第105話:裏付けの照合
拠点へ戻った俺たちは、横穴から持ち帰った物証の整理に取りかかった。
机の上に並べられているのは、第四点検坑の横穴から採取した木箱の破片と麻の梱包紐だ。ガルドが工具の目打ちで板の厚みを測り、ミリスが小さなレンズを使って紐の繊維を観察している。
「ガルド、木箱の組み方や接合方法に何か特徴はあるか?」
俺が尋ねると、ガルドは厚手の木片を指で弾き、首を傾げた。
「板の厚みと釘の打ち方は、一定の規格に沿って作られたものだな。まとまった量の資材を運ぶ箱によく見られる造りだ。……だが、王都の鍛冶場や木工所で一般的に使われている形式だ。特定の工房や運送会社を示すような印や、特殊な仕込みは見当たらねぇ」
「ミリス、麻紐の方はどうだ?」
「こちらも王都周辺で広く流通している麻紐ですね。撚りの強さや繊維の粗さにも、特筆すべき独自性はありません」
ミリスはレンズを収め、静かに言葉を続けた。
「現物の特徴を記録し、整理することはできました。ただ、これだけで出所や運送業者を絞り込むのは難しいです。通常の商取引で使われた箱なのか、公的事業向けのものなのかも、現時点では判断できません」
「そうか。現物だけでは特定できない、ということも重要な事実だな」
俺は二人の報告を手帳に書き留めた。
「板の厚みや接合方法、紐の撚り方など、確認できた特徴を整理しておこう。今後、運送会社の倉庫に残る過去の梱包記録や、工房側の仕様と照合できる機会があれば、この記録が役に立つはずだ」
焦って決定的な証拠だと決めつけず、比較材料として蓄積する。今回の物証調査で分かったのは、出所を特定する決め手が見つからなかったこと。そして、今後の照合に使える特徴を整理できたことだった。
◆
その頃、リィネもまた、別の手掛かりを追っていた。
彼女は関連部署で閲覧し、必要な箇所を書き写した記録を机に広げ、俺に声をかけた。
「クロノ様、先日見つかった『南西旧水路・定期点検費』の請求票について、処理の経路を追ってみました」
リィネは書き写した項目を指し示しながら説明を続ける。
「請求票の日付、金額、支出元の予算枠を手掛かりに、閲覧した台帳の記載を照合しました。該当時期の現場作業日誌や作業人員の記録、点検対象の台帳も確認しましたが……この請求金額に対応する具体的な点検作業の記録が見当たりません」
「関係する別の部署の保管庫も探したのか?」
「はい。作業報告書が別管理になっている可能性も考え、事業管理事務所と計画推進課の双方に、関連記録の有無を照会しました。ですが、現在のところ、この請求の根拠となる作業内容や実施人員を裏付ける資料は確認できていません」
ガルドが腕を組み、眉間に皺を寄せた。
「つまり、請求票自体は正規の予算枠で処理され、金も支払われている。だが、実際にどんな点検が行われたのかを裏付ける書類が見つかっていない、ってことか?」
「正確には、『現時点で確認できる記録の範囲では、作業の実施を裏付ける資料が見つかっていない』ということです」
リィネは慎重に言葉を選んだ。
「架空の請求だったと断定することはできません。実際に点検が行われたものの、記録の提出が遅れている可能性もありますし、さらに別の場所に保管されている可能性も否定できません」
「だが、確認すべき不一致であることは確かだな」
俺はリィネの分析に頷いた。
「夜間便の作業指示書に続いて、こちらの定期点検費でも、内容を裏付ける記録が見つからない。……レギン氏の名前が記載されているからといって、彼が不正を指示したと決めつけるわけにはいかない。だが、この請求がどのように提出され、誰の確認を経て処理されたのか。その経路は確かめる必要がある」
「ええ」
リィネも真剣な眼差しで応じた。
「まずは、請求票を提出した部署と、支出を承認した担当者を確認する必要があります。形式的な書類の不備なのか、それとも意図的な記録の欠落なのか……直接問い合わせる前に、まずは関係する伝票の流れを追い、確認すべき部署と担当者を絞り込みましょう」
◆
地下で得られた物証と、帳簿の調査で浮かび上がった手続き上の不一致。
どれも、まだ単体では事件の真相を証明するものではない。
出荷数十二個と受領数十個の食い違い。夜間便で運ばれた荷物の正体。そして、地下装置に取り付けられていた不審な部材。これらと今回の請求票や梱包資材がどうつながるのかも、いまだに分かっていない。
「方針が決まったな」
俺は全員の顔を見渡し、静かに宣言した。
「梱包資材については、整理した特徴をもとに運送会社へ追加照会を行う。定期点検費の請求票については、提出から承認までの経路を追い、どの部署と担当者が関わっていたのかを確認する」
「了解だ、ボス」
ガルドとバルド、そしてリィネが頷いた。
焦って犯人を決めつけることなく、証拠と記録を一段ずつ検証していく。
まだ、それぞれの手掛かりを結びつける決定的な証拠はない。それでも、確認すべき点は少しずつ絞られ始めていた。
八人は次なる調査に向け、それぞれの役割を胸に刻み、動き出した。




