場の状態も確認して、通った場所を見失わないよう目印を残しておく」
シィはランタンの光を足元に向け、通路の状態を確かめながら、戻るための経路を確認していった。
ガルドとバルドは、周囲の岩盤に余計な力がかからないよう注意しながら、木製の支保材を組み合わせていく。
支保材が岩の隙間に収まる位置を定めると、バルドは用意していた木製の楔を取り出した。
「よし、支保材を固定するぞ」
バルドは支保材と岩の間に楔を当て、木槌で少しずつ打ち込んだ。楔は支保材の位置を保ち、岩や土砂が動いた際に支えがずれるのを防ぐためのものだ。強く打ち込みすぎれば、かえって周囲の岩に負担をかける。バルドは手応えを確かめながら、慎重に力を加えていった。
ガルドも壁面の亀裂を観察し、支保材が不安定な岩に直接負荷をかけていないかを確認する。
「ここは通れる。ただし、支保材に体重を預けるな。足元の石も動く可能性がある。一人ずつ、ゆっくり進め」
「了解だ」
シィが先に通過経路を確認し、ガルドとバルドが支保材の状態を見守る。俺たちは一人ずつ足場を確かめながら、崩落地点の脇を通り抜けた。
補強によって通過できる状態にはなったものの、周囲の岩盤すべての安全が保証されたわけではない。俺たちは通過後も気を緩めず、異常があればすぐに引き返せるよう、退路を意識しながら奥へ進んだ。
◆
崩落箇所を抜けた先は、第四点検坑の粗雑な通路とは明らかに造りの異なる、古い石造りの通路へと続いていた。
足元には泥が薄く積もっているが、その下の石畳は比較的規則正しく並べられている。壁面にも、自然の岩肌を削っただけではない、整った石組みの跡が見られた。
「水路の点検通路とは、造りが違うな……」
ガルドが石組みの継ぎ目を指でなぞり、低く呟いた。
「かなり古い建造物の一部かもしれん。地下遺構の外郭か、管理用の通路だった可能性もある。だが、これだけじゃ用途までは分からんな」
「そうだな。まずは、目に見える特徴を記録しておこう」
俺は手帳を開き、通路の構造や方位、足元の傾斜を書き留めた。
さらに進むと、暗闇の奥に少し開けた石造空間が現れた。
古い石壁の一部は崩れ、床には細かな石片が散らばっている。その一方で、壁面や床の一部には、後世の人間が手を加えたと思われる痕跡が残されていた。
「……誰かがここで、まとまった作業をしていた跡があるわ」
周囲を警戒していたシィが、壁際を指し示した。
そこには、石組みに後から取り付けられたらしい金属製のフックがあった。ランタンを吊るすために使われたのかもしれない。
床面には、大きな作業台が置かれていたと思われる四角い跡が残っていた。周囲の石畳には、重い物を引きずったような擦過痕が幾筋も刻まれている。
ガルドが膝をつき、ランタンを近づけて床を調べた。
「この四角い跡は、長い間、何かが同じ場所に置かれていたように見える。擦過痕も複数あるな。ただし、何を置いていたのか、いつ付いた跡なのかまでは分からん」
「照明用らしいフックに、作業台の跡、重い物を動かした痕跡か……」
俺は空間全体を見渡した。
「単に荷物を通過させただけの場所ではない可能性が高い。ここで何らかの作業が行われていたのかもしれないな」
だが、まだ断定はできない。
この場所が何のために使われていたのか。どんな物が運び込まれ、何が行われたのか。それを知るには、ほかの証拠と照らし合わせる必要がある。
俺は手帳を開き、これまでに記録した通路の方位と傾斜を、目の前の構造と照合した。
(この方位と通路の傾斜……手帳に記した地下遺構の位置関係とも、大きくは食い違っていない。中央空洞へ続く経路に近い場所なのかもしれない)
しかし、方向が一致するだけでは、ここが中央空洞に直結しているとは言えない。
俺はその推測を断定せず、観察した事実と分けて手帳に記した。
その時だった。
足元の石畳から、かすかな振動が伝わってきた。
ゴゴゴ……。
遠くから響くような低い音が、石壁を通じて足元に伝わってくる。続いて、空気の流れがわずかに乱れ、肌にまとわりつく魔力の感触が不規則に揺らいだ。
「……クロノ、感じるか?」
バルドが低い声で周囲を見渡した。
「ああ。中央装置のある大空洞の方向からだ」
俺は振動の伝わってきた方角に目を向けた。
「ゴーレムを停止させた後も、装置に蓄積した魔力は十分に抜けきっていない。今の振動が装置から伝わってきたものなら、内部の状態がさらに不安定になっている可能性がある」
リゼリアが意識を集中させ、遠くの魔力の流れを探った。
「……魔力の流れが乱れているわ。中央装置に取り付けられた後付け部材が、本来の過負荷を逃がす仕組みを妨げている可能性は高い。まだ本格的な再動が始まったとは断定できないけれど、このまま放置するのは危険よ」
「なら、なおさら時間を無駄にはできないな」
バルドが険しい表情で頷いた。
「ここでの調査に深入りしすぎるわけにもいかん。危険が増しているなら、必要な物証を押さえたら中央装置への対処を急ぐべきだ」
「ああ。だが、何がどう改造されたのか分からないまま手を出せば、かえって危険を招くかもしれない」
俺は作業台の跡と、壁に残されたフックを改めて見た。
「手配された部材がここで扱われたのか。そして、地下装置にどんな改造が施されたのか。ここに残された物証を確かめれば、装置を安全に停止させる手掛かりが得られるかもしれない」
俺は手帳を閉じ、仲間たちを見渡した。
「調べるのは、装置の改造と停止方法につながるものだけだ。必要な手掛かりを押さえたら、すぐ中央空洞へ向かうぞ」
仲間たちが頷いた。
地上の記録が指し示した場所に、人の手が加わった痕跡が残されていた。
だが、これが夜間便で運ばれた部材や、中央装置の改造とどう結びつくのかは、まだ分からない。
地下深くから伝わる不気味な振動は、俺たちに残された時間が限られていることを告げている。
俺たちは周囲への警戒を続けながら、装置の改造につながる物証の確認を始めた。




