第107話:虚構の現場
王都東区の拠点。
机の上には、南西旧水路の補修事業に関する公的記録が広げられていた。
出勤名簿、工具の貸出・返却記録、現場の境界警備記録。そして、バルトロ技師の署名が記された第一区画の作業日誌。
リィネはそれらを一つずつ確認しながら、慎重に口を開いた。
「クロノ様。第一区画の作業日誌には、特殊な壁面補強と定期点検を実施したと記されています。ですが、ほかの記録と照合すると、いくつか不自然な点が見つかりました」
「具体的には?」
「まず、出勤名簿です。作業日誌に記された日付を確認しましたが、第一区画に配置された作業員の記録がありません。該当する作業員たちは、別の区画に割り当てられています」
リィネが一枚の記録を差し出す。
「次に、工具と安全装備の貸出・返却記録です。第一区画での作業に使用されたと確認できる貸出記録は見つかりませんでした」
「現場の入退記録にも、裏付けはなかった」
ガルドが別の書類を指で押さえた。
「バルトロ技師や作業員たちが、第一区画へ入ったと確認できる記録も残っていない」
三種類の記録。
管理の目的も、記録を残す仕組みも異なる資料が、そろって作業日誌の内容を裏付けていなかった。
俺は、机の上に並んだ記録を見比べた。
「ただし、記録がないからといって、作業が行われなかったと決まったわけじゃない。別の部署に記録が残っている可能性もあるし、記録そのものが不完全だった可能性もある」
「はい。そこは私も同じ考えです」
リィネは静かに頷いた。
「ですが、確認できた三種類の記録のどれにも、作業を裏付ける情報がありません。作業日誌の記述と照らし合わせると、実際には作業が行われなかった可能性は高いと考えられます」
「作業日誌には、作業を実施したと書かれている。なのに、それを裏付ける記録がないわけか」
「そうです。ただ、現時点では、なぜ食い違いが生じたのかまでは分かりません」
ガルドが腕を組んだ。
「記録の記入ミスか。別の区画で行った作業を、誤って第一区画のものとして記載したのか。それとも、実際には行われていない作業を、行われたように記録したのか……」
「どれも、まだ可能性の段階だ」
俺は作業日誌を手に取った。
そこには、バルトロ技師の署名が確かに残されている。
だが、署名があるという事実だけで、彼が虚偽の記録を作ったと断定することはできない。
「作業が行われたとする記述を裏付ける資料が、ほかに存在するのか。まずはそこを確かめよう。意図的な隠蔽を疑うのは、その先だ」
「承知しました。関係部署に残る記録を、引き続き調べます」
リィネは作業日誌を閉じ、別の書類を取り出した。
「それと、もう一つ気になる記録があります」
彼女が広げたのは、別の巡回記録だった。
「こちらには、同じ時期にバルトロ技師が第四点検坑口の付近で、単独で何度も目撃されたという記述が残っています」
「第四点検坑口……」
俺は、その名を口の中で繰り返した。
第一区画の作業日誌とは別の記録だ。目撃情報だけで、夜間便や地下装置との関係が分かるわけではない。
それでも、これまで追ってきた手掛かりと照らし合わせる価値はある。
「目撃された日時と場所を整理してくれ。ほかの記録と照合できるようにしておこう」
「はい、クロノ様」
リィネが巡回記録をまとめ、ガルドも頷いた。
作業が行われたとする記録には、裏付けが見つからない。
その一方で、バルトロ技師が第四点検坑口付近にいたという、別の記録が残っている。
二つの事実は、まだ直接つながってはいない。
夜間便との関係も、地下装置との関係も、バルトロ技師が何かを隠したのかどうかも、答えは出ていなかった。
だが、調べるべき場所は少しずつ絞られてきている。
「記録に書かれていることと、実際に確認できたこと。その二つを混同するな。分からないことは、分からないまま残しておけばいい」
俺は仲間たちを見渡した。
「確かな証拠を一つずつ積み上げよう。答えを急ぐ必要はない」
リィネとガルドが、それぞれの記録を手元にまとめた。
手掛かりは交差し始めている。
だが、まだ一つの結論を導き出せるほどには、つながっていなかった。




