第110話:工房の遺痕
人為的な作業痕が残された古い石造空間。
足元から絶え間なく伝わってくる微細な振動と、肌にまとわりつく魔力の乱れを感じながら、俺たちは慎重に現場の調査を進めていた。
「ガルド、ミリス。作業台の跡と、その周辺に残された物証を調べてくれ。シィは引き続き周囲を警戒。バルドは退路の安全を確認してほしい」
「おう」
ガルドが腰を落とし、目打ちと角度定規を取り出して床面を調べ始めた。
作業台の脚が接していたと思われる四角い跡。その周辺に残された擦過痕。石畳の表面を削るように刻まれた細かな傷。
彼はそれらを一つずつ観察し、位置と形状を手帳に記録していく。
「……クロノ、ここを見ろ。作業台の跡のすぐ脇に、金属の微片が溜まっている。表面の状態からすると、ここで金属を削った可能性があるな」
ガルドが拾い上げた微片を、ミリスが受け取った。
彼女は持参した器具を使い、表面の特徴や加工痕を慎重に調べる。
「以前、第四点検坑口で採取した切削屑と、いくつか共通する特徴があります。金属組成の傾向にも似た点が見られますが、これだけで同じ材料、あるいは同じ工房から出たものだとは断定できません」
「加工の仕方にも共通点があるのか?」
「はい。ただし、比較できるのは限られた特徴だけです。もう少し詳しく調べなければ、同じ加工方法だとは言い切れません」
ミリスはそう答え、さらに作業台の跡を調べた。
そのとき、石片の陰から手のひらほどの大きさの金属部品が見つかった。
表面には、二つの頭を持つ槌の刻印がある。
「これは……」
ミリスが部品をランタンの光にかざした。
接続部には特殊なネジが切られ、外周には地下装置で見つかった後付け部材と似た形状の溝が刻まれている。
「地下装置の部材と、接続部分の形状がよく似ています。ネジのピッチにも共通する特徴がありますね」
「同じ部品なのか?」
「同じ規格に合わせて作られた可能性はあります。ただ、これが実際に地下装置へ取り付けられていたものなのか、予備として保管されていたものなのか、あるいは加工途中の部品なのかは、まだ分かりません」
俺は手帳を開き、見つかった物証を一つずつ書き留めた。
金属の切削屑。作業台の跡。特殊なネジを備えた金属部品。そして、地下装置の後付け部材にも見られた「双頭の槌」の刻印。
「地上で追ってきた工房の記録、夜間便の手配、バルトロ技師の行動……。そこに、この地下で見つかった加工痕と部品が加わったわけか」
俺はそれぞれの記録を頭の中で照らし合わせた。
手掛かりは、確かに同じ方向を指し始めている。
だが、ここで同じ規格の部品が見つかったからといって、夜間便で運ばれた荷物の正体や、誰がこの場所で作業したのかまで証明できるわけではない。
「この場所で、地下装置の後付け部材と共通する特徴を持った部品が扱われていた可能性がある。まずは、そこまでだな」
「そうだ。物証が重なってきたのは確かだが、誰がここで何をしたのか、最後のところはまだ分からん」
ガルドも慎重にうなずいた。
俺たちが本当に知りたいのは、部品がここにあった理由だけではない。
なぜ、古代装置に手を加える必要があったのか。
そして、その改造が中央装置の異常にどう関係しているのか。
「ミリス、リゼリア。この部品の構造を、中央装置の後付け部材と照らし合わせてくれ。特に、魔力の流れに関係しそうな部分を確認したい」
「分かりました」
ミリスは見つかった部品の接続部を調べ、リゼリアは魔力の流れを探るように手をかざした。
二人は部品の形状と、内部を通る魔力の経路について、確認できる範囲で検討を始めた。
やがて、リゼリアの表情が険しくなった。
「……この構造、気になるわ。単に二つの部品を接続するためだけのものではない可能性がある」
「どういうことだ?」
「接続部の形状から考えると、内部を通る魔力の流れに影響を与える構造が組み込まれているように見えるの。中央装置に取り付けられていた部材にも、似た特徴があったわ」
ミリスも頷いた。
「同じ規格の部品なら、魔力の流れを調整する目的で使われた可能性はあります。ただ、部品単体では、実際にどのような作用を起こすのかまでは分かりません」
