第108話:交差する線
拠点に持ち寄られた調査記録と物証の整理も、ついに終盤を迎えようとしていた。
机の上には、これまでの調査で書き留めた内容や、現場から回収した物証が整然と並べられている。
『双頭の槌』工房の出荷帳簿から書き写した記載内容、運送会社で確認した別口の夜間便の手配情報、第四点検坑口で採取した切削屑、横穴の奥で見つかった木箱の破片と麻紐。そして、リィネが突き止めた、バルトロ技師による第一区画の作業記録の不自然な点。
それぞれ単独では、決定的な証拠とは言い切れない。
だが、これだけの手掛かりが揃った今、もう一度それらを照らし合わせる必要があった。
「クロノ様、バルトロ技師の過去の公的事業における活動記録を調べていたところ、新たな接点が見つかりました」
リィネが、閲覧した記録から書き写した数枚の紙を机に広げた。
「第一区画の作業日誌を調べた際、バルトロ氏が技術指導者として公的事業に関わっていたことが分かりました。そこで、過去にどのような事業を担当し、どの工房と関わっていたのか、記録をさかのぼって確認したのです」
彼女は、その中から技術照会台帳の記載を書き写した紙を取り出した。
「数年前に行われた別の公的補修工事で、バルトロ氏は技術助言者として『双頭の槌』工房と複数回にわたり書面を交わしています。高い負荷に耐える特殊なネジの規格や、継手の設計について、工房側へ技術的な助言を行っていた記録が残されていました」
「バルトロ技師と『双頭の槌』工房か……」
ガルドが腕を組み、低く唸った。
「なるほどな。地下装置で見つかった後付け部材には『双頭の槌』の刻印があり、特殊なネジ規格も使われていた。そこに、バルトロの過去の仕事がつながってくるわけか」
「ああ。だが、これだけでバルトロ氏が今回の地下装置に使われた部材を発注したとも、工房に製作を依頼したとも断定できない」
俺は思考を冷静に保ちながら、手帳に新たな事実を書き加えた。
「確認できたのは、彼がその工房と技術的な接点を持ち、特殊な部材の規格にも精通していたということだ。今回の件に直接関わった証拠ではない。……だが、これまで別々だった手掛かりを並べ直すには、十分な情報だ」
◆
俺とリィネ、ガルドを中心に、閲覧時に書き留めた記録や現場で得た情報を机の上に並べ、四つの主要な手掛かりの接点を確かめた。
第一に、『工房の出荷記録と現場受領の食い違い』。
『双頭の槌』工房で確認した出荷帳簿には、特注継手が十二個と記されていた。だが、現場側の受領証に記載されていた数量は十個。残る二個については、後日納入する予定として保留されたまま、正式な完了記録が見つかっていない。
第二に、『別口で手配された夜間便』。
通常の資材置き場ではなく、『南西第四点検坑口前』を届け先として手配されていた輸送記録。積荷の記載は『金属製補修部材一式』にとどまり、具体的な品目も数量も分からない。
第三に、『書類上の不自然な作業記録』。
バルトロ技師が関わった第一区画の作業日誌には、実際に作業員が配置されたことを示す出勤記録がなく、工具の貸出記録も確認できなかった。さらに、該当する区画への立ち入りを裏付ける入退記録も見つかっていない。
複数の記録が食い違っており、作業日誌に記された内容が実際の作業を伴っていたのか、疑わしい状況だった。
第四に、『第四点検坑口周辺での目撃記録』。
第一区画での作業を裏付ける記録が見つからなかった時期、バルトロ氏は第四点検坑口の周辺で、単独で繰り返し目撃されていた。警備日誌には、そのときの状況が記されている。
「……日時、場所、手配した人物」
リィネが羽ペンの先で、それぞれの記録を結ぶようになぞった。
「工房で生じた数量の食い違い、不自然な夜間便、実際の作業を確認できない第一区画の記録、そして第四点検坑口でのバルトロ氏の行動。これらは、すべて同じ人物と場所を接点として重なっています」
「地上の帳簿と輸送記録から追える範囲としては、かなり強い仮説になったな」
ガルドが頷いた。
だが、俺たちは決して結論を先走りしなかった。
「それでも、まだ確認できていないことがある」
俺は机上の記録を見渡した。
「夜間便で運ばれた『部材一式』の中に、本当に地下装置で見つかった特注継手が含まれていたのか。そして、バルトロ氏が実際にあの横穴を通り、地下装置に部材を取り付けたのか。……どちらも、地上の書類だけでは証明できない」
「ええ。書類が示しているのは、あくまで手配と移動の経路です」
リィネも手帳を閉じ、真剣な眼差しで俺に応えた。
「夜間便で何が運ばれたのか。それが横穴の奥でどのように使われたのか。そこまで確かめなければ、今回の件の全容は明らかになりません」
「そうだな。ここから先は、現場を確かめる必要がある」
◆
「決まりだな、ボス」
部屋の奥で再潜入の用具を点検していたバルドとシィが歩み寄ってきた。
バルドは、用意していた支保材と補強器具を確かめるように手で叩いた。
「ガルドと準備を進めていた崩落対策の用具は揃った。以前調査した第四点検坑の横穴だが、崩落地点の手前から安全を確かめ、必要な箇所を補強しながら進む手順も確認してある。ただし、奥の岩盤まで安全だと分かったわけじゃない。無理は禁物だ」
「……周辺の足跡の確認と、外部の警戒は私が引き受けるわ」
シィも短剣の柄に手を添え、静かに告げた。
「誰かが近づいてきても、こちらが横穴の奥へ入っている間に気づけるようにしておく」
地上で集めた記録から、バルトロと第四点検坑、そして後付け部材を結ぶいくつかの接点が見えてきた。
だが、夜間便で運ばれた荷物が実際に何だったのか。横穴の作業場と地下装置がつながっているのか。まだ、確かめられていないことは多い。
地上の記録だけでは、これ以上の判断はできない。次に確かめるべきことは、地下の現場に残されているはずだった。
「地上で集められる記録は、ひとまずここまでだな」
俺は手帳を閉じた。
「だが、まだ結論を出すには早い。夜間便で何が運ばれたのか、横穴の作業場が地下装置と関係しているのか。現場に戻って確かめよう」
「了解だ、ボス」
レオンハルトがうなずく。
俺は頼もしい仲間たちを見渡した。
「地上の記録から導き出した仮説を、今度は地下の現場に残された物証で確かめる。崩落には十分注意し、確認できる範囲を見極めながら進むぞ」
「了解!」
仲間たちの声が重なった。
帳簿の食い違いと書類上の不自然な点を追ってきた俺たちの調査は、次の段階へ進もうとしていた。
次に待つのは、第四点検坑の横穴の奥。
記録が示した仮説は、果たして地下に残された物証と結びつくのか。
俺たちは必要な道具を手に取り、再び地下へ向かうため、拠点を後にした。