俺は中央装置の側面に取り付けられていた部材を思い返した。
開口部に接続された後付け部材。
そして、装置内部に蓄積し続ける魔力。
前世の妄想ノートに書いた「緊急排熱弁」という構造が、頭をよぎった。
(……もし、あの開口部が、妄想ノートに記した緊急排熱弁と似た役割を持っているのなら……)
本来、過負荷が生じた際には、余剰の魔力を逃がす仕組みがあるのかもしれない。
そこへ後付け部材が接続され、魔力の流れを変えているのだとしたら、排出されるはずの魔力が別の経路へ流れ込んでいる可能性もある。
さらに、その先に増幅機構が組み込まれているのなら、魔力の集中が異常を悪化させていることも考えられた。
ただし、これはまだ仮説だ。
前世の妄想ノートに書いた仕組みが、この世界の古代装置にもそのまま当てはまる保証はない。
「リゼリア。中央装置で観測した魔力の乱れと、今の推測は矛盾していないか?」
「今までに観測した流れとは、整合する部分があるわ。でも、この部品だけでは、中央装置の内部で何が起きているのかを確定できない。実際の装置を調べる必要がある」
「つまり、改造が異常に関係している可能性はある。だが、具体的な作用も、安全な停止方法も、中央装置を調べなければ分からないということか」
「ええ。これ以上は、ここで考えていても確かな答えは出せないわ」
俺は手帳に、確認できた事実と推測を分けて記した。
後付け部材と似た規格の部品が、この場所に残されていた。
部品には、魔力の流れに影響を与える可能性のある構造がある。
そして、中央装置では魔力の蓄積と不規則な流れが続いている。
これらを結びつければ、改造が異常に関係しているという仮説は強まる。
だが、どの経路で魔力が滞留しているのか。何をどう操作すれば、安全に装置を停止できるのか。
その答えは、中央装置そのものを調べなければ得られない。
◆
ズズズンッ……!
突然、石造空間全体が大きく揺れた。
足元の石畳が震え、壁面の継ぎ目から細かな砂がこぼれ落ちる。空気中の魔力が一気に濃くなり、遠くから響いていた低音が、はっきりとした地鳴りへ変わった。
「……魔力の脈動が強まっているわ!」
リゼリアが顔を上げた。
「中央装置の状態が、さらに不安定になっている可能性がある。このまま魔力の蓄積が続けば、深刻な異常が起きてもおかしくないわ!」
「上の岩盤も揺れているぞ! ここに長居するのは危険だ!」
バルドが退路を確認しながら声を上げた。
俺は手帳を閉じ、見つかった部品を慎重に包むよう指示した。
「物証は確保できた。ここでの調査は切り上げる!」
俺は仲間たちを見渡した。
「この場所で金属部品が加工されていた可能性は高い。見つかった部品には、中央装置の後付け部材と共通する特徴もある。改造が魔力の異常に関係している可能性は、これまでより高まった」
俺は一度、息を整えた。
「だが、安全に停止させる方法までは分かっていない。中央装置の状態も、今ここからでは確認できない」
「なら、戻って確かめるしかねえな」
ガルドが短く言った。
「ああ。地上の記録を追うのも重要だ。だが、装置の異常が進んでいるのなら、今は実際の状態を確かめ、対処することを優先する」
俺はランタンの光を、中央空洞へ続く暗闇の奥へ向けた。
「ここでの調査は終わりだ。見つけた部品を持ち帰る。全員、退路を確認しながら中央空洞へ向かうぞ!」
「了解だ、ボス!」
仲間たちが応じた。
地上の記録から始まった調査は、地下に残された物証によって大きく前進した。
しかし、改造の痕跡を見つけただけでは、危機を止めたことにはならない。
中央装置が今どうなっているのか。後付け部材が魔力の流れにどのような影響を与えているのか。そして、どうすれば安全に停止させられるのか。
その答えを確かめるため、俺たちは確保した部品を携え、横穴を引き返した。
目指すは中央空洞。
残された時間がどれほどあるのかは分からない。
それでも、今度こそ装置の異常に直接向き合い、対処する方法を見つけなければならなかった。




